27話 化けの皮
『岳選手、攻める攻めるー! 力強い拳と蹴りのラッシュがが幸也選手を襲う!』
モニターに映るのは二人の男たちが闘う姿。攻める岳と防ぐ幸也。
試合開始のゴングが鳴ると同時に岳は幸也へと飛び掛かると、そのまま一気呵成に攻め立てた。何度も拳を繰り出し、少しでも隙があれば威力に優れる足技を叩き込む。
ガードを固め、岳の攻撃を的確に防いでいく幸也だったが、そのガードごと叩き潰さんとばかりに拳と足を勢いよく叩きつける岳。
「おらおらぁ! ふんっ!」
「がっ……!」
いつまでも受け手に回っていることに焦れたのか。幸也のガードが緩んだその瞬間。その隙に岳の前蹴りが腹部へと炸裂し、幸也は後方へ吹き飛ばされながらその顔を苦しげに歪めた。
「てっめぇ! らぁっ!」
「ちっ!」
このまま一気に試合を決めんと、空いた距離を一気に詰めようとする岳。しかし、そんな岳へ向けて幸也は咄嗟に生み出した気の塊をアンダースローのモーションで投げつけた。
岳はこの攻撃に対し、回避は間に合わないと判断。顔面の前で両腕をクロス。直後、その腕に気弾が激突して岳の腕に衝撃が走る。
「むう、この威力は! ……やるな!」
「ちっ。大人しく食らってろってんだ」
『おおっとお! これまで上手く防いでいた幸也選手だがついに防ぎきれず前蹴りがクリーンヒットォ! しかし幸也選手もただでは終わらない! とっさに気の塊を投げつけて追撃を防いだぞ!』
距離を取り、呼吸を整える二人の男。実況が一連の流れを簡潔に纏め、激しい攻防を前にした観客たちが大きく盛り上がる。その大歓声がモニターの外からも緋乃の耳に届いた。
「へー、咄嗟の気弾にしてはけっこう威力高いね……」
男たちの闘いぶりを見て、のんきな感想を漏らす緋乃。
通常、遠当てや気弾というものはそこまで大した威力ではない。気というものはその持ち主の体から離れた時点でどんどん霧散していくのだから当然だろう。
一般的には気弾による攻撃は――互いの距離によって変動するので、あくまで目安として――同じだけの気を込めたパンチの半分程度の威力だと言われている。
故に、大して気を溜める時間もなかったあの状況下で、岳の体勢を崩すほどの威力の気弾を放った幸也へと驚きの言葉を漏らしたのだ。
(あの見た目で実は気弾メインの遠距離型ですってのも面白いけどね)
気弾という技は主力に据えるには扱いが難しく、牽制などに使う者は多々いてもそれをメインで使う格闘家はあまりいないのが現状だ。
別にいないことはないのだが、格闘家としてのランクが低かったり、ギフトとの併用がメインだったりでWFCでは純粋な気弾使いは絶滅危惧種扱いさてれいる。
遠距離攻撃の癖に互いの距離が開いていれば開いているほど威力が下がってしまう気弾を使うよりも、素直にそのまま身体強化で殴りかかったほうが手っ取り早いし強いというのが一番の理由だ。
「もう見えたね。なんか面白いニュース無いかな……」
気弾の練度にはちょっぴり驚かされたが、所詮は一発芸の域を出ない小技に過ぎない。それ以外の技の練度や身体強化のレベルは岳の方が普通に上だ。
よっぽど凄い隠し玉でもない限り、岳の勝利は決まったも同然だと判断した緋乃はモニターから目を外してスマホを弄りだす。
「む~……。わたしの記事ない……。残念……」
朝の電車の中で自分のファンだと言ってくれる女性に出会えたので、もしかしたら有名になっちゃったりしてないかなと検索サイトに自身の名前を打ち込む緋乃。しかし、出てくるのは名前の似た芸人や二次元のキャラクターのみで肩を落とす。
「Twi〇terなら……。あ、あった。えへへ……」
こっちならどうだとばかりに自身も利用しているSNSで検索をしてみると、今度はヒット。大会を見に来ているであろう人たちの呟きが検索結果に上ってきた。
その内容は「可愛い」やら「推せる」やら、「外見とパワーのギャップが最高」などの肯定的な意見が大半だ。「泣かせたい」や「この笑顔曇らせたい」といった否定的な意見もあることはあるのだが、そちらは少数派なので緋乃は目を背けることに。
(今はまだ無名だけど、いつかきっと、わたしの名を世界中に……)
緋乃はそっと目を閉じて、WFCに優勝した自分が大勢の人間に祝福されている姿を妄想する。
トロフィーを掲げて喜ぶ、高校生くらいになって明乃以上の身長と明乃以上のバストを手に入れた自分。そしてその横に立ち、自分のことのように一緒に喜んでくれる明乃と理奈。
(それでそれで、家に帰るとお母さんがいっぱい褒めてくれて――)
にへらと笑いながら妄想を膨らませていく緋乃。しかし、モニターと外から流れてきた大歓声がそんな緋乃を現実へと引き戻した。
『おおーっと! なんということだー! まさかまさかの大逆転だー! 幸也選手、今までの鬱憤を晴らすかの如く攻め立てるー!』
「ん?」
大歓声で意識を引き戻されたところに岳の不利を告げる実況の声を聴いた緋乃は、妄想を打ち切ると目を開いてモニターへと目線を向ける。するとそこには、頭から血を流した岳が幸也の猛攻を必死に捌いているところだった。
「へー、意外。絶対負けると思ってたのに……」
少し驚いた様子でそれを見る緋乃。緋乃の見立てではあの幸也という選手は岳よりも下のランクで、最後に一矢報いる程度はできるかもしれないが結局岳には勝てない程度の選手だったのだが……。
しかしどうだろう、実際には追い詰められているのは岳の方であり、追い詰めているのは幸也の方だ。
(いや、よく見ると幸也って人も苦しそう。ギリギリの勝負だね。なるほど、だからこんなに盛り上がってるのかー)
観客たちの盛り上がり具合と、モニターに映る男たちの様子からそう判断し直した緋乃。その緋乃の読みの正しさを証明するように、実況の声が聞こえてくる。
『幸也選手、起死回生の爆弾ナックルでしたがやはり気の消耗が大きいのか! 攻めているにもかかわらず苦しそうだ! 必死の猛攻だがスタミナは持つのか!? 持たないのか!?』
「ちっくしょお! さっさと沈めや!」
「生憎とその技には見覚えがあってなあ!」
(……は? 爆弾? 激しい消耗? 見覚えがある技……? まさか……)
実況の解説と、偶然にもマイクが拾った二人の掛け合い。そして、ド派手な必殺技でも決めたかのような観客の大歓声。
押し寄せる不安からか緋乃の鈍い頭が珍しくフル回転し、パズルのピースが組み上がっていく。
「こいつ、人の技パクったなー!? 殺せ、殺してやれ! わたしが許す!」
モニターへと飛びつき、そのまま両腕でモニターをガタガタと揺らしながら声を荒げて必死に岳へとエール(?)を送る緋乃。
別に気を爆発させる技は緋乃が個人的に開発した技でもなんでもないので、緋乃には文句を言う筋合いも権利もないのだが、そんなことは知らぬとばかりにモニターを揺らす緋乃。
「隠してたのに! ここ一番で使って盛り上げるために隠してたのに! ひどい! バカ! 死ね!」
可愛らしい少女から繰り出される暴言の嵐。もし幸也が聞いたら目を見開いて驚愕すること間違いなしだろう。
あまりにも激しい消耗と、それに見合わぬ威力から誰もやらないロマン技を必死に磨き挙げて実用レベルにまでしたというのに、何という言い草だと猛抗議してくるのは間違いない。
「オラオラァ! ぐっ……オラァ!」
「まだまだぁ!」
一方、控え室で独り盛り上がっている緋乃のことなど露知らず真剣勝負を繰り広げる二人。
やはり気の消耗が大きすぎたのか。徐々に幸也の繰り出す連続攻撃のスピードが落ちていき……。それを待っていた岳が逆襲に転ずる。
「貰ったぁ!」
「しまっ……! がはっ!」
『うおおおおお!? ここにきて! ここにきて! 再度ぎゃくてーん!?』
幸也の拳に己の拳を合わせ、大きく弾き飛ばすとそのまま踏み込んで幸也の正中線へと連続で正拳突きを叩き込み、そして――。
『ダウーン! ダウンだー! これは決まったか!? 幸也選手動けなーい!』
「カウント1! 2!」
正拳を叩き込まれた勢いのまま吹き飛び、仰向けに倒れる幸也。その目は閉ざされており、口元からは僅かに血が流れ出ている。
すかさずレフェリーのカウントが開始され、目の前で再度行われた逆転劇に観客も大喜びだ。
「7! 8! 9!」
観客が大騒ぎする中、レフェリーによるカウントがどんどん進んでいく。しかし、幸也は起き上がる様子を見せず……そして……。
『試合終了ー! 勝者、岳選手ー!』
「うおおおおおぉぉぉっ!」
試合終了のゴングが鳴り、実況の勝者を告げる声が高らかに響き渡る。それを受けて苦戦を乗り越えた岳が咆哮を上げながら喜びを示し、観客席からも歓声と拍手が飛ぶ。
そして、岳の勝利を喜ぶ者がここにも一人。
「いよっし! 悪は滅びた……! 人の技パクるからだよ、ばーか! ばーか!」
大人気取りの余裕を取り繕うことも忘れ、手を叩いて喜びながら。タンカで運ばれる意識の無い幸也へ向けて、少ない語彙の中から必死に罵倒の言葉を選んで贈るお子様の姿があった。