2話 学校にて
「起立、礼、着席!」
帰りのホームルーム終了の合図を告げる、号令係の少年の声が教室に響く。それを受けてクラスメイト達も席を立ち一礼し再び座る。
その一連の流れを見届けた担任である男、小山田は生徒たちへ向けてやる気のなさそうな声を出す。
「うーっし、じゃあ車に気をつけて帰れよ~。ほい解散、また明日なー」
小山田は教卓の天板で日誌やプリントの束をトントンと叩いて纏めると教卓を離れ、それを見て生徒たちも次々と騒ぎ始める。
「じゃあ帰ったら公園集合な!」
「それじゃあまた明日ね~」
「駅前のゲーセン行こうぜ!」
「カラオケ行く人手ぇ上げてー!」
「バイバーイ」
(ん~、今日はどうしよっかな。ゲーセン行く?うーん、ちょっと気分じゃないかな……)
「おっつっかれ~緋乃! ねえねえ今日暇?」
緋乃は騒がしい同級生たちを横目に放課後の予定を考えつつ、カバンに今日使った教科書や配布されたプリントに筆箱、そしてこっそり持ち込んだチョコレートの銀紙等を仕舞い込んでいく。
するとそんな緋乃の机の元に、勢いよく赤い髪の少女がやってきたかと思えば、その勢いのまま話しかけてきた。
「明乃? ん、別に暇だけど……どうしたの?」
少女の名は赤神明乃。緋乃のお隣さんであり、幼い頃からずっと一緒に過ごしてきた幼馴染にして親友だ。
スタイルの良い美少女な上に活発で明るく、世話焼きな性格をしているためみんなの人気者であり、趣味嗜好が合わないからと同年代との人間関係をおざなりにしていた緋乃がいじめの対象にならなかったのもだいたい彼女のおかげである。
「ってまーたお菓子持ち込んで。いい加減怒られても知らないぞっと」
「バレてないから問題ない。それにほら、わたしは燃費悪いから仕方ない」
小さく丸められたチョコの銀紙を目ざとく見つけた明乃が、もしかしたら外の廊下を歩いているかもしれない先生たちへ聞こえないよう気をつけながら呆れ声を出す。
しかし明乃のその声を受けた緋乃は開き直った様子で、軽く目を閉じつつすまし顔で返答する。
「まったく、なら無理矢理にでも昼ごはんを詰め込めばいいのに」
「まあそれはそれ、これはこれだよ」
人並外れた膨大な気を保有する影響か、それとも希少なギフトの影響か。
緋乃の燃費が悪いというのは事実であり、また本人が極めて小食であるのも相まってどこかでエネルギーを補給する必要があったのだ。
別に補給しなくても命に別状はないのだが、お腹がとても減って授業どころではなくなってしまうので緋乃にとっては重大な問題なのだ。
「まあ、それより空いてるなら一緒に理奈のとこ遊びに行かない?今日遊びに来ないかって誘われててさ。もちろん緋乃も一緒に」
「理奈の方から? 珍しいね。うん、いいよ」
緋乃と明乃共通の友人であり、明乃がついうっかりバラしてしまったことで数少ない緋乃のギフトについて知る少女、水城理奈。
身長は緋乃よりも少し高くて、明るい水色の髪をサイドテールに纏めた、柔らかい雰囲気の少女だ。
少々気弱なところがあるがしっかり者で、割とその場のノリで動くことの多い二人のストッパー役兼、頭脳担当でもある。
小学校時代は緋乃、明乃、理奈の三人とも同じクラスで、休み時間ごとに三人で集まってお喋りしていたものだが、中学に上がった際に理奈だけ別のクラスになってしまったのだ。
もっともそれで疎遠になるなどということはなく、今でも放課後や休日は三人でよく集まって遊んでいるのだが。
今回はどうやら、その理奈からの遊びの誘いだったらしい。ちょうど予定の無かった緋乃は二つ返事でその誘いを受け入れた。
「よし、じゃあ帰ろっか。ちょいと待ってて~」
「ん」
緋乃が帰る準備を終えたのを見た明乃が、自分の鞄を取るために小走りで自分の机へ戻る。明乃は素早く自分の鞄を取ると、緋乃の横へ戻ってきてほら行くよと催促する。
「じゃあみんな、また明日ね〜!」
「また明日……」
それを受けて緋乃も椅子から立ち上がると、二人で教室に残っていたクラスメイトたちに別れの挨拶をして、二人で並んでお喋りをしながら帰宅するのであった。
◇
「また明日ね~!」
「また明日……」
クラスメイトの女子たちに向けて一人は大きくぶんぶんと、もう一人は小さくひらひらと手を振ってから教室を出ていくセミロングの赤い髪の少女と、長いツインテールが特徴的な黒い髪の少女。
赤神明乃と不知火緋乃、A組が誇る学校トップクラスの、いやこの勝陽市でも最上位クラスの美少女二人。
明るく社交的で、胸が大きくてアイドルみたいな美人系の赤神。クールなようでいて実はけっこう天然で隙だらけな、小柄で可愛い系の緋乃。
下手なアイドル顔負け――というより、むしろあの二人より顔のいいアイドルを見たことがないと男子たちに大評判であり、休み時間なんかは通り過ぎるふりをして彼女たちの顔を見ようとする男子生徒やら、ちょっと道を拗らせた女子生徒などで教室前が地味に混雑するくらいだ。
「はぁ……」
ぼんやりとそんな二人を自分の席に座ったまま眺めつつ、二人が見えなくなると同時に小さなため息を吐く少年が一人。
少年の名は天野翔。小学一年生の頃からずっと二人の、特に緋乃のクラスメイトであることが秘かな自慢の、どこにでもいる中学生である。
「赤神と不知火か~。やっぱあの二人いいよな~。なんかもう別格っていうか? マジやべーよな。あーあ、贅沢言わねえから俺もあんな彼女が欲しいなぁ~」
「滅茶苦茶贅沢言ってるじゃねーかテメー」
そんな翔の元に、仲良くなったクラスメイトの少年がやってきて翔に同調する様子で話しかけてくる。
翔も笑いながらそれに応えると、そこへまた別のクラスメイトが何人かやってきて男の雑談タイムが開始された。
「でもあの二人っていつも一緒なんだろ?告白も全部断ってるらしいし実はデキてんじゃねーの?」
「他の男とイチャイチャしてるの見せつけられたらショックで死ぬしそっちの方がありがてえわ」
「どうせ俺らは眼中にねーしな。あの二人ならお似合いだしアリだわ」
「ナンパ男から不知火を守る赤神か。けっこー似合うじゃん、俺も一票」
「いやキレた不知火がナンパ野郎ボコって終わりだろ。赤神は止める側で」
「見た目と役割逆だもんな。確か元プロのコバセンより強いんだろ?」
女子生徒が減ってきて、自分たちの会話が聞こえないであろうことを確認したからか、好き勝手に話し始める男子生徒たち。
最初は赤神と不知火の恋愛談義だったのが、いつの間にかあの二人を中心とした強さ談議に変わっていったあたりで翔は会話から離脱。
うおーマジかよスッゲーなどと盛り上がる友人達を尻目に、頬杖を突きながら不知火緋乃という少女に想いを馳せる。
(やっぱ緋乃って可愛いよな。あーあ、赤神が羨ましいわ。俺もあのポジになりてえなー)
妄想するのは緋乃と付き合い、常に行動を共にする自分。一緒に通学し、一緒に飯を食い、放課後は部屋にお邪魔していちゃついちゃったり。
翔も年頃の少年、女の子には当然興味がある。仲間にからかわれたりするのが恥ずかしいので出来る限り表には出さないが、そういう感情は持っている。
(赤神も悪くないけど、やっぱ緋乃には及ばないな)
仲間内のそっち方面の話はスタイルのいい赤神が人気だが、翔にとってそういう対象は昔から緋乃一択だ。むしろ、緋乃以外の女の子をそういう目で見ることが出来ない。
翔は緋乃に対し初めて会った小学生の頃から惚れており、緋乃に会ってからというもの、他の女の子たちが色褪せて見えてしまうのだ。
(でも無理だよなー、俺ってそんなに凄くねーもん。告白する勇気もねえヘタレだしなあ)
叶わぬ恋だとはわかっている。向こうはいつアイドルのスカウトが来てもおかしくないレベルの美少女で、他校の男子生徒からも告白されるほどの人気者。
大してこちらはこれといった取り柄の特にない、平凡な男子中学生。頭が良いわけでもなく、スポーツが得意なわけでもない。
(顔はまあ、それなりだとは思うけど……)
顔に関しては自画自賛っぽくなってしまうが、まあそれなりだとは思う。しかし素直なイケメンタイプではなく、スカート似合いそうだよねとか、男子校なら人気出そうだよねだとかのちょっとズレた、ありがたくない路線の顔の良さだ。
故に自信も持てず、告白する勇気もなければフラれて諦める勇気もない半端者。緋乃を見ると幸せな気分になれるが、同時にちょっと憂鬱にもなる。
(振り向いてほしくて格闘技やってみたけど、才能なかったしな)
サンドバッグや木の板を殴るのは楽しいが、人間が相手だとちょっと気が乗らない。安全を確保した試合だとはいえ、殴られるのも怖いし嫌だ。
親に頼んで近くの道場にお試し入会をさせて貰ったことがあるが、自分に合ってないと速攻で理解できたのでさっさとやめた。
一応、案内してくれたコーチは「筋は悪くない」と言って褒めてくれたが……まあ、セールストークという奴だろう。
「はぁ……」
「お、どした?」
「ああ、なんでもない。そろそろ帰りたいから、ちょっといい?」
ため息をつく翔に、机を取り囲んでいた一人の生徒が反応したのでそれに返事をし、ついでに道をあけてくれと催促する。
お疲れー、また明日なー、と言うクラスメイトたちに翔もまた明日と返し、歩いて教室から出ていく。
(沈んでても仕方ない。さて、楽しいことでも考えながら帰りますか。……ふふっ)
翔は気持ちを切り替えると、とあるお気に入りの動画を脳内再生。時折思い出し笑いをしつつ帰宅するのであった。
明乃の身長は163くらい。大きい。ちな緋乃は150くらい。