44話 ファインプレー
いい分割場所が見当たらず、かなり伸びてしまいました。
いつもの倍くらいあります。
投稿が遅れたのはそのせいって事で……駄目ですかね?
「ぐふっ……!? う、ご、ぁぁぁぁ……!?」
「いぇい! 敵将、討ち取ったりー!」
床に跪き、ビシャビシャと口から大量の血を吐くベアトリスを見下しながら、花咲くような笑顔で緋乃は勝ち誇り――そのまま自慢するかのように、決定打となった技について語り出す。
「ふっふーん。接触状態から、打撃の衝撃を直接相手の体内に叩き込む……俗に言う、鎧通しとかそういうのだよ。これなら、気の鎧やそのスーツでも防げないでしょう?」
恐らく着用者の危機に応じて、自動で気を纏ったりでもするのだろう。ベアトリスの着ている新型のスーツは一見すると、ただの薄い生地のレオタードにしか見えない代物であったが――その防御性能は非常に高かった。
単純な攻撃では易々とは抜けないだろうし、だからといって小技を駆使して攻めるのは時間がかかりすぎる。
故に緋乃は、小細工を弄することにした。単純な蹴り技を連打することでベアトリスを固め、また意識を表層の防御に集中させ……そうして体外に気を集中させたところを、浸透する打撃でズドンと打ち抜く。それが緋乃の立てた作戦であった。
(でも、まさかここまで上手くいくなんてね。敵を真っ二つにするのが楽しくて、鋭さ重視の蹴りばっか使ってきたのがいい感じに作用したのかな?)
結果として、その作戦は成功。緋乃が得意気に語った通り、鎧通し――あるいは浸透勁とも呼ばれるこの系統の技は、外気功や防具の類を無視して、直接相手の体内を破壊する特性を持つ。
しかも緋乃が今回使ったものは相手をより苦しめて確実に殺す為に、撃ち込んだ衝撃が体内で破裂して拡散するよう、緋乃なりのアレンジを加えたものであった。
そんな技をマトモに受けてしまったベアトリスは、その体内を一瞬で破壊し尽くされ――床に己が内容物だった液体をぶち撒けていたのであった。
「にしても、これを食らっても死なないとか……なかなか生き汚いね」
跪いたままのベアトリスにトドメを刺さんと、緋乃が右足を高く持ち上げる。
ストンピング。要は強烈な踏みつけを繰り出すための構えだ。
「……ま、とはいえ。動けなけりゃ、結果は同じ――」
あとはこの持ち上げた足を一気に振り下ろし、ベアトリスを踏み抜くだけ。それでこの戦いも本当に終わり。
そう思っていた緋乃であったが――しかしいざ足を振り下ろそうとしたその瞬間、異変が起こった。
「――ほえ?」
突如として自身を包囲するように現れた、大量の剣の群れ。
それらの鋭い切先の全てが、間の抜けた声を上げる緋乃に狙いを定めており――大量の爆発音が鳴り響くと同時に、それらの刃が緋乃目掛けて一斉に襲い掛かってきた。
「ほわぁっ!?」
尻尾でシールドを編み上げたところで、全方位から襲ってくる刃は止めきれない。
不意を打たれたため、球体状のシェルターを編むには時間が足りないし――そもそもあれは動けなくなる上に、周囲の光景が見られなくなるという致命的な欠点がある。
いくらダウンしているとはいえ、敵が目の前にいるこの状況で使える技ではない。
「こ、こんのぉー!?」
機関砲や兵士たちの一斉射撃程度ならばいくらでも捌く自信のある緋乃であったが、流石に寸分の狂いも無く、それも全方位から同時に放たれた攻撃を捌くのには無理がある。
緋乃は必死にその場から跳び上がり――そうして回避行動を取った緋乃を狙い、遅れて放たれた第二陣の剣群を拳と尻尾、そして足を使って弾き飛ばし……。
「やっと――やっと隙を見せた……!」
「嘘!? 転移はさっき使ったばかり――!?」
空中に転移してきたベアトリスの振るった剣が、伸び切った緋乃の右脚を切断した。
◇
「こ、こんのおおおお!? よくも、よくもよくもよくも!」
「ゴホッ……。う、ふふふ――形勢逆転、ね……」
片脚を失ったがためにしゃがみ込み、腕を床に着けることでなんとか転倒を回避した緋乃と――斬り落とした緋乃の脚を大事そうに抱き抱え、それを見下ろすベアトリス。
緋乃から受けた内蔵への甚大なダメージは今だ癒えきっていないが……それでも、今度こそ掴んだ勝利の糸口に、ベアトリスは己の心が満たされていくのを感じていた。
(無様に膝を着く姉さんと、それを見下ろす私……。ああ、どれだけこの光景を夢に見たことか……。そうよ……後から生産された私の方が、ずっと優秀……。私は廉価版なんかじゃない……)
「なんで――なんで!? 連続転移はできないんだろ!? ルール違反だ! 話が違うぞクソ女ぁ!」
涙目のままギリギリと歯を食いしばり、ベアトリスを睨みつけながら、悔しさに満ちた叫びを上げる緋乃。
そんな緋乃の無様な姿を見たベアトリスはゾクゾクと背筋に悦びが走るのを感じながら、ゆっくりと口を開いた。
「ふふ……よく見ていたわね。そうよ、残念だけど……今の私の練度では、連続でのテレポートは困難。だからこそ、こんなに手こずらせられた訳ですし……」
「はぁ? 何を訳の分からないことを――」
軽く頷き、緋乃の発言を肯定してみせるベアトリス。
ベアトリスの発言の意図が理解できず、声を荒げようとする緋乃であったが――しかし緋乃のその発言に対し、ベアトリスは己の声を被せながら続ける。
「ふふ……二重異能者、とでも言いましょうか。私、異能を二つ持っているのよね」
「なっ……!?」
ネタ晴らしだとばかりに、ベアトリスは右手に握る剣を――緋乃の脚を切断した際に刃毀れしていた剣を――霧散させ、新品の剣を実体化させた。
「剣を呼び出していたんじゃなくて、作っていたの……?」
「正解よ。精神エネルギーに剣という形を与え、物質として具現化させる……それが私の、もう一つの異能。どう、驚いたかしら?」
今度こそ驚愕に目を見開く緋乃と、その反応が見たかったと言わんばかりに、優越感に口元を大きく吊り上げるベアトリス。
「異能は一人につき、一つまで……」
「ええ、確かに一昔前ま・で・の・常識でしたね。でも今は違うわ。改造手術という後付けだけど――その常識は覆った」
ベアトリスは緋乃の発言を肯定しつつ、までのという言葉を強調して煽ってみせる。
(うわ、何よこのきめ細かいお肌。すべすべで気持ちいいし、そしてこの香り……反則でしょ。くそ、流石はハニトラが主目的なだけあるわね……!)
もっとも表面にはおくびにも出さないだけで、その内心における興味は、奪い取った緋乃の脚に――それを通じて緋乃本人の肉体に――向けられていたのだが。
「そんな……」
「何を驚いているの? 技術とは日々進歩するもの。過去の常識は、未来においてもそうであるとは限らない……いや、むしろ常識を塗り替えてこその科学というものじゃないかしら?」
「…………」
(とはいえ、手術の成功率は極めて低いらしいけどね。私の後、七人続けて失敗したらしいし……)
ベアトリスの言葉に理を感じたのか、眉を顰めながら黙りこくる緋乃。
別にベアトリスは科学者ではないのだから、胸を張って威張れる立場ではないのだが……それはそれ。
緋乃を言い負かしたことで更なる満足を得たベアトリスは緋乃に破壊され、スーツの自己回復機能により現在再生中の自身の体内へと意識を向け。
「ふぅ、潰された臓器も癒えてきたし……。さあ、お喋りもここまでにしましょうか」
「あーっ! わたしの足ぃー!」
最低限――本当に最低限ではあるが、己の肉体がなんとか回復してきたことを確認したベアトリスは、戦利品である緋乃の脚を、事前の契約通り避難したであろう金龍の元へと転送。
改めて剣を構え、右脚を欠損した事で大幅に弱体化した緋乃をお持ち帰りする為に、その意識を断たんと再び戦闘の姿勢を取った。
「さっきは本当に危なかったわ……。単純な浸透勁じゃない……蹴りの衝撃を相手の体内で四方八方に炸裂させる、殺意と悪意に満ちた技……。格下殺しの拷問染みた爆破技といい、どんな構造の頭してんだか……」
まあ、あの女装趣味(無駄に似合っている)のカマ博士の準最高傑作だ。
きっと“ご主人様”への敬愛と快楽殺人の気を併せ持つ、禄でもない人格に調整されてるんだろうな――などと目の前で悔しがる姉に軽い同情を抱きつつも、それでも己の目的を果たすため。
自分たちで勝手に予算を絞り、そう生み出しておきながら、事あるごとに自分と姉妹機の性能を比較して“やはり廉価版は駄目だな”だとか。
“長女の『リリス』ならもっと上手くこなしただろうに”など、好き放題言ってくれた研究員共を見返し、自分の価値を示すために。
ベアトリスは剣を構えたまま、油断なく緋乃の周囲へと大量の剣を生成していく。
「刀身部を高速で射出する、バリスティックナイフならぬバリスティックソード。高出力のエネルギーを帯びた刃は、あらゆる防御を貫き穿つ……。どう? これが私のとっておきよ」
「う……うぅ……ううぅー!」
脚を失った時と同様に、周囲を剣の群れで取り囲まれた緋乃は、軽く涙目になりながらも気丈にベアトリスを睨みつける。
もっとも、緋乃自身が極めて可愛らしい容姿をしているが故に、それに効果があるのかは多大なる疑問が残ってしまうのだが。
「フッ、何よそれ。涙目でプルプルしちゃって……誘ってるのかしら?」
脚を一本失ったが故に、高速の移動は不可能。いや、まだ異能は使えるため、上手く重力に乗れれば動けないこともないだろうが――外ならともかく、この地下練兵場では壁に激突して終わりだろう。
攻撃面に関しても、片脚になった時点で、足技を主体をする緋乃はほぼ無力化されたと言ってもいいはずだ。
「さあ、覚悟はいいかしら?」
別に無言で攻撃してやっても良かったのだが、それだと姉の怯える姿や、もしくは負け惜しみを口にする姉の姿を見ることができない。
いや、もしかすると……自分の方こそ――表舞台で生きる姉から輝かしい未来を奪う事を――躊躇っているのかもしれないが。
「ひっ!? や、やだ……やめて……!」
(不思議なものね。あれだけ憎かったはずなのに、こうしていざ弱っている姿を見ると……。私も、なんだかんだで甘ちゃんって事かしら……)
もはや敗北の未来からは逃れられない事を察したのであろう。緋乃は涙をこぼし、イヤイヤと首を振りながら、逃げるかのように後退り――それと同時に、プシュ、という小さな音がベアトリスの耳に飛び込んできた。
「…………」
「…………」
小さい音だったとはいえ、流石に目の前で鳴った音を聞き逃すほどベアトリスは間が抜けてはいない。
緋乃もそれは理解しているのであろう。二人の間に、ほんの僅かな間だが気まずい沈黙が流れる。
「……チッ、無駄に音立てちゃって。使えない注射器だね、いやほんと使えない。マジつっかえない」
それまで浮かべていた泣き顔はどこへやら。
一瞬で心底面倒臭いといった表情へと切り替わった緋乃は、上着のポケットから空っぽのシリンダーを取り出すと、その場で握り潰しながらそう吐き捨てた。
「こ、この……本当に油断も隙も――!」
前言撤回。このクソ姉貴、全然へこたれてなんかいなかった。同情するだけ無駄だった。
涙も弱々しい態度も全てが演技で、その裏で逆転のための行動を、しっかりと起こしていやがった――!
「ハッ、覚えておくんだね! わたしにとって、諦めるってのはただのごっこ遊び! まだまだ余裕がある時にする『弱ってるわたしってば超可愛くない?』アピールでしかないのよ!」
「こんの……ナルシストがぁーッ!」
ドーピングの影響だろう。元から異常なまでの出力をしていた緋乃の妖気が、更に激しく膨れ上がる。
緋乃の体から溢れ出した妖気が、その周囲を暴風のように荒れ狂い――展開していた剣に、小さなヒビが次々と入っていく。
そうして勿論、その膨大な妖気は剣の軍勢だけではなく、ベアトリスにも容赦なくその牙を向いた。
(あ、不味――これ死ぬ……!?)
どんな薬物を打ったのかは知らないが、姉が自信満々な態度を取るだけあって、その効果は絶大だった。
ただ、近くに座り込んでいるだけだというのに。
ただ、体内に収まりきらなかったエネルギーが放出されているだけだというのに。
ただそれだけで――自分はその負のエネルギーに汚染され、こうして死にかけているのだから。
「クソッ! 加減は出来ない――死んでも恨まないでよ!」
ベアトリスは大慌てで展開済みの剣の軍勢へとさらに精神力を注ぎ込み、妖気の影響を受けた剣の補修と補強を行うと――その柄の部分を一斉に起爆する。
先程より時間をかけて展開したという事もあって、緋乃の周囲に配置された剣の数は、先の攻撃時の倍以上。
いちいち数えるのも面倒になる程の大量の剣が、緋乃目掛けて――無論、逃げ場となる空間をも封鎖するようにだ――射出され。
「見せてやる! これがわたしの、最終形態――」
不敵な笑みを浮かべる緋乃が、それを迎え撃とうとした、その刹那。
生死のかかった極限状態が故だろうか。まるで走馬灯のように、極限まで体感時間の引き伸ばされた世界の中。ベアトリスは――いや驚愕に目を見開く反応を見る限り、ベアトリスだけではなく緋乃もだろう――その声を聞いた。
『フム、これは少々不味いことになったな』
(この声は――まさか。姉さんに倒されて、力を吸収されたっていう、あの……)
ゲルセミウム。次元を渡り、世界を滅ぼし喰らうとされる、人類とは比較する事も烏滸がましい程の力を持つ大悪魔。
しかし当然の事ながら、件の悪魔とベアトリスは顔を合わせたことがない。
ベアトリスが身を置くユグドラシルは、科学方面においては他を絶する力を持つものの――魔法関連においては案外疎いところがある。
それゆえ、データベースにも大した情報は載っておらず、せいぜいが“強大な力を持った大悪魔”という程度の情報しか持っていなかった。
『致し型あるまい。手を貸してやろう』
突然しゃしゃり出てきたこの悪魔に、ベアトリスは良い感情を抱いていなかったのだが――追撃とばかりに、その悪魔はベアトリスにとって聞き捨てならない事を口(?)にした。
(……手を貸す? これまで何度もピンチはあっただろうに――この状況で、いきなり? 何故?)
あれもこれもと欲張った結果、キャパ不足で知能レベルを控えめにせざるを得なかったどこぞの長女とは違い、純粋に高性能なベアトリスの脳が高速で回転し始める。
これまでに訪れた危機と、今現在の危機の違い。
挙げられる点は複数あるが、一番わかりやすい変化点といえば今現在、姉の肉体に満ちている膨大な負のエネルギーだろうか。
(――! まさかコイツ……姉さんの身体を……!)
ベアトリスの脳内に、最悪の可能性が浮かび上がり――その考えに至った瞬間、ベアトリスの頭は沸騰した。
ふざけるな。そいつのせいで、そいつがいなくなったせいで、自分がどれだけの屈辱を味わったと思っている。どれだけ惨めな思いをしたと思っている。
いや、それに関しては姉のせいではなく、身勝手な研究者のせいだと割り切れるとしてもだ。
それでも、どうしても許せないことが一つだけある。
(後継機である私が寂しがっている事なんか知らずに……友達を作って、子分を作って、学校に通って……好き放題生きてきて! そんなの――許せない! 絶対に許せない!)
緋乃本人が聞けば、間違いなく呆れ顔で『知るかバカ』と即座に切り捨てる事間違いなしの、ベアトリスの抱く感情。
いや、ベアトリスとて、この感情が理不尽なものであるという事くらい理解している。理解してはいるのだが――それでもやはり、認められなかった。
本来ならば試作機として、自分を導いてくれたであろう少女が――自分以外の人間にとびきりの笑顔を向けているという事実は、未熟な頃のベアトリスの心を砕くには十分だったのだ。
(姉さんをどうこうしていいのは、私だけ……! なのにこのクソ野郎は――よりにもよって姉さんの身体を奪おうと……!)
しかしこの悪魔野郎は、プラスにしろマイナスにしろ、自分が姉と接する機会そのものを永久に奪おうとしている。
許す許さないどころの話ではない。問答無用の敵であり、絶殺対象だ。
「アアアアアアァァァァーッ!」
内面より湧き出てくる、溢れんばかりの怒りと殺意を乗せてベアトリスは叫んだ。
もはや一刻の猶予もない。あのクソ野郎が姉の身体を奪う前に、先んじてその肉体を破壊するしか道はない。
既に魂の観測及び干渉をも可能にしているユグドラシルの技術があれば、意識の上書きさえ阻止できれば、後はどうとでもなると信じて。
「間に――合えええぇぇぇ!」
しかしベアトリスのその想いを嘲笑うかのように、真紅の光が、まるで繭のように緋乃を包み込み――ベアトリスの放った剣群が着弾すると同時に、光が弾け。
「くっくっく……悪くない攻撃だ。だが……少々遅かったようだな……!」
圧倒的ともいえる光の奔流の中から聞こえてくるのは、自身が複雑な想いを抱く姉の声。
その声色こそ変わらないものの、しかし発せられた言葉の意味から察するに。おそらく、自分は。
「ハハ……。間に合わなかった、か……」
光の奔流が消え去った後。諦めたかのような表情を浮かべ、力なく肩を落とすベアトリスの前に姿を現したのは。
「絶対無敵の大魔王――超越のトリフィード、ここに降臨! わはははははー! 我が降臨に立ち会えた究極の栄誉に、五体投地して歓喜に慄け!」
冷徹な悪魔という風には全く思えない、なんだか阿呆っぽい笑顔を浮かべる――顔や身体といった基本的な要素はそのままに、アンテナのような角やら二対四本のワイヤーが背中から生えた――白銀系の色合いの魔王っ娘と化した緋乃であった。
銀髪赤目っていいよね……というわけで変身してもらいました。
緋乃ちゃん第三形態(?)です。
あ、髪型はツインテールのままです。