20話 Bブロック予選準決勝
『さあBブロック予選準決勝第二試合! 大川剛二選手対不知火緋乃選手、まもなく開始です!』
「キャー! 緋乃ちゃん頑張ってー! 頑張れー!」
「頑張れチビ助ー!」
「緋乃ちゃーん! あ、こっち見た! 可愛いー!」
「照れててカワイイー! ガンバレー!」
リングへと姿を現した緋乃に対し、黄色い声援が乱れ飛ぶ。既に前世の記憶の大半を忘れてしまった緋乃にとって、これだけの声援を受けるのは初めての経験だ。
声援を受けた緋乃は目を丸くして驚いていたが、すぐ我に返ると慌てた様子で観客へとはにかみながら手を振った。
頬を染め、照れくさそうに手を振るその姿を見て、観客たちがより一層盛り上がる。
『先の予選第一試合で見せた雄姿の影響か!? リングに咲く可憐なる花、緋乃選手! 一気にファンを増やしたようです! やや女性ファンが多めか! 声援を受けて照れています! 年相応の可愛らしい姿だ! しかし見た目に騙されてはいけません! その可愛らしい見た目に反し、かなりのパワーの持ち主です!』
緋乃が声援に照れている間。その反対側からは裸足に柔道着姿の、筋骨隆々の大男が登場する。
その身長は180cm以上はあるだろうか。せいぜい150cm程度の身長しかない緋乃から見ると、まさに巨人だ。
「うおおお剛二ー! 剛二ー!」
「寝技だー! 寝技でいけー!」
「チクショー、羨ましいぞコノヤロー!」
「緋乃ちゃんに怪我させたらぶっ殺すからなー!」
『声援なら剛二選手も負けていない! 駆け付けた大学の友人や道場の仲間たちが熱いエールを送る! 皆様ご存じ、全日本学生柔道選手権優勝者! パワー、テクニック、スピード! 全てがハイレベル! 予選では豪快な背負い投げによるKOを決めてくれました剛二選手ですが、この試合でも魅せてくれるのでしょうか!?』
「ふむ。できれば、君のような可愛い子と闘いたくはないのだがな」
「む。わたし、こう見えて強いから。舐めてると怪我するよ?」
「ははは、知ってるさ。なにせ、あの一也を倒した相手だからな。悪いが油断はせん」
「ん、当然。手を抜いた相手を倒しても自慢にならないからね」
「フフフ、言うじゃないか」
リング中央で向かい合い、軽口を飛ばし合う剛二と緋乃。しかしその目はお互いに笑っておらず、真剣な表情だ。
静かに闘志を高めていく二人を見て、観客席にも緊張した空気が流れていく。そして、そんな空気を引き裂くかのように試合開始のゴングが鳴り響く。
『さあ試合開始のゴングが鳴りました! 両者、リング中央にて睨み合い!』
(……この人。結構やる。いいね、ワクワクしてきた)
その音を聞くやいなや、緋乃と剛二はほぼ同時に気を練り上げてその身に纏う。
その手際と、纏っている気の量を見て、目の前の男がこれまでの相手とは少々違うことを悟った緋乃。表情こそ変えないが、その内心では久々に出会えた強者に心が躍っている。
「……行くよ」
「いいだろう、来い!」
「……ふっ!」
先に動いたのは緋乃だ。素早く踏み込むと同時に右足へと気を集中させ、その勢いのままローキックを繰り出した。
スピード、破壊力。どちらを取っても午前中に行われた一也戦の比ではない。一般人や未熟な格闘家が相手ならば確実に骨をへし折り粉砕し、一般的な格闘家が相手なら罅くらいは入れるであろう一撃。
しかし、生憎と剛二は並ではない。学生という枠組みの中ではあるが、それでも日本の頂点に立った実力は伊達ではない。
慌てず騒がず、冷静に狙われた脚を開いて防御態勢を取ると同時に気を集中させ、緋乃の蹴りを受け止める。
「ぬぅん!」
「!?」
防がれることなど織り込み済みだと言わんばかりに、左脚へと気を集中させ、追撃を繰り出そうとする緋乃。
しかし、剛二の方が早かった。素早くその太い右腕を伸ばし、緋乃の胸ぐらを掴まんとする。
緋乃の体重はその小柄な体躯に相応しく、たったの38kgしかない。筋肉質な大男である剛二にとっては、気を用いずとも簡単に振り回し、放り投げられる程度の重さだ。
気で足りない筋力を補うことは出来ても、体重まではどうしようもない。
もし掴まれてしまえば、簡単に投げられて地面へ叩きつけられ、そのまま体重差を利用して圧し潰されたり、寝技などに持ち込まれてしまう危険もある。
捕まれば一巻の終わりと大慌てで緋乃は攻撃をキャンセルし、必死に体を逸らしてその手を避けようとする。
(あぶなかった)
『これはーっ! 先に仕掛けたのは緋乃選手! だが剛二選手、その攻撃を軽く受け止めると反撃! 緋乃選手、掴まれまいと必死にかわすー!』
回避はギリギリ成功。剛二の太い指は緋乃の胸をかすめるのみに終わった。冷や汗をかき、内心で安堵の声を漏らす緋乃。
しかし、攻撃を中断して無理矢理な回避を行ったため、その体勢は大きく崩れてしまっている。当然ながらそのような隙を見逃してくれるほど剛二は甘くない。緋乃のピンチはまだまだ続く。
「甘いわ! そらそらぁ!」
「くぅ……!」
距離を取り、崩れた態勢を立て直そうとバックステップを行う緋乃。だがその動きは剛二に読まれており、勢い良く踏み込んできた剛二は緋乃を掴まんと素早く何度も腕を伸ばしてくる。必死に腕を振るいそれを弾く緋乃。
『逃げる緋乃選手を追いかける剛二選手! 逃がさない! 緋乃選手追い込まれた! 伸ばされる手を必死に弾くがこれは不味い! 掴まれたら終わりだぞ!』
「このゴリラー! 少しは手加減しなさーい!」
「緋乃ちゃん頑張ってー!」
「うーん、流石にあの体格差は厳しいか……」
「大学生と中学生だしな。油断がなきゃこんなもんだろうよ。大人気ねえな」
実況が緋乃の不利を告げ、それに合わせて観客からも徐々に諦めのムードが流れ出す。確かにあの少女は強かった。年齢の割には異常だと言ってもいい。
だがいくら天才的な才能を持っていようと、所詮は小さな子供。きちんと鍛錬を積んできた、大の男には敵わない。そのような雰囲気が観客席には漂っていた。
観客席にて緋乃の闘いを見守る明乃と理奈もその空気を感じ取り、不安そうな顔をした理奈が明乃へと声をかける。
「明乃ちゃん、緋乃ちゃん大丈夫かな……!?」
しかし、不安そうな顔をする理奈に対し、明乃は気楽な様子で口を開く。
「まあ、何とかなるでしょ。大丈夫、緋乃は強いよ」
「う、うん。そうだよね。緋乃ちゃんはあんな筋肉ダルマになんか負けないよね! 頑張れ緋乃ちゃーん! 頑張れー!」
明乃に励まされ、笑顔を取り戻した理奈は声を張り上げ、手を大きく振って緋乃の応援をする。しかし……。
「取ったァ!」
「あっ……!」
『掴んだァー! 剛二選手、緋乃選手を捕まえたァー!』
必死の防御も空しく、ついに剛二の手が緋乃を捕らえた。弾き損ねた手で、着ているジャケットの袖を掴まれた緋乃。
その手を振りほどこうと、緋乃は掴まれた側の手を振り回す。しかし、当然ながらその程度で手を放してくれるわけがない。
「この……! 放し……あっ……」
「ふん!」
「かはっ!」
『なーげーたー! 剛二選手、片腕で緋乃選手をブン投げたぁ!』
「うわああ、やめてー!」
「よっしゃトドメだあー!」
「少しは手加減しなさいよこのクソゴリラー!」
緋乃にこれ以上の抵抗をさせまいと、剛二は掴んだ腕を振り回して緋乃を背中からリングへと叩きつけた。
その衝撃に思わず息を吐きだし、苦しそうな声を上げる緋乃。それを見て観客たちから悲鳴が次々と上がる。しかし、たかが野次ごときで怯む剛二ではない。顔色一つ変えず、リングへと叩きつけられた衝撃で怯む緋乃を引っ張り上げると、その勢いのまま緋乃を背中に背負いもう一度リング目掛けて叩きつける――。
「どおおりゃあああ!」
「んぎゅ!?」
ドゴォンという大きな衝撃と共に、先ほどをはるかに超える勢いでリングへと叩きつけられた緋乃。
その破壊力は凄まじく、緋乃が叩きつけられた部分がその衝撃で凹んでいるほどだ。
観客たちも、まさか小さな子供である緋乃相手に剛二がここまでやるとは思っていなかったのであろう。それまでワーワーと騒がしかった観客席が一斉に静まり返る。
そんな観客達を尻目に、サッと緋乃から離れて油断なく構えを取る剛二。
『決まったァー! 決まったぞ剛二選手の背負い投げー! 完全に決まりました! 緋乃選手もよくやりましたが、流石に立てないでしょう!』
観客A「やったか!?」
観客B「決まりだな」
観客C「終わったな」




