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31話 とある少年の夢

敵側から見た緋乃ちゃん

(ここは……第三研究所……?)


 犯罪結社・ユグドラシル。その元戦闘員である少年はふと気付くと、どこか見覚えのある薄暗い通路に立っていた。それも全力で気を解き放った状態で、だ。

 ここはどこだ? なぜこんなところに自分はいる? なぜ自分は気を開放している?

 本来なら湧き上がってくるはずの、当たり前の疑問。しかし不思議なことに、そういった思考は少年の頭には一切湧いてこず――理由もわからず気を撒き散らす少年の前に、一人の少女が現れる。

 黒く長い髪をツインテールに纏めて、まるで人形のように端正な顔立ちをした、美しい少女だ。


『形勢逆転、だね。で、なにか言い残すことは? ないならもう殺しちゃうけど、いいかな?』


 もっとも、その全身から不吉としか言いようのない禍々しいオーラを放ち。

 さらにはやけに物騒な尻尾が生えている上に、瞳孔が十字星の形状をしていたりと――明らかに人外の雰囲気を漂わせている少女なのだが。


(ああ、成程……夢かこれ)


 そうしてその少女の、まるで勝利を確信したかのような得意気な笑みを見て。

 ここに来てようやく少年は、この光景が夢であることに気付き。そうとわかればこちらのもの、とばかりに体を動かそうとするのだが。


(チッ、動けない……。夢の癖にご主人様に抗うとは、生意気な夢だな……)


 生憎と、この夢は夢を見ている本人が自由にできるタイプの夢では無いらしい。

 どうせ勝てないことはわかっているのだ。ならば突然全裸になったりギャグをかますなどして、度肝を抜いてやろうと思ったのだが……と残念がる少年。


『ほざけぇーっ!』


 そんな少年の心など知ったことかと、夢の世界は動き続ける。

 煽り文句を受けた夢の中の少年は、床を強く蹴ることで少女に向かって一気に加速。全身の筋力に加えて、突進の勢いまでをも右拳に乗せ。渾身の気合いと共に突き出した。

 改造人間であるが故の、常人の遥か上を行く膨大な気に強大な筋力。それらを組み合わせることで生まれた圧倒的なパワーがバトルスーツによって補正され、最適化されたモーションで振るわれるのだ。これぞまさしく一撃必殺。人類の叡智が生み出した、究極の一撃――!

 

(って当時の俺は思ってたんだよなぁ……)

『へぇ、驚いた。なかなかのパワーだね』


 だが、しかし。

 かつての少年が究極だと信じていた、その一撃は。

 少女が突き出した人差し指によって、至極あっさりと受け止められる。


『オ、オオオォォーッ!』


 己の信じる渾身の一撃が、たかが指一本で受け止められた。いくら膨大な妖気によって強化されてるとはいえ、自分より五歳くらい歳下の、幼く小さな子供の手でだ。

 そんな目の前の光景を受け入れられないのか、少年は全身の筋肉を総動員して押し切ろうとする。


『あははっ、必死すぎでしょ!』


 少年と少女の、互いの発する気と妖気がぶつかり合い、暴風となって吹き荒れる。

 しかし少年の全力を受けても尚、少女はびくともしない。むしろ余裕たっぷりといった様子で、嘲笑まで飛ばしてくる始末。

 いや、突進の勢いを乗せた一撃で駄目だったものが、今更ちょっと全身に力を込めた程度で抜けるわけがないだなんて、当然と言えば当然の出来事なのだが。


『今度はわたしのターン!』


 そうして必殺の拳を防がれた少年が、消耗した気と体力を整えようとバックステップで距離を取ったその瞬間。

 攻守交替とばかりに、超スピードで少年の目の前まで踏み込んできた少女が、その身体を捻って上段の後ろ回し蹴りを繰り出してきた。


『なっ――ギッ!?』


 慌ててガードをした少年の右腕と少女の踵が接触し、その結果。

 パァンという破裂音と共に、少年の右腕は一瞬で血煙と化した。


『グ、グウウゥゥ……! ち、ちくしょ……!』


 右腕を吹き飛ばされた激痛に呻き声を上げる少年ではあるが、しかし痛みに耐える素振りを見せたのは最初の一瞬のみ。

 少年の脳内に埋め込まれているマイクロチップが、行動を阻害するレベルにまで達した痛みの信号をカットしたのだ。


『ん〜、いい表情(カオ)♪ ほらほら、続けていっくぞ~♡』


 だが、痛みが消えても失った腕は戻ってこない。表とは比べ物にならない技術を持つ結社と言えども、流石に欠損した四肢を即座に生やすレベルの技術までは持っていない。

 まあヴァンパイア・ブラッドなどという、肉体の再生能力を大幅に強化する新薬が絶賛研究中ではあるので、あと数年もすればなんとかなるかも知れないが――今現在の少年にはどうしようもない。


(いや……。新薬の開発が間に合っていたとしても……)


 夢を見ている方の少年の意識が、新薬さえ完成していればあるいは……とIF(もしも)の話を考えるのだが、その楽観的な考えを少年は自分自身で否定する。

 そうだ。あの少女の攻撃には、生命を否定する悪意に満ちた力が。妖気、あるいは悪性魔力とでも呼ばれる力が、馬鹿みたいに籠められているのだ。

 新薬の開発に成功していたとしても、結果は変わらないだろう。再生を封じられ、この夢の中の“俺”と同様に達磨にされて終わりのはず。そう少年は結論付けたのだ。


(結果は一緒、か。あーやだやだ)


 まあなんにせよ、そうして少年が利き腕を吹っ飛ばされてからは、もう一方的な蹂躙だ。


『お次は左ぃ!』

『ぐあーっ!?』


 右腕の欠損に衝撃を受ける少年に対し、少女は下から上へと大きく脚を振り上げて。残った左腕をも、根元から容赦なく斬り飛ばす。

 こうして両腕を奪われた少年であったが、まだ少女の攻撃(ターン)は終わらない。


『這いつくばれっ!』

『あ、ぐおぉぉ……!』


 蹴り上げの際に発生した衝撃波で、吹き飛んだ少年を追いかけるかのように。

 少女の尻尾が勢い良く放たれ――宙を舞う少年の右脚を貫いて切断し、冷たい床へと叩き落す。

 ほんの一瞬で、両腕と脚を一本失った。酷い有様だ。あまりに酷すぎて笑えてくると、夢を見ている少年は自嘲する。


『ハ、ハハ……ハ……』

『うふふ、ぶっざま~♡』


 少女はそうして、無様に地面へと転がる少年にトコトコと近づいてきたかと思うと。

 少年の最後に残った左脚の上で、その綺麗な右足をゆっくりと、これ見よがしに持ち上げて。


『それじゃあラスト一本も、頂いちゃいま〜す!』


 一点の曇りもない、なんとも無邪気な笑顔と共に。悪魔のような台詞を吐くと、持ち上げた右足を勢い良く振り下ろし――。


「ええい、折角この儂が来とるというのに……いつまで寝とるんじゃ! さっさと起きんか小僧ー!」

()ーっ!」


 間一髪のところで、少年の意識は悪夢から解放された。

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