13話 路上試合を終えて
少年が白目を剥き、気を失っていることを確認した緋乃は纏っていた気を消去。ふうと小さく息を吐いて、意識を戦闘モードから平常時のそれへと戻す。
「わたしの勝ち。大勝利。ぶい」
緋乃は自身の背後で観戦していた理奈と明乃に振り返ると、得意げな表情を浮かべつつ両手でピースサインをして勝利宣言。
「お、おぉ〜、緋乃ちゃんすごい……」
「理奈ちょっと引いててウケる」
それに対し理奈は少し引いた様子を見せつつもパチパチと小さく拍手をし、そんな理奈を見て明乃が小さく笑う。
預けていたカバンを受け取ろうと、緋乃がトテトテと理奈へ向かって歩き出したその時。緋乃の背後で少年がゆっくりと起き上がってきた。
「まだだ……! まだ……!」
「ひえ、まだ動けるの!?」
「さっすが男の子。凄い根性だねぇー」
「はあ、面倒。まあいいや、さっさと始末…………ん?」
驚く理奈と感心する明乃を背に、再び緋乃が戦闘態勢を取ろうとする。しかし、起き上がった状態のままピクリとも動かない少年に違和感を感じたのだろう。
訝しげな表情を浮かべつつ少年へとゆっくりと近づいてみるものの、少年は一向に反応を示さない。
そう、少年は立ったまま気絶していたのだ。
「うーん、立ったまま気絶とか凄いね。リアルで見たの初めてだわ」
「男の意地、って奴を感じるね……」
「ん。びっくり」
意識を取り戻した少年に襲われることを誰も考慮していないのか、それとも襲われても迎撃する自信があるのか。
気絶する少年に近づいた明乃、理奈、緋乃の三人。三人は少年が本当に気を失っていることを確認すると、それぞれ好き勝手な感想を言い合う。
「じゃ、緋乃の勝ちってことで帰りましょっか」
「だね」
「え、ほっといていいの? この人怪我してるんじゃ……」
「いやー、別にいいよ。アタシが治しとくから。うちのセンパイが迷惑かけてゴメンねー」
少年を放置して帰ろうと反転する明乃と緋乃に咎めるような声と眼差して訴えかける理奈だったが、しかし、三人の後方、少年の背後からその理奈を止める声が上がった。
慌てた様子で理奈が振り返ると、そこには少年と同じ空手着を着た、茶髪の少女の姿があった。もっとも、この少女も三人達より年上ではあったが。
「や、初めまして。アタシ、そこに転がってる人の後輩。んでんで、アタシってば治癒のギフト持ちだったり。イェイ。まあそういう訳だから、君たちは気にせず帰っていいよー」
明るい調子で声を上げる少女。それを受け、三人は少女に対し軽く頭を下げるとお礼を言う。
「じゃあお願いしまーす」
「お願いします」
「あ、アリガトウゴザイマス。では私たちはこれにて……」
じゃあねーと手をひらひら振る少女を背に、三人は再び帰路に就いた。
緋乃は歩きながらジャケットのポケットからハンカチを取り出すと首筋や髪の根元などををぬぐい、再びハンカチをポケットに仕舞う。
そうして汗を拭くと、今度はカバンから小さなスプレーを取り出し、首筋にその中身を数回ほどプッシュ。緋乃の周囲にふわりと甘い香りが漂う。
「どう?」
「うん、オッケー」
隣を歩く明乃に確認して太鼓判を貰った緋乃は機嫌のよい笑みを浮かべると、そのまま三人で横並びになり歩いていくのだった。
◇
お喋りをしながら歩いていく三人の姿が遠くなり、角を曲がって完全に見えなくなったことを確認すると、空手着を着た少女はため息を吐いた。
「はーい、もうあの娘たち見えなくなったんで気絶のフリやめていいッスよセンパイ。まああの赤髪の子にはバレてたっぽいっすけどね」
「そうか……いや正直助かった。なんか意識飛んでる間に近寄られててちょっと困ってたとこでな。完全に終わった雰囲気だったし。あ、治癒頼んでいいか?」
少年はパンパンと空手着をはたきながら少女へ礼を言う。実は立ったまま気を失っていた少年だが、三人娘に近寄られた時点で意識を取り戻していたのだ。
しかし意識を取り戻したはいいものの、完全に試合終了とばかりに気を抜いていた緋乃に襲い掛かるのは流石に躊躇われ、また闘いを再開する雰囲気でもなくなってしまった為、仕方なく気絶したフリで三人娘が帰るまでやり過ごそうとしていたのだ。
「はいはい。じゃ治すんでじっとしててくださーい。むんっ」
少年の治癒要請を受けた少女は、少年の怪我をした部分にへ手のひらを近づけると気合を入れる。すると少年の肌が淡い光に包まれ、怪我がみるみると治っていく。
同様の行為を何回か繰り返し、目に見える範囲の怪我を全て治し終えると、少女は呆れた様子で口を開いた。
「ほい終了っと。にしてもあの娘、可愛らしい顔して結構エグいっすね~。センパイが頑丈だから良かったものの」
「まあ、あいつの闘いはお互いに気を使えるのを前提としている節があるからな……。でもまあ、だからか小学生の時は大会とか遠慮してたみたいだぞ?」
「あー、なる。だから完全に無名なんすね。いやまあ最近は小学生の大会を無視する子供も増えてきましたケド」
「原則で気の使用は禁止だからな。まあそりゃあ、気を扱える子たちからすると物足りんわな」
三人娘が去った方角を見つめながら、雑談をする少年と少女。その様子からは二人の仲の良さが伺える。
「で。見ていて気持ちいいくらいのボロ負けでしたが、何か掴めましたかセンパイ?」
「ぬぅ……」
手も口元に当て、ププっと笑いながら少年を煽る少女。
少年はそれに対し、何か言い返したさそうな表情を浮かべるが、怪我を治癒してもらった恩がある手前強く出れず、また無視することもできないので相槌代わりにとりあえず唸る。
「あいつの動きは読めていた。読めていたんだが体がついてこなかった。技術がどうこう以前にスペック不足だ。とりあえずは身体強化のレベルを上げることが急務だな」
「前回の時よりもっと速くなってましたもんね。なんか蹴りも重そうでしたし。多分前は舐めプしてたんすよきっと」
「だろうな。それに恐らくだが、あいつはまだ本気じゃない。思い返せば、雰囲気に余裕があったしな。……まったく、才能というのは恐ろしいな」
少年は腕組みをしつつ先ほどの闘いについて自己分析を行い、自身に足りない部分を述べる。それを受けて少女も自身の意見を返した。
(思い上がっていたのは俺の方だったか。……いや、大会前で助かったと思おう。今ならまだ間に合う。鍛え直せる。うむ、ポジティブに考えよう)
そのつもりはなかったのだが、知らず知らずのうちに自身が増長していたことを悟り、内心で戒める少年。拳を握りしめ、大会の期日までに自信を鍛え直すことを誓う。
そんな少年の内心はいざ知らず、その横で少女が暢気な声を上げる。
「にしてもあんな細い体でこの破壊力とかやべえっすねえ。存在そのものが初見殺しじゃないっすか」
少女の発言を聞いた少年は握りしめていた拳を開放し、近くの電柱からカアカアと鳴きながら飛び去って行くカラスを眺めながら声を出す。
「まあ確かにな。俺も最初は引っかかったし。……ただでさえ小さい上に、あんな筋肉以前にそもそも肉がついてない体しといて実はゴリゴリの近接タイプですとかなあ。絶対予測できんわ」
「お顔の方もめっちゃレベル高いですしね。あの可愛いお顔に攻撃叩き込めってのも難易度高いっすわ。アタシには無理、出来ない。いやまあ、たぶんアタシのレベルじゃあ当たってもノーダメでしょうが」
そんな少女の意見に対し、少年もフッと小さく笑いながら頷き同意の意を示す。
「見た目とは対極の重戦車タイプだからなあいつは。でも格闘技なんかよりも、アイドルとかモデルとか、そっちの方が絶対似合ってると思うんだがなあ」
「あー、確かに。声も可愛いし、歌とか歌ったら凄そう。天下取れますって絶対」
しばらくの間、他愛のない雑談をしていた少年と少女だったが、ふと話題が切れた瞬間。少年は自身の顔を両手で強く叩いて気合を入れる。
恐らくはおしゃべり好きの少女に合わせていたものの、予想以上に雑談が長引いてしまったので打ち切るタイミングを狙っていたのだろう。
「よし、休憩ここまで! 急いで鍛え直しだ! 大会までに何とか仕上げる! 道場に戻るぞ、ついてこい!」
「えぇー、一応怪我してたんだしのんびりしましょうよー。んな急がなくっても」
「急がねばヤツという高い壁は超えられん! ヤツが本気でトレーニングに励んでいない今のうちに差を縮めなくては! さあ行くぞ!」
「あ、待って。待ってくださいよセンパーイ!」
うおおと雄たけびを上げつつ、自身の所属する道場へダッシュで戻る少年と、慌ててそれを追いかける少女。
その様子を家から出てきた近所のおばあさんが偶然目撃し、おやおやと微笑ましいものを見る表情を浮かべるのであった。
「おやまあ。若いっていいわねぇ……。ああ、南米でギャング相手に暴れ回ってた頃を思い出すわぁ……」