23話 予選一日目を終えて
「いやー、終わってみれば全戦全勝。しかも全試合KO勝ちとは、さっすが緋乃ちゃん」
「えっへん」
「強くて可愛い緋乃ちゃんにみんなメロメロだよ~。ほら、ネットでも話題になってるし」
「おおー、わたしの写真。うん、なかなか格好よく撮れてるね。許す」
「緋乃ちゃん脚長いからね。ハイキックとか映えていいよねー」
「ほらほら、あまり褒めすぎないの。緋乃はすぐ調子に乗ってやらかすんだから」
時刻は16:30。あれから無事に決勝に勝ち、予選一日目の全工程を終えた緋乃たちは、自宅へと戻る為に電車へと乗っていた。
一両目の運転席側の角。それなりに広いスペースのそこへと集まり、周囲からの注目を集めないようボリュームを落とした声ではしゃぐ三人。
「ま、なんにせよ緋乃に怪我がなくて良かったわ」
「うんうん。緋乃ちゃんの可愛いお顔とすべすべお肌に傷がつかなくて本当に良かったよ~」
「ひゃうっ! あ、理奈、そこ駄目……。撫でるのやめ……ひんっ!」
「うへへへ、よいではないかーよいではないかー」
大きく露出している緋乃の太ももを両手ですりすりと撫でまわし、まるで悪代官のようなセリフを吐く理奈。そしてそのくすぐったさに声を上げないよう、震えながらも固く口元を結んで必死にこらえる緋乃。
そんな二人を、呆れたような目で見ている明乃。
「ほらほら、人目もあるんだし。そこまでにしときなさい」
「にゅ……! にゃぁ……!」
「ぐへへ、人様に見られながらのプレイも乙なもんじゃ……あ、やめて。すいません調子こいてました。だから無言でげんこつ構えるのやめて明乃ちゃん」
「はー。まったく」
見かねた明乃からの注意を受けるも、それでもやめようとしない理奈に対して明乃が実力行使を匂わせることでようやく理奈の魔手から解放された緋乃。
はーはーと息を整えながら、理奈に撫でまわされた部分を自分の手で上書きするように何度も擦る。
そのまま数十秒ほど擦っていただろうか。ようやく違和感が消えたのか、いつもの調子を取り戻した緋乃が明乃へと礼を言う。
「ふう。助かった。ありがと明乃」
「はいはい。でもそんなに敏感なら長ズボンとか履けばいいのに。ちょっと露出しすぎなんじゃない?」
「えー、折角きれいな脚なんだから勿体ないよー。ねー緋乃ちゃん」
「あんたは黙っとらんかい」
ホットパンツにタンクトップと、大きく脚とお腹を露出した緋乃の服装を見ながら衣装替えについて提案をする明乃。
それに対し、緋乃が反応する前に理奈が反論をするも再び握り拳を見せつけてきた明乃によって一刀両断されていた。
そんな二人の親友を見て苦笑しながら口を開く緋乃。
「いや、これでいいかな。長ズボンはキュークツだし、なんかゴワゴワしててちょっとね……。何より、こっちのが動きやすい」
「ふーん、そう。まあ緋乃がいいってんなら別にいいけどね。確かに似合ってることは似合ってるし」
「ん、ありがと」
「うんうん。私も今のままがいいと思うなぁ。……目の保養にもなるし」
「ん? 何か言った?」
「ナンデモナイヨー」
緋乃の意見を聞いて、渋々といった様子で引き下がる明乃と喜びを示す理奈。理奈が最後にボソッと呟いた言葉が聞き取れなかったので聞き返す緋乃だったが、適当にはぐらかされてしまった。
「ふぁ……」
「なんか眠そうだね緋乃ちゃん」
「ん……。なんだろ、緊張の糸が切れたってやつかな……。まだ5時なのにね」
「席座る? 私でよければ肩貸すよ?」
「んぁ……。いや、我慢する。もうすぐだしね……」
眠そうに欠伸をする緋乃を見て、心配そうな顔をした理奈が席で一眠りすることを提案するも、目的地が近いことから緋乃はそれを断る。
しかし眠たげに目を細めながら言う為に説得力があまり存在せず、そんな緋乃を見て明乃が苦笑する。
「まあ、なんだかんだでけっこう気を消耗してたしね。運動量換算したら結構行くんじゃないかしら?」
「そうだね……。なにせ今日だけで三試合だもんね。体力のある大人たちならともかく、緋乃ちゃんにはキツいよね」
「むぅ……」
子ども扱いするなと言いたいところだが、実際に眠気に襲われて意識をふわふわさせているところなので反論が出来ない緋乃。
仕方がないので眉をひそめて不満ですアピールをするものの、明乃と理奈には通じていないようで残念そうな声を上げる。
「眠いのなら寝てもいいわよ? あたしがおぶって連れ帰ってあげるから」
「いや、それはちょっと恥ずかしいから遠慮しておく。大丈夫だよ。ちょっと眠気がするだけで、別に落ちそうってほどじゃないもん」
にししと笑みを浮かべながら、からかうような口調でおんぶを提案してくる明乃。当然ながら緋乃はそれを拒否し、自分の足で帰ると言い放つ。
話しているうちに意識が覚醒してきたのか、それとも明乃と理奈の二人に心配をかけさせないための意地か。
眠たげに欠伸を繰り返していた先ほどに比べると、随分とマシな表情になった緋乃へと理奈が口を開いた。
「じゃあ明日の予定について話そっか。明日も今日と同じく、駅前に9時集合でいいのかな?」
「えーっとね。ちょっと待って……。うん。10時半スタートだし、それで問題なさそう」
理奈からの質問を受け、カバンからパンフレットを取り出して大会の進行予定について印刷されたページを開き、二日目の予定を確認する緋乃。
それを聞いた明乃が、二日目に行われる本戦出場者決定トーナメントについての記憶を思い出しながら声を上げる。
「明日は各ブロックの優勝者でトーナメントよね。確かAブロックからFブロックまでの6ブロックだから、最短で2試合、運が悪ければ3試合か」
「各ブロックでの試合成績が良ければシード側なんだっけ? 緋乃ちゃんなら多分シード側だろうし、2試合で済みそうだよね」
「そうね。あれだけ大暴れしといてシード入れなかったらコネとかワイロとかそういう系よ絶対」
翌日に行われる試合について話し合う明乃と理奈。観客として目の前で緋乃の活躍を見ていた二人は、緋乃がトーナメントにおいてシード側へと進むであろうことを確信した様子だ。
親友二人からの信頼を感じ取り、喜びの感情で胸の中が満ち溢れる緋乃。
そんな緋乃が二人へと感謝の意を込めた言葉を紡ごうとしたその瞬間。電車のアナウンスが流れた。
『次は勝陽。勝陽。お降りの方は、お忘れ物のないようご注意ください』
「お、もうすぐね。降りるわよ、緋乃」
「…………」
「緋乃ちゃんどしたの? 難しい顔しちゃって」
「……いや、なんでもないよ」
小さくため息を吐きながら、内心でタイミングの悪いアナウンスへと文句を言う緋乃。そんな緋乃を見て、首を傾げる明乃と理奈であった。