22話 お昼の休憩
「もう、いくらテンション上がったからってやりすぎよ。一歩間違えれば死んでたし、観客席に突っ込んでたらどうすんのよ」
「むぅ。ちゃんと蹴り飛ばす方向は調整してたし。いくらわたしでも、観客席には蹴らないよ」
「じゃあ手加減の方もちゃんとしなさいよね。相手の人、両腕の骨が粉々になってて肋骨もベキベキらしいわよ」
「ガード間に合うようにあらかじめ狙う場所教えたし、間に合わなくてもギリギリ死なないように胴体狙ったもん」
準決勝を終えて、再び会場へと戻ってきた緋乃。今度は昼前の反省を生かし、人気の少ない場所での合流だ。
しかし、無事に勝利したことだし、親友二人による祝福が待ち構えているだろうと思って上機嫌で戻った緋乃に与えられたのは明乃によるお叱りの言葉だった。
与えられて当然だと思っていた賛辞の言葉が受けられず、拗ねる緋乃。
そんな緋乃に対し、理奈が苦笑しながら緋乃へとスポーツドリンクの入ったペットボトルを差し出す。
「まあまあ、明乃ちゃんもそれくらいで。緋乃ちゃんも拗ねないの。はい、これでも飲んで機嫌直して?」
「んぐんぐ……。拗ねてなんかない。んぐ……。ぷはぁ。ありがと、理奈」
「どういたしまして。あと緋乃ちゃん、勝利おめでとう!」
「ん、ありがと……」
ペットボトルの四分の一ほどを飲んだ緋乃は、飲みきれなかった分を理奈へと返却する。理奈はそれを大事そうに受け取るとカバンへと仕舞い込み、笑顔で緋乃の準決勝勝利を祝う。
「そうね……。準決勝勝利おめでと、緋乃」
「明乃も……。うん、ありがと。二人ともありがとう」
それを受け嬉しそうにはにかみながら理奈へと礼を言う緋乃を見て、明乃も緋乃の勝利を祝っていないことに気付いたのか、軽く頭を振って気持ちを入れ替えると笑顔で緋乃の勝利を祝う言葉を贈る。
一番欲しかった親友二人からの賛辞の言葉。それを与えられたことで緋乃の機嫌は一気に回復。
その顔に満面の笑みを浮かべると、親友たちへと礼を返すのだった。
「緋乃ちゃん、あと1時間くらいしたら決勝でしょ? 思いっきり投げられてたりしたけど、怪我とか体調とか大丈夫?」
「ん、平気だよ。余裕。あの程度じゃ、わたしの気の鎧は抜けないから」
「あー、緋乃って防御面も凄いからね。軽くてちっちゃいから投げとか吹っ飛ばしには弱いけど、めったな事じゃダメージ入らないのよね」
「なるほど。まあ確かに、あれだけのパワーを出せるってことは防御面も相当だよね」
「そういうこと。まあ、逆にダメージが通ると一気に大ピンチなんだけどね。緋乃自体はかよわい女の子なんだから」
「……むぅ」
自身の体系を気にしている緋乃が、明乃の小さいという言葉に対し突っ込もうとしたその矢先。真面目な表情をした理奈が口を開いたことで発言のタイミングを奪われてしまった。
できれば抗議してやりたいんだけど、今はそんなこと言う雰囲気じゃないよねということを察した緋乃は不満げな表情を浮かべたまま引き下がる。
「でもそっかー。むーん。もし疲労とかダメージが残ってるようなら理奈ちゃんスペシャルマッサージの出番かなと思ってたんだけどなあ」
「マッサージって……。そんなことまで出来るのね……」
「理奈って多芸だよね……」
口元に手を当て、首を傾げながら飛び出てきた理奈の発言。
それを聞いた明乃と緋乃の二人は、芸達者な理奈に対し尊敬しているような、呆れているような。複雑な目線を送るのであった。
「え? 褒めてる? これって褒められちゃってる系? えへへ。私凄いでしょ」
「ええ、まあ割と真面目に凄いと思うわよ。ねえ緋乃?」
「うん。明乃の言う通り、真面目にすごい」
「うわー、面と向かって褒められると照れちゃうなあ。むふふ、もっと褒めてもいいんだよ?」
半分投げやりな明乃の賞賛と、純度100%の尊敬を込めた緋乃の賞賛。これらを受けた理奈は――特に理奈としては後者こそ最重要である――両腕を腰に当てながら胸を逸らし、まさに得意満面といった表情を浮かべる。
「でも、折角ならマッサージ受けといたら? ほら、筋肉とかに自分でもわからないダメージとか疲労とかが溜まってるかもしれないしさ」
「む」
「ああ、そうだね。疲労って自分じゃ意外とわからないものだからね~。どうする? 緋乃ちゃん。一発やっとく?」
「うーん……。そうだね……。なら、折角だし――」
両手をわきわきさせながらマッサージを勧めてくる理奈。
確かに、そこまで強くない相手とは言え今日は二回闘ったのだ。自分でも気づかない疲労が溜まっているという可能性はあるかもしれない。なら、せっかくだしここは理奈の厚意に甘えるのが正解かな。
そう考えた緋乃は理奈へマッサージを頼もうとするが、いざ口を開こうとしたその瞬間。ふと重要なことに気付いた。気付いてしまった。
「ほえ? 緋乃ちゃんどしたの? 急に真面目な顔しちゃって」
「ねえ、理奈。一つ聞きたいんだけどさ」
「え、うん? な、なにかな? 答えるのはいいけど、顔近いよ! いやちょっと嬉しいけど近い近い! 緋乃ちゃんいい匂いだね!」
真顔になり、理奈へと詰め寄る緋乃。理奈の両肩を自身の両手でがっちりとホールドし、虚偽は許さないとばかりに顔を近づけて目と目を合わせる。
理奈が何やら騒いでいるが関係ない。今から自分はとても大事なことを聞くのだ。嘘でもつかれたらたまったものじゃない。
「そのマッサージって……痛い?」
「ああ、明乃ちゃんも見てるのに! ってえ、痛い?」
「マッサージ、痛い? 痛くない? わたし、痛いのキライ。ていうか無理。オーケー?」
「お、オーケー。うーん、無理矢理こりをほぐしたりしなければ痛くない、かな? 特別なお茶を飲んで体をほぐして、オイルを塗ってからやるちゃんとしたやつなら、痛くないしむしろ気持ちイイと思うけど……」
理奈のその言葉を聞いた緋乃は理奈を開放すると、顎に手を当てて深く考え込む。
整体とかマッサージは、その気持ちよさそうな名前の響きに反して、なんか体をゴキゴキされてめっちゃ痛いものだということを物知りな緋乃は知っている。漫画やネットのネタで見たからだ。
しかし、理奈の言葉を信じるのならば別に痛くないらしい。できれば痛みの心配のなさそうな「ちゃんとしたやつ」とやらを受けてみたいが――ここは外であり、お茶やらオイルなんて理奈は持ってないだろうからそれは無理だろう。
いやまあ、理奈は優しいので頼めば魔法やらを駆使して何とかしてくれそうではあるが、だからといってワガママを言って迷惑をかけたくはないのだ。何故なら、緋乃は大人だからである。
「特別なお茶ねえ。なるほど、アレ関係ね!」
「いえーす。アレ関係なのです」
「アレ関係……? ああ、もしかして……」
「うん、それだよ。イニシャルがMな例のアレです。まあ人目を避けてるとはいえ、万が一ってこともあるしね。さっき試合待ってる間に、人前ではアレとかソレで誤魔化そうって話になったの」
理奈からの説明を聞いて、得心が行ったとばかりに頷く緋乃。確かに、人前で魔法魔法言ってたら頭の残念な子と思われてしまうこと間違いなしだ。まあ自分たちはまだ中一なので見逃して貰える可能性は高いだろうが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
隠語で誤魔化すというのは理にかなっているし、なにより裏社会の人間っぽくて格好いい。緋乃は喜んで二人に倣うことにした。
「じゃあアレ関係のちゃんとしたやつはまた今度お願いするとして。マッサージ、お願いして……いい?」
上目遣いで首を傾げながらお願いをしてくる緋乃。それを見た理奈の答えなど決まっている。
理奈は二つ返事で緋乃のお願いを了承。近くの空いているベンチを探すと、そこへ緋乃を寝かせてマッサージを行うことに。
「……ねえ、理奈。お願いがあるんだけど」
「なにかな? 緋乃ちゃんのお願いならなんでもおっけーだよ? 世界征服だってどんとこい!」
「え、そう? じゃあ永遠の命と若さをお願い。わたしと理奈と明乃の三人で、世界が終わるまで永遠に楽しく過ごすの」
「え、あ、いや。それはまだ研究中なので今後にご期待くださいと……」
寝そべる緋乃に向かってジョークのつもりで気軽に言葉を飛ばしたら、真面目な声色でとんでもないお願いが帰ってきて慌てる理奈。
そんな理奈を横目で見て満足したのか、微笑みながら緋乃が口を開く。
「ふふ、冗談だよ。そんなに慌てなくても」
「いや、今のはマジトーンだったわよ緋乃」
「うん、急に真顔で言い出すからびっくりしちゃった」
冗談が微塵も通じていなかったことに少し落ち込む緋乃を見て、小さく笑う明乃と理奈。
そんな二人に対し、ぷんすかと怒った風を装いながら緋乃が話しかける。
「そんなことより、わたしのお願い聞いてくれる?」
「はいはい、聞いてるから大丈夫だよ」
「うん。えっとね。その……」
肝心のお願いとやらを言い出すのが恥ずかしいのか、言いにくそうにもごもごと口を動かす緋乃を微笑みながら見守る理奈と明乃。そのまま数言ほど詰まっていた緋乃ではあるが、意を決したのか恥ずかしそうに頬を染めて口を開いた。
「痛くしないで……ね?」