28話 予選二日目 緋乃の試合
『決まったァー! 勝者、鈴木奈々選手ー! 華麗な受け流し技の数々! 見事、実に見事でした! これが境月流古武術! 歴史と伝統の重みか!?』
(カウンター主体か……。見てる分には面白いけど、相手にはしたくないタイプだね。ギフト有りなら体勢ゴロゴロだし余裕なんだけど……。まあわたしが相手するなら、やっぱり掴んで起爆かな)
岳と幸也の試合をモニター越しに身を得た緋乃は、続く第二試合の松本健二対鈴木奈々の試合も観戦。
我流の喧嘩空手の健二と、受け流しからの反撃を主体とした古武術の奈々。二人の試合は健二の攻撃を奈々が受け止めては投げ返し、受け流しては当て身を加えといった流れで奈々の圧勝だった。
(流石にここら辺まで来るとレベルも結構上がってるね。舐めてたら痛い目見そうだし、真面目にやらなきゃ。うん、あくまで死人が出ないよう出力を下げるだけであって、手抜きは厳禁。気分は真面目にGOっと……)
「緋乃選手、もう間もなく試合が開始されるので準備をお願いします」
「はーい。……むんっ!」
控え室のドアがノックされ、スタッフが試合が近いことを告げる。
緋乃はそれに対し返事をすると、パンパンと軽く顔を叩いて気合を入れる。これまでののんびり観戦モードから試合モードへと気持ちを入れ替え、ドアを開いて控え室から出ていく。
(わたしの相手は確か、志賀 巧って人だっけ。相変わらず背の高い人ばっかで嫌になるなぁ……。あれ180は絶対あるよね。その身長ちょっとよこせ)
スタッフの案内に従って移動しながら次の対戦相手について考えを巡らせる緋乃。
朝のトーナメント組み合わせ発表の時に出会った相手は、スーツを着た長身痩躯で短髪の男だった。
格闘家というより会社員といった感じの風貌だったが、戦闘能力を計る際に見た目が当てにならないことは緋乃自身が証明しているので油断はしない。
(あれかな。かつては格闘家を目指していたけど、周りの人間に反対されたとかで夢を諦めて就職。だけどやっぱり夢を捨てきれずに大会へとこっそり出場とか、そんなドラマがあったりして!)
脳内で対戦相手に対し、勝手にストーリーを作り上げて盛り上がる緋乃。自身が作り上げたその設定に、どこかで聞いたことあるような気がするとデジャヴを感じる緋乃だったが、きっと気のせいだろうと思い直す。
『皆様お待たせしました! トーナメント第三試合、不知火緋乃選手対志賀巧選手! まもなく開始です!』
(さて……。一体どんな戦闘スタイルなんだろうね。ちょっとワクワクしてきちゃった)
「緋乃ちゃーん! ガンバレー!」
「負けるなよー!」
「しっかりー!」
スタッフの合図に従い、リングへと姿を現した緋乃を出迎えるのは前日までの試合を超える歓声の嵐。
それを受け、一瞬だけ驚愕の表情を浮かべるものの、前日の試合で歓声を受けることに少しだけ慣れていた緋乃はすぐに気を取り直すと歩みを再開してリングへと上がる。
『まずは不知火緋乃選手! 小さな体に秘めたるは圧倒的なパワー! 今日もその暴れっぷりを見せてくれるのでしょうか!?』
実況の紹介を受けた緋乃が軽く手を上げると、リングを囲む観客たちから歓声が上がる。その顔は相変わらず照れ笑いを浮かべてはいるものの、前日までのぎこちなさが少しだけ抜けてきていた。
『対するは闘うサラリーマン、志賀巧選手! 長いリーチと遠当てで相手を近づけさせないその独自の格闘術は、圧倒的なパワーとスピードで蹂躙してくる小さな暴君を防ぎきれるか!?』
緋乃が姿を現したすぐ後に、対戦相手の巧もリング上へとその姿を現した。
流石に上下ともにスーツ姿というのは動きづらかったのか、午前中の顔合わせの時点では着ていた上着とネクタイは脱いだようだ。
カッターシャツ姿の巧が姿を現したことで再び歓声が上がり、リングが喧騒に包まれる。
「フフフ、お手柔らかにお願いしますよ」
「やだ。本気でいく」
「いやいや、そこは嘘でもいいから合わせるとこですよ。社交辞令ってやつです」
「そんなの知らないし、手加減する方が失礼じゃ?」
「フーム……」
緋乃の発言を受け、少し考えこむ様子を見せる巧。しかし、その姿からは隙などが一切見当たらないあたり、あくまで相手を油断させるポーズなのだろう。
「むー……」
こちらの闘志を素直に盛り上げさせてくれないその言動を受け、緋乃は頬を膨らませる。が、すぐに気を取り直すと半身に構える。それを見て、巧も緋乃と同じくオーソドックスな半身の構えを取った。
「……」
「……」
構えたまま静かに試合開始のゴングが鳴るのを待つ緋乃と巧。リング上の空気が張り詰め、観客たちの声も少しづつ静かになっていき……。会場が静まり返った数秒後。試合開始を告げるゴングが高らかに鳴り響く。
『さあ試合開始です! 先に動いたのは巧選――いや、これはぁー!?』
ゴングが鳴ると同時に巧はその両手に気を集中させ、素早くバックステップをすると同時に解き放つ。緋乃目掛けて二つの気弾が突き進む――と思いきや、その気弾が突如はじけ飛ぶ。
「……ッ!」
試合開始と同時に巧へと突進してきた緋乃が、その拳で気弾を撃ち落としたのだ。
しかし気弾の迎撃には成功したものの、そちらへ対処してしまったがために開幕の速攻は失敗に終わってしまった。そんな緋乃に対し、今度はこちらの番だと言わんばかりに巧の拳が襲い掛かる。
「シィッ!」
「むっ!」
『巧選手、連打連打連打ー! パンチの嵐を前に緋乃選手近づけない!』
身長150cmの緋乃に対し、身長180cm超の巧。30cmもの身長差より生まれるリーチの差はかなり大きく、緋乃の間合いの外から次々と拳を打ち込んでくる巧。
緋乃はそれを的確に受け流していくものの、流石にリーチの差が大きすぎたか。反撃しようと間合いを詰める前に次の拳が飛んでくるため、中々近寄ることが出来ない緋乃。
「面倒な……!」
「しゃあっ!」
速度とリーチを重視した拳ならば大してダメージはないはずだと、緋乃が被弾前提で反撃をしようと覚悟を決めれば、狙い澄ましたかのように気を込めた右ストレートが飛んできてその逆襲は阻止される。
(嫌なタイミングで打ってくるね……。ま、別に当たっても何ともないんだけど……さすがにそれは大人気ない気がするしね)
やろうと思えば性能差に物を言わせ、一方的に巧を打ちのめすことは容易ではある。
なんなら、攻撃を受けながらゆっくりと近寄って、蹴り一発で場外KOなんてこともできるだろう。
しかし、それをやるのは流石に相手が可哀想だし――それになにより、普段闘うことのない相手と闘うことのできる貴重な機会なのだ。
できれば力任せの強引な戦法ではなく、スマートに勝ちたい。そう考えた緋乃は、大人しく巧の連打に付き合っていた。
(さてさて、どうやって反撃しようかな……)
緋乃は巧の連打を捌きながら思案を巡らせる。
持久戦で巧の動きが鈍ったところを叩くという手もあるが、巧も流石に予選をここまで勝ち残ってきただけのことはある。
その動きに衰える様子は微塵もなく、このまま緋乃の不利が続くと誰もが思っただろうその瞬間。巧の攻め手がほんの一瞬緩んだのを、緋乃は見逃さなかった。
「貰った……! せやぁ!」
「ぐふっ!?」
牽制の拳に裏拳を合わせてを弾き飛ばし、それにより生まれた一瞬の隙をついて踏み込んだ緋乃の足刀蹴りが巧の腰へと直撃。巧は後方へと大きく吹き飛ばされ、ロープを背負うことに。
『緋乃選手のカウンターだぁー! 嵐のような連打、その一瞬の隙をついて攻守逆転!』
「あがぁ……こ、腰が!?」
「今度はこっちの番!」
倒れまいと腰を落として耐える巧が、その体勢を整え終わるその前に。超高速で踏み込んできた緋乃のその脚が振り上げられ――。
「くらえっ!」
巧の胸部へと、緋乃の履くブーツの底が勢いよく叩き込まれた。




