3話 理奈の家へ
「珍しく今日は平和ね~! うーん、いつもこうならいいのに」
「ふふっ、そうだね」
「何笑ってんのよ緋乃。あんたが喧嘩売りまくるせいで面倒な事になったんでしょうが」
「あーあーきこえなーい」
「まったくもうこの娘は……」
他校の不良が襲い掛かってきたり、ラブレターを携えた男子が突撃してきたりというイベントも特になく、無事に帰宅することができた緋乃と明乃。
進学して新たな人との接点が増えたからか、最近は謎の告白ラッシュが続いていたのでこのような何も起きない日は貴重だ。
心なしか明乃の機嫌もよく、それを見て緋乃の機嫌も自然と上向きになる。
「んじゃ、着替えたらチャイム押すから待っててね」
「わかった」
二人は玄関前で家の境界である柵を挟んで横並びになりながら集合の約束をし、それぞれの家のドアノブへと手を伸ばす。
「ただいまー」
家へ入り、鍵を閉めた緋乃は廊下を歩きながら声を上げる。すると、居間の方から母である優奈の返事が聞こえてきたので、居間へと移動する。
緋乃が居間へ移動すると、そこには鼻歌を歌いながら食料品の通販カタログにボールペンで丸をつけている母の姿があった。
「~♪」
美少女として近所でも有名な緋乃の母ということで、当然だが優奈もかなりの美人である。
今年で30歳になるその姿はとても若々しく――事実、12歳の娘を持つ母としてはかなり若いのだが――とても子持ちの女性には見えない。
女子大生と言っても普通に通用してしまうほどであり、実際に緋乃と並ぶとその姿は母娘ではなく姉妹にしか見えない。
この若く美しく、そして優しい母は緋乃にとって最大級の自慢であり、誇りでもあった。
「あら、おかえりなさい緋乃」
「ただいま、お母さん。そうそう、今日は着替えたら理奈のところに遊びに行ってくるから」
母と顔を合わせ、あらためて帰宅の挨拶をした緋乃。
緋乃は母に対し友人宅へ遊びに行くのを告げると、そのまま洗面所へ行き手洗いとうがいを手早く済ませる。
そんな緋乃の様子を見て、微笑みながら優奈が声をかける。
「あらあら、失礼のないようにね~」
「ん、わかってるー!」
トントンと軽快な音を響かせて、階段を登りながら返事をする緋乃。
優奈はそんな娘の姿を見て目を細め、再びカタログとにらめっこを開始するのであった。
「さて……」
自室に戻った緋乃は勉強机の横にカバンを置き、セーラー服と下着一式を脱いでベッドへ放り投げると、そのまま今日着ていく服についての思案を開始する。
もっとも、ファッションについてそこまで興味のない緋乃はあまり衣装持ちではなく、持っている服は明乃や理奈と一緒にお出かけした際に勧められたものや、母が買ってきてくれたものが大半だ。
(うーん、どうしよ。……まあ、いつものでいいかな)
今日着ていく服を決めた緋乃はタンスを開けて黒いレースの下着を取り出すとベッドへ置き、続いてタンクトップとホットパンツにソックスも取り出した。
着替え一式を取り出した緋乃はベッドに腰掛けながらいそいそとそれを着ると、壁の洋服掛けからジャケットを取り、肩を露出するように羽織る。俗にいう肩落としスタイルだ。
(あとは仕上げに……っと)
最後にアクセサリーとして、昔、明乃とお揃いで買ったロケットペンダントを首にかけ、左側の太ももに細めの黒いベルトを巻くと……緋乃お出かけモードの完成だ。
(よし、完璧。これぞ、動きやすさと色気と格好良さを兼ね合わせたパーフェクトスタイル……! 色々試してみたけど、やっぱりこれが一番かな……)
緋乃は部屋の片隅に置いてある姿見の前に立つと、着替え終わった自身の姿を確認する。
胸のすぐ下あたりまでの長さの黒いショートタンクトップに、こちらも黒いローライズのホットパンツのへそ出しファッション。足元はお気に入りの黒いショートブーツに合わせて黒ソックスだ。
そうして内側を黒で揃え、外側にはグレーのジャケットだ。あえて肩を見せるのが緋乃こだわりのセクシーポイントである。
(うん、我ながら完璧な美少女だね。可愛くて、セクシーで、格好いい……! これぞアルティメット緋乃ちゃん……!)
髪に櫛を入れて整えた後、鏡の前で何度か姿勢を変更して、自身や服装に問題がないことを確認した緋乃は満足した様子で小さく笑みを浮かべる。
服装を整えた緋乃は、今度はお出かけ用のショルダーバッグを手に取るとその中身を確認して足りないものを入れていく。
(よし、これで準備完了。忘れ物はたぶんなし、オールオッケー)
準備が完了した緋乃は最後に部屋の中を見回すとショルダーバッグを肩に掛け、先ほど脱ぎ捨てた下着とセーラー服を手に持つと部屋から出て電気を消し、階段を下りる。
一階に下りた緋乃は洗面所へ向かい、洗濯物の仕分けカゴに下着とセーラー服を分けて入れると台所へ行き、冷蔵庫の中からゼリー飲料のパウチを2個取り出す。
(エネルギー補給っと)
1個はバッグの中へと放り込み、残る一個はふたを開けてパウチを潰しながら中身を吸い上げ、お腹の中へ。
緋乃がゼリー飲料を飲んでいるちょうどその時、玄関のチャイムがピンポーンと鳴った。明乃からの合図だと、緋乃は残ったゼリーを勢いよく吸い上げる。
「ん、合図だ。それじゃあ行ってくるね、お母さん」
「行ってらっしゃい、気を付けてね」
中身を吸い終え、空になったパウチを握り潰してゴミ箱へ入れた緋乃は居間にいる母へ声をかけ、それを受けて母も娘へ声を返す。
緋乃は玄関へ早歩きで移動し、そのままショートブーツを履くとドアを開けて外へ出た。
「お待たせ~。待たせちゃった?」
「いや、わたしもちょうど準備が終わったところ」
玄関の鍵を閉め、門柱までトコトコと歩いて行った緋乃に、私服へ着替えた明乃から声がかかる。
白い上着に、赤と黒のチェックのミニスカート。全体的に暗色系で固めた緋乃とは対極の、明るい感じのコーデだ。元気で明るい明乃らしいとも言える。
そんな明乃の気遣いに対し、緋乃は待ってないよと声を出す。すると明乃はそっかと軽い感じで頷くと、笑顔で緋乃へと語りかけた。
「じゃあ、行きましょっか! 忘れ物はないわよね?」
「ん、問題なし。おっけー」
しゅっぱーつと元気に歩き始める明乃の横に、緋乃が早歩きで並び立つ。
明乃の笑顔に釣られて、緋乃の顔からも小さく笑顔がこぼれるのであった。