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26話 ファン獲得

「緋乃ちゃん明乃ちゃんおっはよー!」

「おはよー理奈」

「おはよう……」


 午前10:20。約束の時間よりも10分早い時間に集合した理奈、明乃、緋乃の三人。

 元気よく手を振り上げ、ご機嫌な挨拶をする理奈に対し苦笑しながらも軽く手を振りながら挨拶を返す明乃と緋乃。


「およ? 緋乃ちゃんなんか顔が硬いね。……ははーん、さては緊張してるな? 緋乃ちゃんって繊細だもんねぇ~」

「ああ、うん。それもあるかもね……」

「それも?」


 緋乃の返事を聞き、可愛らしく首を傾げる理奈。そんな理奈に対し、緋乃は隣に立つ明乃に対し半目を向けながら口を開いた。


「うん。実は昨日の夜、明乃にいじめられて……」

「うふふ。乱れる緋乃も可愛かったわよ」

「乱れるって……。いやまあ確かにそうと言えばそうだけど言い方……」

「え」


 困ったような顔を浮かべながら理奈へと愚痴を言う緋乃に対し、口元に手を当てながらニヤニヤとした笑いを浮かべる明乃。

 しかし、それを聞いた瞬間。まるで時間でも止められたかのように理奈の動きと表情が固まる。


「ちょっと待って。ちょっと待ってどういうことそれ詳しく。ていうかえ、何? 明乃ちゃん散々自分はノーマルですぅ〜とかほざいといて緋乃ちゃんにあんなことやこんなことしちゃったの!? この泥棒猫ぉ!」


 混乱した様子の理奈が、明乃へと恨み言を早口でまくし立てながらその首元へ掴みかかる。


「フッ。悪いわね理奈。安心しなさい、式にはちゃんと呼んであげるから!」

「ムッキー!」


 明乃がサムズアップをしながら更に煽りの言葉を並び立てれば、理奈は明乃の首元を掴んだ腕を前後に揺らして猛抗議。

 一方、そんな二人の話題の中心になっている緋乃はというと。


「ふ、二人とも。見られてる。見られてるから静かに……! ほら、行くよ……!」


 黙って立っているだけでも周囲からの注目を集める美少女三人が、キャーキャーと黄色い声を上げて騒いでいるのだ。より一層の好奇の目を集めるのは言うまでもない。

 周囲から向けられる目線に耐え切れなくなった緋乃が羞恥心からその顔を赤くし、大慌てで二人の手を掴んで強制的に駅の中へ連れ込んだのも仕方のないことだろう。


「あ、ちょっと待って緋乃! こける、こけちゃう!」

「おわわわわ、緋乃ちゃん速い! 速いって!」


 緋乃にぐいぐいと引っ張られ、駅の中へと姿を消してゆく三人。

 そんな三人の少女たちの騒がしい様子の一部始終を見ていた、ジョギング中だと思われるジャージ姿の中年男性がふと呟いた――。


「朝からいいものを見させてもらった……。神に感謝だな……」





「で、実際のとこはどうなの明乃ちゃん」

「緋乃がなんか賭け仕掛けてきたから、サクっと返り討ちにして、くすぐりの刑に処しました!」

「あーはいはい、いつもの流れねー。緋乃ちゃんもいい加減学習すればいいのに」

「ぐ……! 今回は、今回こそは行けると思ったの! いや、途中まで上手く行ってたんだけどまさかの豪運発動で……!」

「それ前も言ってたよね。いやホント学習しようよ~」


 人影もまばらな電車の中。あえて椅子には座らず吊革と手すりに掴まり、ガタンゴトンと揺られながら昨夜の出来事について語る三人。

 明乃により簡潔に纏められたそれを聞いた理奈は、呆れた顔を緋乃へと向ける。

 ここ数年。緋乃は半月に一度は調子に乗って明乃へと賭け事を吹っ掛け、その度に毎回敗北して明乃より様々な「お仕置き」を受けているのだ。いくら緋乃にはとことん甘い理奈とはいえ、流石に呆れを隠せなくなってくるのも仕方あるまい。


「むぐぐ……」

「やっぱり緋乃ちゃんってアレだよね」

「ああうん、理奈もそう思う?」


 悔しそうに唸る緋乃を眺めながら、明乃と理奈はその顔を見合わせ、小声で話し合う。

 いくら賭けに負けた結果の罰ゲームとはいえ、大した抵抗もせずに毎回律儀にそれを受けて気を失い。そこから目覚めてもちょろっと文句を言うだけですぐ機嫌を戻し、尻尾を振りながらすり寄ってくるその姿はどこからどう見ても――。


「うんうん、どう考えても……M(アレだよね」

「……なんか、今馬鹿にされた気がする」

「気のせいでしょ」

「気のせいだよ」


 普段は鈍いくせに、妙な察しの良さを見せて半目で睨みつけてくる緋乃へとごまかしの言葉を吐いて目を逸らす明乃と理奈。

 そのまま目を合わせない二人へと疑いの眼を向け続ける緋乃であったが、ふと諦めたようにため息を吐いて口を開く。


「まあいいや。それより聞いてよ理奈。昨日ね――」

「あれ? すいません、もし違ったら申し訳ないんですが……。もしかして、不知火緋乃さんですか?」

「――へ? あ、うん。そうだよ。わたしが緋乃。えっと……」


 緋乃が理奈へと語りかけたその瞬間。同じ車両に乗り合わせていた若い女性が緋乃へと話しかけてきた。

 突然、見知らぬ人間に話しかけられたことできょとんと首を傾げる緋乃。その両隣にいる明乃と理奈もその顔に疑問を浮かべているあたり、二人の知り合いというわけでもなさそうだ。

 戸惑う緋乃たち三人の内心を知ってか知らずか。女性は喜びの表情を浮かべながら自らその正体を明かしだした。


「あ、やっぱり! あの、昨日の試合見ました! 凄かったよ! 私、緋乃ちゃんのファンになっちゃいました!」

「あー、なるほどー」

「そういう事ねー」


 女性の言葉を聞き、納得したような顔をする明乃と理奈の二人。一方、その言葉を向けられた緋乃はというと。


「あ、ありがとうございます……」


 恥ずかしそうに頬を染め、女性へとお礼の言葉を返していた。


「うっわ~! 遠目で見てても可愛かったけど、近くで見てもすっごく可愛い~! 私、こんなに可愛い女の子見るの初めて……! ねね、写真一枚いいかな? 一枚だけでいいからさ。ダメ?」

「え、あ、はい。いいよ……いいですけど?」

「ふふっ。緋乃めっちゃ照れてる」

「うんうん。いつもの緋乃ちゃんもいいけど、しおらしい緋乃ちゃんも可愛いね」


 くすくすと笑いながら茶化してくる明乃と理奈に返事をする余裕も無いのか、あわあわとしながら女性に対応する緋乃。

 女性はそんな緋乃を微笑ましいものを見るような目つきで見やると、手持ちの鞄からスマホを取り出してそのカメラを緋乃へと向けた。


「はい、じゃあいきますよー。はい、チーズ」

「ん……」


 女性の合図に合わせ、はにかみながら片手でピースサインを取る緋乃。その直後、女性の持つスマホからカシャッという撮影完了を示すシャッター音が響いた。

 女性はスマホを操作して今撮ったばかりの写真を確認すると、満足気に微笑みながら緋乃へと礼を言う。


「うん、いい写真が撮れました。はー、めっちゃカワイイ……。おっとっと、緋乃ちゃんありがとうね! 今日のトーナメントも応援してるから、頑張って~!」

「ん……! がんばる……!」


 両手を胸の前に出して小さくガッツポーズをする緋乃に対し、笑顔を向けてひらひらと手を振りながら離れていく女性。

 女性が緋乃たちから少し離れた位置の座席へと座り、スマホを弄りだしたのを見て明乃と理奈が緋乃へと笑顔で語りかける。


「やったじゃん緋乃。ファンゲットおめでとう」

「緋乃ちゃんおめでと~!」

「明乃。理奈。うん……。ありがと……!」


 親友二人からの賞賛の声に対し、満面の笑みを浮かべながらお礼の言葉を返す緋乃であった。




 ◇




「むっ。不知火か……」

「お久し……ぶり?」


 移動を終えて会場に到着し、二日目の開会の挨拶や注意事項の通達にトーナメントの組み合わせ発表等の一通りのイベントを終えた緋乃。

 本戦出場者を選ぶトーナメント特設リング――昨日までの広場に雑にリングが設置されただけのそれとは違い、コンサート用の野外ステージとも言うべきすり鉢状の広大な空間にリングが設置され、その周囲は気弾対策と思われるネットを被せた金網で囲われた、きちんとしたリングだ――の外で明乃や理奈と別れ、ステージの左右に併設された選手控え室へと移動しようとしていた緋乃は、その通路で先月に路上試合を行った空手道場のエースと再会した。


「やはり勝ち残っていたか」

「当然」


 ニヤリと笑いながら話しかけてきた少年に対し、得意気な笑みを浮かべながら返す緋乃。

 ガタイのよい男子高校生と華奢な女子中学生が向かい合い、火花を散らす。事情を知らぬものが見たら、一発で通報されてしまいそうな状況だ。

 しかし、ここは格闘大会の控え室エリアであり、ここにいるのは緋乃と少年の外には大会のスタッフのみ。当然ながら昨日までの戦績など既に知っていて、二人に対しそのような目線を向けるスタッフはいない。

 むしろ、やりたい放題大暴れして対戦相手の全てを病院送りにした、小さな暴君へと立ち向かう少年に対し感心したような眼差しが向けられている始末だ。


「あれから俺はさらに鍛錬を積んだ」

「またそれ? 懲りないね」

「ぐぬぅ……。まあ確かに何度も同じことを言っているような気がするが、今回の俺は本当にこれまでとは一味違う! あの時の俺と同じだとは思うなよ、おまえを倒すのはこの俺。佐々木 がくなのだからな!」


 少年改め岳が呆れ顔の緋乃へと向かい、啖呵を切るとほぼ同時。大会の運営スタッフの男性がやってきたかと思うと、岳と緋乃へと声をかけた。


「佐々木選手、もうすぐ試合なので試合準備をお願いします! 不知火選手は、試合の順番が回ってくるまで控え室の方にお願いします!」

「応!」


 スタッフの呼びかけに応じ、岳が緋乃へと背を向ける。


「不知火、確かお前は第三試合だったな。控え室のモニターで見ているがいい。あれから超進化を果たしたこの俺の姿を!」


 言いたいことは言い終えたとばかりに、スタッフへと連れられてリングへ向かう岳。その背中に向けて緋乃が声をかけた。


「頑張ってね」


 緋乃のその声を聴いた岳は、振り返らずそのまま歩き去りながらもサムズアップを行い、緋乃の応援へと感謝の意を示す。

 緋乃は通路の向こう側へと岳が消えるのを見送ると、自身に割り当てられた控え室の扉をゆっくりと開く。


(なんか余裕とつわものオーラを感じちゃうし、本当に強くなったっぽいね)


 控え室に用意された椅子へと座りながら、モニターの電源を着ける緋乃。

 その青くぱっちりとした瞳に、岳がリングへと上がるシーンが映った。対戦相手は黒い学ランを着た、岳と同じくらいの体格をした男性だ。

 実況の男が叫んでいるのを聞く限り、学ラン男は幸也ゆきやという名で、我流の喧嘩殺法で戦うこの菊石市の不良高校生らしい。


「お手並み拝見、だね」


 ゴングが鳴り、ぶつかり合う二人の男。それをわくわくとした面持ちで眺める緋乃であった。

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