43話 第二ラウンド
「ぐうぅっ!? な、何が――!?」
ベアトリスの剣と緋乃の拳が激突すると同時に巻き起こった大爆発。
その爆発の衝撃は凄まじく、緋乃たちが戦っていた練兵場はおろか、基地全域を激しく揺るがし――爆風に吹き飛ばされ、壁面に激しく叩きつけられたベアトリスは、苦痛と困惑の入り混じった声を上げていた。
「クソッ、体が重い……それにこの全身にへばりつくような嫌な感覚……成程、悪性の生命エネルギーを爆発させたのね……」
大量の土煙が上がる中。ベアトリスは少々ふらつきながらも立ち上がると、周囲に漂う高濃度の妖気に眉を顰めながら一人ごちる。
「フン……流石は姉さん、一筋縄じゃ行かないってコト――ッ!?」
そうして立ち上がったベアトリスは、不愉快そうな表情を浮かべながら、爆発の衝撃で折れた剣を床に投げ捨て――大慌てでその場を飛び退いた。
「チィッ……!」
ベアトリスが飛び退いたその直後。コンクリートの床を突き破り、猛烈な勢いで生えてきたのは緋乃の尻尾だった。
床を突き破った尻尾が、地下を突き進む際に発生した僅かな振動。ベアトリスはそれを感知したので、慌てて飛び退いたのであろう。
鋭い刃とワイヤーのようなもので構成されたその尻尾は、床を突き破った勢いのまま宙に躍り出た後にピタリと止まり――まるで映像を逆再生でもするかのように、素早く床の穴へと引っ込んでいった。
「へぇ、これもかわすんだ……。わたしの爆裂キックを受けたってのに、ずいぶんと余裕そうだね。大人しく死んどいてくれてもいいんじゃない?」
ベアトリスが向ける目線の先。大量の粉塵が舞う爆心地から響くのは、コツコツというブーツの音と、耳に残る心地良く甘い声。
「ハッ、お生憎様。直接叩き込まれたのならともかく……あんな間接的な一撃でやられるほど、やわじゃないのよ」
しかし、通常の人間ならば思わず眉や口元を緩めてしまうだろう緋乃の声を聞いても、ベアトリスの表情は微動だにしない。相も変わらず、緋乃に対する敵対心を剥き出しにした表情を浮かべたままだ。
しかし人間の脳に強制的に安らぎもたらすその声を聞いても、ベアトリスの表情は微動だにしない。相も変わらず、緋乃に対する敵対心を剥き出しにした表情を浮かべたままだ。
「ふふ、なんだか楽しくなってきたかも? ……さあ第二ラウンド、行くよ!」
「ええ来なさい、今度こそ始末して――」
土煙の中から姿を現した緋乃は床を思い切り蹴ると、極めて低い姿勢で勢いよくベアトリスに突撃。
緋乃の踏み込みに耐え切れなかった床に亀裂が走り、またその突撃によって発生した衝撃波が、いまだ漂う土煙を一気に吹き飛ばした。
「くらえ……!」
小細工抜き、正真正銘の全力全開。超超高速の突撃から繰り出されたのは、大地を蹴る力をこれでもかと乗せた、右足による後ろ回し蹴り。
真紅の輝きを纏ったミドルブーツの、特殊合金製のヒール部分。
本気になった緋乃の圧倒的な|身体能力と膨大な出力の妖気、そして蹴撃の鋭さが組み合わさった結果――人体など容易く切断する魔剣と化したそのヒールが、ベアトリスの首を狙って稲妻の如く振るわれた。
「くっ……!?」
先の爆発によって膨大な量のエネルギーを消費したはずだというのに、緋乃が現在進行形で纏っているそれは、衰えるどころかその出力を更に増していた。
緋乃が“膨大な気に物を言わせたパワーファイター”というのは周知の事実ではあったが、流石にここまでのものとは想像していなかったのか。湯水のようにエネルギーを消費していく、そんな緋乃の攻勢に軽く怯むベアトリスであったが――しかしベアトリスもまた超一流の戦士。
「――なんの!」
後方へと下がりつつ身を屈めることで、緋乃渾身の一斬を紙一重で回避。紅く輝く緋乃の足が、ベアトリスの頭上を通り過ぎていく。
そうして緋乃の蹴りを回避したベアトリスは、まるで何かを掴むかのように右の拳を緩め――それを視界の端に捉えた緋乃は、ベアトリスの狙いに当たりをつける。
(――あの手の形! 剣を“召喚”するつもりだね!)
これまでの戦いにおいてベアトリスは、まるで手品のように、次から次へと剣を取り出してみせた。
初めて見た時はやれ魔法かと少々驚いたたものだが……あの女の異能の正体を知った今ならわかる。あれは恐らく、あらかじめ用意した剣やらなんやらを、異能を使うことで取り寄せていたのだろう。
森羅万象、この世のすべてを見通す慧眼の持ち主である、超偉大なる女王・緋乃様の見立てなんだから間違いない。
「させないっ!」
「チィッ……!」
何はともあれ、相手の次の一手が読めたのならば、それを通してやる理由など一つもない。
緋乃は素早く左脚を掲げると、屈んだことで下に降りたベアトリスの頭目掛けて、その足を一気に振り下ろす。
ギロチンの刃の如く、上から下へと振り下ろされる真紅の斬撃。執拗にヒールを駆使した斬撃による一撃必殺を狙う緋乃に対し、ベアトリスはたまらずといった様子で異能を発動した。
「だが、これで!」
緋乃の背後に転移することで死地を脱したベアトリスは、先に異能という札を切らされたことに歯噛みしつつ――もしこの場で緋乃がカウンターとして重力操作を使えば、その効果範囲から脱出する術をベアトリスは持たないからだ――誰もいない場所に踵落としを繰り出す、無防備な緋乃の背中に向かって全力の貫手を繰り出した。否、繰り出そうとした。
「オオオォォォォー!」
「わたしを――舐めるなぁ!」
全てを圧し潰す超重力にしろ、全てを浮かせて無力化する反重力にしろ、既に発生した運動エネルギーをゼロにすることまではさすがに不可能だ。
故に、緋乃の展開するであろう重力操作の“結界”を、力ずくでぶち抜くべく。全身に増幅された気を纏い、雄叫びを上げながら渾身の貫手を繰り出そうとするベアトリスであったが――そんなベアトリスの視界に飛び込んできたのは、真紅の光を纏った、緋乃の尻尾であった。
「グッ――ウゥゥゥゥゥ!?」
自身の顔面を貫かんと、迫りくる刃を目にしたベアトリスは全力で体を傾け、横に体を投げ出すことでこれを回避。
しかしその代償として、緋乃に致命打を叩き込む絶好の機会を喪失。それどころか体勢を大きく崩し、逆に巨大な隙を晒すことになってしまった。
「あはは、凄い凄い! 今のを避けちゃう!?」
「こ……の……!」
受け身を取り、大急ぎで起き上がったベアトリスであったが、しかしそんなベアトリスを出迎えたのは緋乃による蹴りの嵐。
腹部を狙った突き刺すかのような足刀蹴りから始まり、前蹴り横蹴り回し蹴り、後ろ回しに踵落とし。フェイントも織り交ぜた様々な種類の蹴りが、上下左右から間断なくベアトリスへ襲いかかる。
「こんなに蹴っても死なない、壊れない! なんか楽しくなってきた! テンション上がってきた!」
緋乃は犬歯を剥き出しにして笑い、嬉々として蹴りを、そして細かな隙を埋めるかのように――足技に比べて威力も練度も数段落ちるが――拳や肘を叩き込んでいく。
「調子に……乗るなぁ……!」
緋乃が繰り出してくる暴力の嵐に飲み込まれまいと必死に耐えるベアトリスだが、しかし一撃必殺の強打ではなく、回転率を重視したそれらの攻撃の前に防戦一方。スーツやコートに守られていない部分に、次々と切り傷が刻まれていく。
「あっれー、お得意のワープで逃げないのぉー? さっさと逃げなきゃ死んじゃうぞ〜? うふふふふ!」
「クソが……! わかってて言ってんだろ……このクソ姉……!」
緋乃は愉しげにその口元を歪め、自身の攻撃を必死に防ぐベアトリスを煽り散らす。
しかし緋乃が万全な状態である現状、転移で逃げたところで即座に後出しの重力操作に捕らえられ――今度こそ、全力の蹴りで真っ二つにされるのは目に見えている。
ベアトリスもそれを理解しているからこそ、転移による脱出を行わない。いや、行えないのだろう。
(やっぱり、なんだかんだで爆裂キックのダメージはあったみたいだね! 最初の時に比べて、纏う気が弱い! そして動きにキレがない!)
なぜ、急にベアトリスが追い詰められだしたのか。
なぜ、急にベアトリスの動きが悪くなったのか。
その原因は、やはり緋乃が引き起こした大爆発にあった。
妖気――即ち生物特攻とも言える、生きとし生けるもの全てに対する悪意に満ちた、邪悪なエネルギー。
それを全身に浴びせられたことで、ベアトリスの生命力が大きく削られ、発する気の出力が大幅に低下してしまったのだ。
――しかしスーツの機能があったとはいえ、常人ならば軽く三桁は死ねるほどの猛毒を直接浴びて、それでも行動できるベアトリスもまた、異常な側の存在なのではあるが。
「おっと隙ありぃ!」
「し、しまっ――」
とはいえ、その打撃戦も長くは続かない。
妖気に全身を蝕まれ続けている上に、細かい傷を負い続けて体力を削られているベアトリスに対し、未だ底を見せぬほどの膨大な妖気を持ち、細かい傷を自動で癒していく緋乃。
どちらが有利なのかは言うまでもなく――ベアトリスの動きが鈍った一瞬の隙を突き、緋乃の足裏。上足底と呼ばれる部分がドスン、とベアトリスの胸部に当てられた。
「まあ終わってみれば、なかなか楽しい時間だったよ。じゃあね」
ベアトリスの胸に足裏を当てた体勢のまま、勝利宣言をする緋乃。
「こんな――こんな事がぁ……!」
そして自身の敗北を悟ってもなお、諦めることなく拳を繰り出そうとするベアトリスであったが――その拳が緋乃に届くのよりも早く、強烈な衝撃がベアトリスの体内で炸裂した。