42話 激突
「甘いってのよ! ――イグニッション!」
しかしベアトリスの方も、そう易々と攻撃を食らってはくれない。
緋乃の対空技が直撃する寸前。緋乃の後方に転移することでそれを回避したベアトリスは、スーツに蓄えられたエネルギーを開放。自身に纏わりつく超重力の網を力尽くで振り切ると、体勢を立て直しながら手にした剣を投げ放ってきた。
「お返しよ、受け取りなさい!」
ベアトリスが転移で逃げたことで、状況はこれまた一転。対空蹴りを繰り出すが為に跳び上がった緋乃は、身動きの取りづらい空中&技後硬直という二重苦の状況を狙われ、再び窮地に立たされる……なんということはなく。
「いるかボケぇ!」
飛来する剣をあっさりと尻尾で絡め取って無力化すると同時に、超重力による広域への圧し潰し攻撃を解除。間髪入れずに、今度はベアトリスを中心とする、半径1メートルほどの空間の重力を反転させた。
その使い勝手の良さから緋乃が特に愛用している、防御不能の崩し技だ。
「クソッ、いい加減に……!」
もはや丁寧さを装う余裕も無くなってきたのか、声を荒げながらその身を宙に浮かばせるベアトリス。
緋乃のこの技の恐ろしいところは、その対処手段の少なさにある。
これが念動力や気の類を用いた技であれば――相応の出力は求められるものの――受け手側も気や魔力を開放して、周囲に“力場”を発生させてやれば、対処は一応できる。
相手が“見えない巨大な手”で掴んでくるのならば、闘気の嵐でその“巨大な手”を吹き飛ばしてやればいい。そういう理屈だ。
だが、しかし、緋乃のこの技に関してはそうはいかない。
何しろ、相手に干渉しているのは重力なのだ。いくら気や魔力を解き放って力場を発生させようが、重力が相手では何の意味も無い。
発生させたその力場を完全に無視して、相手の本体に直接働きかけるからだ。
まあもっとも、ベアトリスは数少ない、この技への効果的な対処法を持っている相手ではあるが――そこに緋乃の狙いはあった。
「潰す……!」
緋乃の目前に転移してきたベアトリスが、ドスの利いた声を上げながら、緋乃を掴もうと右手を伸ばしてくる。
稼働時間に制限でもあるのか、スーツによる増幅状態は解除されていたが――それでもベアトリス本来の能力の高さや互いの体格差を考慮すると、捕まってしまえば最後。生きては帰れないだろう。
「――ッ!」
ベアトリスの伸ばしてきたその手を弾きながら、緋乃はベアトリスの異能についての情報を整理していく。
(なるほどね。おそらく、連続での転移は不可能。ほんの一瞬だけど、インターバルを挟む必要がある……)
緋乃の目的は、ベアトリスの異能がどこまでのものなのか、要はスペックの確認だった。
緋乃の重力操作の異能とは、いわば結界のようなものだ。どの範囲に・どの方向へ・どのくらいの重力を発生させるのか。それらを、あらかじめ指定してやる必要がある。
後出しで重力の向きや強度を変えたり、あるいは“結界”の範囲を広げたり、または一つの結界に複数の重力を同時に発生させるような、高度な干渉はできないのだ。
そのため、仮に“結界”に捕らえたところで、後出しでその範囲から一瞬で離脱してしまうベアトリスは、緋乃にとって極めて相性の悪い敵であった。
(残念ながら燃費は良好みたいだし……厄介ね。このクソ女に、わたしの黄金コンボは通じない。それどころか、うかつに大技を振ったら、手痛い反撃を食らう可能性がとっても大きい……)
重力反転で相手を浮かせて無力化し、そこに必殺の蹴りや尻尾を叩き込む。
緋乃が最も信頼する必殺の連続攻撃が、このベアトリスという女には通用しない。
内心で臍を噛みながら、緋乃はベアトリスが続けて繰り出してきた連続攻撃へと対処していく。
「旧型風情がッ!」
「ふっ!」
大きく踏み込みながら、こめかみを狙って薙ぎ払うよう振るわれた肘を、身を屈めることでかわし。
「目障りなのよッ!」
「くっ……!」
下がった顔面を狙い撃つかのように放たれた膝蹴りを、両腕で受け止める。
体重と勢いの乗った、強力な膝蹴りだ。両腕に走る強烈な衝撃に、緋乃は思わず呻き声を漏らしてしまう。
(スーツの増幅機能無しで、この威力……! 普段のわたしなら、おもいっきり吹き飛ばされて壁に激突。そのままザ・エンドだったろうね……でも!)
今までの緋乃ならば、その体重の軽さが災いして、大きく吹き飛んでいたことは間違いないだろう。
しかし今の緋乃はその弱点も克服済み。着用している衣服の各部に重りを仕込むことで、重量のかさ増しを行っていたのだから。
「私の方が――」
とはいえ、流石にその蹴りの威力の全てを受け止めきることはできず。
ズガガ、と床にブーツのヒール部分で跡を刻みながら、緋乃は後方へと押し出されていき。
そうして、緋乃が体勢を崩した今こそが好機と。
スーツのエネルギー増幅機能を発動させた上に、さらにダメ押しとばかりに、どこからともなく右手の内に剣を出現させたベアトリスが、それを振りかぶりながら一気に踏み込んできた。
「めざわりなのは――」
青白い気を纏ったその刃は、もはや考えるまでもなく防御不能。
しかしそんな一撃に対し、体勢を立て直した緋乃が取ったのは、回避ではなく迎撃だった。
緋乃は全身から膨大な量の――もし常人が今の緋乃に近寄れば、即座に全身の細胞を汚染し尽くされ、死に絶えてしまうであろう程の――妖気を噴出させながら、ベアトリスを待ち構え。
「――優秀なのよ!」
「――お前だーッ!」
振り下ろされる刃と、振り上げられた足を覆う、特殊合金仕込みのブーツが激突。
目が潰れるかと思われるほどの、圧倒的な光量の真紅の閃光と衝撃波が、練兵場の内部にて荒れ狂った。
困ったら爆発させる系主人公。