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三章エピローグ

「うあぁぁぁん! やっぱり納得いかないよおぉぉ!」


 一月二日。新年早々ということもあり、多くの人々が穏やかに過ごすだろう三が日のど真ん中。空には雲一つなく、風も穏やかで過ごしやすい――そんな平和な昼過ぎ頃。

 明乃と共に水城邸にお呼ばれした緋乃は、理奈の部屋にて不満を叫んでいた。


「絶対勝ってたのに! わたしの勝ちだったのに! もう少しであの金髪クソ女を、花火に変えてやったのにぃぃ!」


 その姿は、ユグドラシルの地下基地で見せた、魔王としての姿ではなく。

 もはや見慣れてしまった第二形態としての――十字に裂けた瞳孔と人外特有の気配が特徴の――人と悪魔、その中間としての姿であり。


「なんで……なんで気が付いたら全部終わってるのよー!? 納得いかない……納得いかないぃぃ!」


 緋乃はベッドの上に身を投げ出すと、手足をジタバタとマットに叩きつけながら、ただひたすらに悔しさに満ちた声を上げ続け――。


「なんかこの子、すげー物騒なこと言ってるんだけど……」

「あ、あははははは……」


 そうして、そのような緋乃の駄々っ子ムーブを目にした明乃と理奈の二人は、それぞれ呆れ声と困り声を漏らしていた。




 管理機構が主導になって行った、犯罪結社“ユグドラシル”の地下秘密基地への襲撃。

 襲撃当初は敵方の混乱によって優位に進めていたものの、混乱から立ち直った彼らが改造手術を受けた上級戦闘員や、施設の破損を省みず大型の自律兵器を投入した事で戦況は逆転。

 無論、管理機構側も“大天狗”刹那や“移動戦線”ハインリヒなどの強者(つわもの)や残りの戦力を集中させて対抗したのだが、それも戦況を再度変えるには至ることなく。


 あわや作戦失敗かとなりかけたところで、協力要請を受けた水城家率いる、魔法使い有志による増援の到着と――基地最奥部に引きこもっていた筈の、敵司令部の突然の壊滅。

 これらの要因が重なったことで、ユグドラシル日本本部は降伏。管理機構は彼らの残した技術やデータを大量に入手したのであったが――。


「で、なんで緋乃はこんなに悔しがってんの? 私に黙って秘密基地の攻略戦に参加したってことまでは聞きだしたけど」

「それがねー、緋乃ちゃんってば強敵との戦闘中に……()()ゲルセミウムに体の支配権を奪われちゃったらしくてさ……」

「ふーん……ってちょい待ち! それヤバくない!? ヤバいよね!? 激ヤバじゃん!?」


 その作戦の命運を決めるであろう最終決戦(と緋乃は勝手に思っていた)の真っ最中。

 一度は卑怯な手で追い詰められた緋乃が、機転を利かせることで大逆転――まあ人間辞めることになっちゃったけど、それで勝てるなら別にいいよね――というところで、まさかのゲルセミウムが乱入。

 緋乃は体の支配権を奪われ……気が付けば、壊滅した敵の司令部と思わしき場所に、一人で立っていたのだ。


「いやもうホント訳わかんない。勝ったと思ったら、急にゲルセミの奴が話しかけてきて……意識が飛んだかと思ったら、なんか総司令部! みたいな部屋にいるし……」


 ひとしきりジタバタして悔しさの発散を終えた緋乃は、ベッドから起き上がると明乃と理奈の二人の会話にそのまま参加。

 落ち込んだ様子を見せながらも、己の認識している範囲内での出来事を口にし始める。


「確か、緋乃ちゃんの体を乗っ取ったゲルセミウムが、敵の頭を潰したんだよね」

「そうそう。なんか勝手に覗き見してきて生意気だったから、ビームぶち込んだあとにワープで乗り込んで、全員消滅させたとか言ってた」

「消滅……」

「んー、確か刻限の強制付与……だっけ? なんか残り0秒になった、存在としての寿命をプレゼントする特異技能なんだって」

「何その最悪な贈り物」


 目の前で行われる、理奈と緋乃のやり取り。

 それを黙って聞いていた明乃が、真剣な表情で緋乃へと問いかける。


「……緋乃の中に残ってるのは、あくまで残滓なんじゃなかったの?」

「らしいんだけどね〜。なんかわたしの体内(なか)が悪性魔力? ってのでいっぱいになった影響で? 一時的に干渉できるようになったとかなんとか……」


 だが真剣そのものな表情の明乃とは裏腹に、緋乃の表情はどこか気の抜けたものであった。

 勝ち確の状況で割り込んでくるとか、ホント空気読めてないよねー、などと呑気な感想を述べる緋乃へとため息を吐きながら、明乃は理奈へとその顔を向ける。


「ねえ、このままで本当に大丈夫なの? なんとかしてその残滓とやらを消すべきじゃ……」


 己の能力に対する過剰なまでの自信と、あらゆる物事を自分にとって都合良く考える短絡的な頭脳。

 相変わらず危機感というものが欠如している緋乃に変わり、その内側に潜む“もう一つの意識”への警戒を募らせる明乃であったが。


「うーん……それがねえ。緋乃ちゃんから話を聞く限りじゃ、ゲルセミウムはむしろ緋乃ちゃんのためを想って、善意で行動したっぽいのがさ……」


 しかし明乃のその警戒心は、事情をより詳しく知るだろう理奈によって否定される。


「……どういう事?」

「ええとね、なんでも緋乃ちゃんがそのまま魔王として覚醒すると……溢れ出る力を制御できずに、何もかもを吹き飛ばしちゃうんだって」


 理奈は両手を用いて、爆発を暗喩するジェスチャーを行いながら――増援として駆け付けた折に、地下基地にて緋乃本人から聞き出した情報を――明乃へと伝えていく。


「何もかも、ねえ。それを防ぐ為に仕方なく……って?」

「うん。実際に緋乃ちゃんの魔王化を阻止したら、謝罪した後にあっさりと肉体を返却したらしいし」

「ぶっちゃけ信用できねえ……。大人しく引っ込んだフリして、乗っ取る隙を窺っているんじゃないの?」

「不意打ちでほぼ完璧に乗っ取ることに成功した、せっかくの機会を()()にして? 二回目以降は思いっきり警戒されるのに?」

「む、むむむ……」


 既に緋乃の肉体を乗っ取るという実害を出した、ゲルセミウムへの不信感からだろう。刺々しい口調で懸念事項を口にする明乃であったが、しかしその意見は理奈によってバッサリと両断されてしまう。


「でも明乃ちゃんの言う通り、もしもの可能性は捨て切れないしね。一応、こっちでも最大限に警戒と対策はするけど……」

「そうね。今はそれよりも……」

「ん? どしたの二人とも? なんかやりたいゲームあった?」


 急に会話を打ち切り、自分の方へと揃って顔を向けた明乃と理奈の二人を見て、お気に入りのゲームを起動していた緋乃が疑問の声を上げる。

 まさに自分に関する事柄であるというのに、早々に興味を無くして一人遊ぼうとしている緋乃を見て、二人の目に若干の呆れとほんの僅かな怒りが宿る。


「……え、何そのいやらしい手つき。ちょっ……なに黙ってるの? わたし、何も悪いことしてないよ!?」


 仄暗い笑みを浮かべながら――まるで指の一本一本に別の意思が宿っているかのような、無駄に複雑かつ洗練された動きで――両手の指を蠢かせ、無言のままにじり寄る親友コンビ。

 その異様な光景を前に、流石に身の危険を感じたのか。焦りの声を上げる緋乃であったが。


「何も悪いこと、ねぇ……」

「反省の色、ゼロ。後ろめたさ、ゼロ。……そもそも自分が何をやったのか、気付いてない感じかな? さっすが緋乃ちゃん、清々しいまでの唯我独尊っぷりだね」

「え……? え……?」


 緋乃の言葉を聞いた二人は、それを鼻で笑うと、無言のまま一気に距離を詰め――緋乃をベッドへと仰向けに押し倒し、その四肢を拘束する。


「ちょ、ちょっと待って! なに、なんなの!? 二人とも目が笑ってないんだけど!?」

「ねえ緋乃。あなた“無益な殺生はしない”って……あたしとの約束、盛大に破ってくれたわよね?」

「あ、ああぁー!」


 明乃の言葉を聞いた緋乃の脳内に、ハイテンションのまま地下基地の内部を暴れ回った記憶が鮮明に蘇る。

 ――ひゃっはー、死ね死ねー! いやぁ、銃ってのも結構面白いねー!

 ――あはははは、たーのしー! やっぱ無機物ばかりじゃなくて、生き物もバランスよく破壊しなきゃ、心の栄養が偏っちゃうよねー!


(そうだった……。思いっきりケンカを売られまくって、心の底からムカついてたから、すっかり忘れてたけど……明乃との約束を思いっきり破っちゃってた……!)


 何があってもこれだけは守れと言われていた、明乃との誓いの言葉。限界を超えた苛立ちからか、()()()()()()それを破っていたことに今更気付いた緋乃は、冷や汗をダラダラと流しながらその目を泳がせる。

 ピンチである。もはや考えるまでも無く、史上最大のピンチである。

 このままでは七面倒くさい説教の上に、泣いて謝っても終わらないくすぐり地獄が待ち受けていること必定である。


「やだ……離して、はーなーしーてー! 泣くよ!? わたし泣いちゃうよ!?」

「あらやだ逆切れ? 自分から絶対の約束を破っといて?」

「思う存分に泣いていいよー? 緋乃ちゃんの泣き顔、とっても可愛いからいいオカズになるし……」

「う、うううー! ううー!」

 

 わかっている。悪いのは約束を破った自分なのだ。わかってはいるが――それでもやっぱりくすぐり地獄は嫌だ。嫌なのだ。

 幼馴染というだけあり、明乃はこの身体の弱点を知り尽くしているといっても過言ではない。その明乃が、全力で弱点を突いてきて、そして絶対に開放してくれないのだ。冗談抜きに――なんか毎月こんなことを言ってる気がするが、今回こそ本当の本当に――マジで脳が焼き切れてしまう。

 しかも今回はいつもの罰ゲームと違って、ガチのお仕置きなのだ。この身が秘める破壊衝動よりも、深くトラウマを刻み込むことが目的のガチ拷問なのだ。


「せっかくだし、全身の感度引き上げとくね? 緋乃ちゃんの脳に、約束を破ったらどうなるかを、しっかりと教え込んであげないと」

「お、いいわねそれ。いやー、助かるわ理奈。これで少しはこの子の暴力癖も治まるといいんだけど……」


 なんかすごくサラッと、拷問のレベルがかつてないほど引き上がった件について。

 二人の会話を聞いてしまった緋乃の口元が、あまりの恐怖にひくつき始める。


「ね、ねぇ。謝るからやめ――んぅ……ぁ……!」


 そんな怯える緋乃のことなど存ぜぬとばかりに、理奈は緋乃に対し全身の感覚を鋭敏化させる術式をさっさと施してしまい――その効果を身をもって思い知った緋乃が、艶やかな呻き声を上げる。


(マズい……超絶にマズいってこれ……! この状態でカラダを弄られたら、わたし本当に壊れちゃう! ええい、こうなったら最後の手段――)


 いくらなんでも、さすがにこのレベルのお仕置きは御免被ると、緋乃は妖気を纏っての強引な脱出を目論んだのであったが。


「駄目だよ、緋乃ちゃん。悪い事をしたら罰を受けないと……ね?」

「――ほよ?」


 しかし、そんな悪足掻きなどお見通しとばかりに。

 急に身を乗り出して、至近距離で顔を合わせてきた理奈の瞳が輝いたかと思えば。


(あ、あれ!? 気が……気が出せない……!? そんな、これじゃあ……!)


 これまで息をするかのように放出できていた妖気が、うんともすんとも言わなくなってしまったではないか。

 恐らくは催眠の一種。それによって妖気の放出を阻害されたのだろう、という事に思い至った緋乃の顔に、絶望の表情が色濃く浮かぶ。


「ふ……ふえぇ……」

「ああ、そうそう。優奈さんには、緋乃ちゃんはしばらく私の家にお泊まりしますって――冬休み最終日までは帰らないって、連絡しておくから……安心していいよ?」


 安心して壊れていいよってことかな? なにその死刑宣告、笑えない。

 そんなにわたしを辱めたいのか。そんなにわたしを壊したいのか。この隠れドSめ。


(力ずくが無理なら、何とか説得して……! そうだ、キチンと説明すれば、二人ともきっとわかってくれるはず……!)


 これが痛みならばなんだかんだで我慢できるし――仮に痛みで頭が真っ白になっても、この才能に満ち溢れた身体は勝手に動いて、危機的状況から脱出してくれるのだが……くすぐりに関しては何故かそうはいかなかった。

 全身が痙攣して身動きが取れなくなっても、意識が次元上昇(アセンション)してしまって、高次元存在との交信を開始しても。何故だか痛みの時はあれだけ働いてくれた、防衛本能的なナニカが仕事をしてくれないのだ。

 ジリジリと目前に迫りくる終末の刻。かつてないピンチを前に、緋乃は必死で脳を働かせる。


「でもでも、先にケンカ売ってきたのはあいつらだし……! それにあいつらは危険なテロリストだから、ぶっ殺してもいいよって許可が降りてたし……!」

「……で?」


 必死で言い訳をする緋乃に対し、明乃はつまらなさそうな表情のまま続きを促す。


「わたしは……わたしは悪くないもん! 悪いのは先にケンカ売ってきた、あいつらなんだから!」


 問答無用と切り捨てられず、話を聞いてくれたことに喜びを感じながら。

 緋乃は真剣そのものといった表情で、堂々と胸を張りながら己が意見を言い切り――。


「にしても限度ってもんがあるわ、このおバカーッ!」

「明乃ちゃんはともかく、私にすら黙ってあんな危険な作戦に参加するなんて――ッ!」

「あっ!? や、やだ、やめ――☆#%@Δ※!?」


 その返事とばかりに帰ってきたのは、二人分の怒りの言葉に、全身を突き抜け脳を揺さぶる刺激の嵐。

 緋乃の身勝手な意見は、当然の如く叩き潰され――防音の結界が貼られた室内に、緋乃の悲鳴が響き渡るのであった。

第三章、これにて完結です! リアルが急に忙しくなったり、ゴタゴタがあったりで時間がかかりましたが……途中で投げ出さなかったのは、応援してくださった皆様がたのおかげです。本当にありがとうございました!

このあとはいつも通り、閑話を何話か挟んでからちょっと休憩(書き溜め)して、第四章に移行するつもりです。

まだまだ未熟なところの多い作者ですが、もしよろしければ、今後もお付き合いいただければ幸いです。

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