18話 第一試合を終えて
「緋乃ちゃ~ん! 勝利おめでとー!」
「余裕の勝利、流石ね」
「ぶい」
予選第一試合に無事勝利した緋乃は、リングから離れた地点で理奈と明乃と合流していた。
ハイタッチをし、喜びを分かち合う三人の少女。そんな三人を見て、周囲の人間がざわつき始める。
「おい、あれって……」
「あらかわいい……」
「こんな子供があの一也をね……」
恐らくは先ほどの試合を見ていた人間だろう。視線の大半は緋乃へと注がれている。
その大半が好奇の眼差しであり、批判的なものがほとんど含まれていなかったことは緋乃にとっての救いか。
「う……」
大勢の人間からじろじろと視線を向けられ、少しだが怯む緋乃。
これが敵意の籠った視線ならば容易に跳ねのけ、逆に好意的な視線なら素直に受け入れることができただろう。
しかし緋乃にはそのどちらでもない、好奇心からくる無遠慮な視線にはどう対応していいかわからなかった。故に怯んだのだ。
「……行くよ、二人とも」
「うわーお……」
「あ、待って待って!」
居心地が悪そうに肩をすくめる緋乃を見て明乃は軽くため息をつくと、その手を引いて速足で歩きだす。
ずんずんと進む明乃に引っ張られ、転びそうになりながらも何とかついていく緋乃。一泊遅れて、理奈もその後へと慌てて続く。
周囲の群衆も、わざわざ追いかけてまで話を聞いたりするほどの興味を抱いていなかったのであろう。三人はあっさりと人込みから離れることが出来た。
「ありがと、明乃」
「どういたしまして」
「もー、何なのあの人たち!」
予選大会から離れた、なだらかな丘のような運動エリアまで来たことでようやく好奇の目から逃れられた三人。
人の目が減ったことで余裕が出てきたのか、先ほどまでの緋乃に対する仕打ちに対し憤る理奈。そんな理奈に対し、明乃が宥めるかのように口を開く。
「まあそりゃねえ。あの一也って人、結構有名なんでしょ? そんな奴を緋乃みたいにちっちゃな女の子がいきなりボコボコにしたら、注目されるのもしゃーないでしょ」
「小さくない。わたし平均」
「まあ、緋乃ちゃん可愛いから注目する気持ちはわかるよ? でも、だからといってあんなジロジロ見るのは失礼だって。ねえ緋乃ちゃん?」
「ん……」
理奈から話を振られるも、どう答えていいかわからないので言葉を濁して誤魔化す緋乃。
理奈の言う通り無遠慮な目線で見られるのは好きではないが、同時に自分が注目される理由もわかるので強く否定することもできない。
どう答えるべきか少し困った様子を見せる緋乃だったが、そんな緋乃を見かねたのだろう。それまでの会話を打ち切るように、明乃が新たな話題を口にする。
「それより、次の試合は午後でしょ? 適当にお店探して昼ご飯食べようよ」
「賛成。この近くって何かあるっけ?」
「ちょっと待って。今調べるから」
「わたしも調べる」
「ふっふっふー」
スマホをカバンから取り出し、周囲の飲食店を調べようとする明乃と緋乃。そんな二人を前に、理奈が不敵な笑みを浮かべる。
何事だと明乃と緋乃の二人が理奈へ目を向けると、理奈は得意げな顔を浮かべながら口を開いた。
「じゃーん! 実はお弁当用意してきました!」
「うお、理奈それどこから出したの!?」
「でかい……!」
理奈が両手を体の前に出すと、一瞬にしてその手に大きな弁当箱が現れた。
それを見て、驚いた声を上げる明乃と緋乃。理奈が魔法使いだということを知ってはいても、ここまでのことが出来るとは思っていなかったのだろう。
驚く二人に対し、笑顔でネタ晴らしをする理奈。
「アポート。遠くにあるものを取り寄せる魔法だよ。ふふふ、びっくりした?」
「こんなこともできるんだ。便利」
「いやまあ、確かにびっくりしたけど人目とか……」
「大丈夫だよ、そこら辺は抜かりないです」
目を輝かせて素直に感心する緋乃に対し、周囲へチラチラと目線を送りながら理奈へと苦言を呈する明乃。
しかし、理奈は心配ご無用とばかりに笑みを浮かべてその指摘に声を返す。
「いわゆる認識阻害ってやつだよ。周囲からの注目を避けるのは私たちの基本スキルみたいなものだからねー。さっきみたいに既に注目された後だと難しいけど、そうじゃないなら余裕だよ」
「おー、便利。とても便利。わたしも使ってみたい」
「まったく、そういうことは先に言いなさいよね。焦っちゃったじゃない」
「てへへ、二人をびっくりさせたくて。あと残念ながら緋乃ちゃんは魔法の才能ゼロなので、私が代わりに使ってあげます」
「がーん。ショック。しくしく」
騙す気がまるで感じられない泣き真似をする緋乃を見て、小さく笑い声を上げる理奈と明乃。
三人はその後、適当なベンチを探すとそこに座って少し早めの昼食をとることにした。
大きな木をぐるりと取り囲む形で配置されたベンチに緋乃、理奈、明乃の順に座り、弁当箱は理奈の膝の上とその左右に計三箱置かれている。
「緋乃ちゃん、午後からの試合って何時からだっけ?」
「んむ? んぐんぐ……ぷは……。ちょっと待って。今確認する」
緋乃が弁当箱の中から取り出したおにぎりを両手で持ち頬張っていると、同じようにおにぎりを片手に持つ理奈が話しかけてきた。
その声を受け、緋乃は急いで頬張っていた分のおにぎりを飲み込むとペットボトルのお茶で胃へと流し込み、ふうと一息ついてから口を開く。
「んとね。13時まで休憩で、13時15分から試合再開。んで、わたしの試合は14時からみたい。そしてそれに勝ったら、1時間ちょっとの休憩を挟んで15時半からBブロックの決勝戦。それで今日は終わり。本戦出場者を決めるトーナメントはまた明日」
「今は……12時15分だから、結構余裕あるわね」
「まあ緋乃ちゃんは自分の試合サクっと終わらせたもんねー」
「ん……」
カバンから受付で貰った予選大会のパンフレットと、試合勝利後に貰った小さな紙を取り出して予定を確認する緋乃。
その予定を聞いた明乃はスマホを取り出して現在の時刻を確認して声に出し、横に座る二人に伝える。
それを聞いた理奈は隣に座る緋乃を褒めながら、空いている手でその長いツインテールに手ぐしを通す。理奈に髪を梳かれた緋乃は軽く目を閉じ、心地良さ気な声を上げる。
「コラ、手ぐしは髪を痛めるわよ~」
「え、そうなの? ごめんね緋乃ちゃん」
「ん、大丈夫。わたしも初耳」
明乃から注意を受けたことで、理奈は慌てて緋乃の髪から手を放し、申し訳なさそうな声で緋乃に謝る。
そんな理奈に対し、気にしないでと声を上げる緋乃。
「ふふん、そうなのよ。手ぐしだと摩擦が大きすぎて髪にダメージが行っちゃうってネットに書いてあったのよね。ちゃんとした櫛を使いなさい、だって」
「へー、そうなんだ」
「う、わたし結構手ぐしやってた……」
「ま、まあ摩擦とかがいけないらしいし? 緋乃は髪すっごいサラサラで、手ぐしでも全然ひっかからないからダメージ少ないわよ。きっと」
ネットで得た知識を得意げな顔で披露する明乃と、それに感心する理奈。それに対し、これまでの自信の行いを思い返して落ち込む緋乃。
そんな緋乃に、理奈が救いの手を差し伸べる。
「ふふふ、じゃあそんな緋乃ちゃんには私愛用のシャンプーとトリートメントをプレゼントしちゃおうかな!」
「いや、緋乃ってかなりお高くていいやつを使ってた……まさか!」
「ふふ、そのまさかだよ明乃ちゃん。魔法薬学の専門家が、髪にいい薬草やら霊草やらの成分を抽出して独自に配合した、マジカルシャンプーでございます!」
「おおっ……! さすが理奈、わたしの最高の親友……! 困ったことがあったら何でも言って。わたしにできることなら何でもするよ」
「うっそーずるーい! 理奈、あたしにもわけてわけて! ほら、あたし達って小っちゃい頃からの友達じゃない!」
「ふっふっふ~、どうしよっかな~。最近ほら、明乃ちゃんの私への扱い悪いしな~。あ、緋乃ちゃん、私その卵焼きが食べたいなぁ。あ~ん」
「お任せくださいお嬢様。はい、あ~ん」
理奈の話を聞いた緋乃と明乃が一気に目を輝かせ、全力で食いつく。二人からの賛美を受けた理奈は得意満面といった様子だ。
自身の圧倒的優位を確信して、ニヤニヤと笑いながら全力で調子に乗る理奈と、自分もそのシャンプーを分けてもらおうとして媚びる明乃。
いやらしい笑みを浮かべながら召使いのように緋乃を侍らし、その手から卵焼きを直接食べさせてもらう理奈の姿はさながら悪徳貴族のようであった。
「ご馳走様でした。いやー、美味しかったわよ。ありがとうね、理奈」
「ご馳走様でした」
「ふふ、お粗末様でした。まあ、作ったのは私じゃなくてお母さんだけどね」
「じゃあ理奈のお母さんにも伝えといてよ。明乃がお礼言ってたよーって」
「あ、一緒にわたしのも」
「はいさー」
元からそのつもりであったのだろう。あれからすぐ理奈からシャンプーを分けてもらえることになった明乃は、食事を終えると上機嫌に手を合わせる。
それを見て、普段は面倒だからと口で挨拶を言うことはあっても合掌まではしない緋乃も手を合わせた。
理奈は二人から弁当を用意してくれた事への礼を受けるも、自身が作ったわけではないので少々照れくさそうな表情を浮かべる。
「ほい転送っと。はい、これで身軽になりました」
「へー、改めて見ると便利ねぇ」
「わたしも魔法、使いたかったな……」
理奈が空になった弁当箱を自宅へと転送し、それを見て感心した表情をする明乃と緋乃。
大きい弁当箱が突然フッと消える様子が興味をひいたらしく、緋乃が未練がましい声を上げる。しかし、理奈曰く魔法を扱う才能がないのでどうしようもない。
そのままなんとなく、誰が口を開いたわけでも無いが食休みを行う流れになり、三人は食事を行ったベンチでそのまま休憩することとなった。
「あ、そうだ緋乃、ちょっと休憩したら軽く組手しない? 緋乃の試合見てたらあたしも体動かしたくなってきちゃってさー」
「え、緋乃ちゃん午後から試合なのに?」
「わたしは別にいいけど? 食後の運動にもなるし」
思い思いに足を延ばし、のんびりとベンチで休憩していた三人だが、ふと思いついたといった様子で明乃が緋乃へと組手の誘いをかける。
言外にやめておいた方がいいのではと理奈が声を上げるも、緋乃は腹ごなしに丁度いいとばかりにこの誘いを受けることに。
その後、三人は20分ほどベンチで休憩しつつ他愛のない雑談を行い、動いても問題ない程度に調子が回復したところで、明乃と緋乃の二人は軽く組手を開始することになったのだった。