30話 明日への逃走
「このっ、明乃ちゃんから離れろ……!」
無論、理奈も明乃がやられているのを黙って見過ごすなんてことはしない。
巨大な氷柱を撃ち出す攻撃魔法を連射すると同時に、配下のマリオネット兵に指示を出し、明乃を救出せんと動き出す。
「うおっと、危ないっすね!」
しかしミリアムは斜め上空から突き下ろすよう降り注ぐ氷柱に対し、起き上がりながら警棒を振るうことでこれを打ち砕き迎撃。
そのまま立ち上がると、続けて襲い掛かってくるマリオネット兵たちに短い方の警棒、その先端を向け。
「これでも……食らえーッ!」
そこから強烈な電撃を放ち、耐久力に劣るマリオネット兵たちを一掃。
空気という強力な絶縁体が存在する関係上、理奈には届かない程度の射程ではあったが――それでも今の一撃で、七体いた兵士たちが全滅してしまった。
「電気系の異能持ち……。成程ね、死んだフリをして隙を伺ってたんだ……」
「そのとーり! アタシは電気ビリビリへの強い耐性があったのだー!」
同様に理奈の雷を受けた男が未だ目覚めていないのに対し、一人だけなぜかピンピンしているその理由をミリアムは自慢げに明かす。
「さて、これで形勢逆転――というにはちょっと程遠い感じっすけど……まあ、わかってるっすよね?」
ミリアムは身の丈以上に長く伸びた警棒を短く戻すと、力なく倒れ伏す明乃の襟首を掴んで持ち上げる。
そのまま明乃の顔の側へと警棒を持って行き、バチバチと小さく放電させる様子はどこからどう見ても人質を取った悪人だ。いや、実際に水城邸を襲撃した悪人の一人なのだが。
「こ、こにょ……!」
「くっ……、明乃ちゃん……!」
恨めしげな目でミリアムを睨みつける明乃と、そんな明乃を見て苦虫を噛み潰したような表情をする理奈。
「ぐっひっひ、そんな怖い顔しないで欲しいっすねぇ。なにも自害しろーだとか、そんな無茶な要求をするつもりは無いっすから」
二人の様子を確認したことで自身の圧倒的有利を確信したのか、ミリアムはまるで三下の悪人のような嫌らしい笑みをその顔に浮かべる。
「……何が要求なの?」
「話が早くて助かるっす。こっちの要求はただ一つ! アタシがそこに転がってる三人を回収して逃げるのを、見逃してほしいっす!」
意を決した様子で理奈が要求を聞いてみれば、返ってきたのは本人の発言通り、かなり控えめな要求。それを聞いた明乃と理奈は思わず目線を交わし合い。
『ねえ明乃ちゃん……なんかショボいし、これ素直に要求受け入れてもいいんじゃない?』
『うん、まあ……いいんじゃないかな……? いや待って、もしかしてそう思わせてこっちの隙を突くのが狙いとか……』
『このアホみたいな面見る限り、無いんじゃないかなぁ?』
『うーん……』
理奈から繋げられた念話で、秘密裏にこの要求を呑むべきか確認し合う。もちろん、表向きではミリアムの提案を受け入れるか否か迷っているフリをすることは忘れずにだ。
『それじゃあとりあえず要求呑むけど……まあ一応何かあるかもだし――』
『いや、ちょっと待って理奈。コイツ近くでよく見ると冷や汗ダラダラだし、心臓バクバクいってるし……割と限界近いんじゃないかしら……?』
『そうなの……? でも明乃ちゃんも電撃食らいまくって限界じゃ……』
そうして作戦が固まりかけた時、明乃はふとミリアムの違和感に気付く。
あくまで予想でしかないが……実は理奈の攻撃魔法はしっかり効いていて、まだダメージが残っているのではないだろうか。
本人は同じ電撃系統の異能者だったので耐性があるとのたまっていたが、それはしょせん敵からの自己申告でしかないわけで。
(それに……)
それに思い返せば、あの女は先ほど自分を攻撃したり、人形の兵士たちを攻撃する際にかなり高出力の電撃を何度も使っていた。
気や異能というものは使えば使うほど消耗するもの。まあどこぞの黒髪ツインテのように、動いても動いても全然消耗しない化け物もいるが……あれは例外中の例外、除外してもいいだろう。
この違和感通り、限界が近いというのであれば要求のレベルの低さにも納得がいくというものだ。
『確かにまだ、体は思うようには動かない。けど短時間なら問題ないわ。あたしには念動力があるんだから。中からの操作が効かないのなら、外から動かすまでのこと。それに――』
――悪人にイニシアチブを取られたままだなんてムカつくし、怖いじゃない?
念話で告げられた明乃のその言葉に対し、理奈は軽く笑いながら同意を示す。
『じゃあ行くわよ! あたしが暴れるから理奈も合わせて!』
『がってん!』
作戦は決まった、あとは動くのみ。明乃はミリアムに悟られないよう、こっそりと戦意を高め。そして。
「さあどうっすか? そちらにとっても、悪い話ではないと――」
「オラァーッ!」
遠くから聞こえてきたサイレンの音。それに焦るよう、ミリアムが口を開いたその瞬間に合わせて明乃は念動力を発動。自身の周囲を覆うように力場を展開し、それを操作することで肉体を無理矢理操作する。
中の人間が鎧を動かすのではなく、鎧が中の人間を強制的に動かす。そのようなイメージだ。
当然、雑なイメージでも問題なく発動できた前者に比べて、後者の使い方は難易度も跳ね上がる。操作を間違えれば、自分の肉体が変な方向へ――関節の稼働限界を超えて動いたりしてしまうからだ。
「ゴフゥ!?」
素の状態と比べれば、硬くて不格好な動き。しかしそれでも、不意を突いての一撃くらいならば問題ない。
外部より操作された明乃の拳が、ミリアムの腹へと勢いよく突き刺さる。
「こ、この――ッ!」
反撃とばかりにミリアムがその全身に電撃を纏うが、不意打ちが効いた上に消耗が激しかったのか。
「ぐうぅ――!」
その電撃には先に明乃を悶絶させた時ほどの威力は無く。明乃は意識を奪われないよう必死に耐えながら、拘束を抜け出しつつ左フックをミリアムのこめかみに叩き込む。
「が、がああ……。な、なんで……動けるんっすか……!?」
明乃より受けた打撃によろめいているうちに、その人質であったはずの明乃はミリアムの手の届かない距離へと逃げ出しており。
そうして孤立したミリアムへと、理奈の攻撃魔法が――幻痛の杭が何本も何本も突き刺さる。
「ギッ――!? あっ……ガッ……!」
「明乃ちゃんは人一倍、ううん人の三倍は根性があるんだ! 明乃ちゃんの根性を甘く見たお前の負けよダサT女!」
全身を駆け巡る激痛に、ミリアムがのたうち回るのを見下しながら。
ミリアムがジャケットの下に着こんでいる、殺という漢字がデカデカとプリントされた少々独特なデザインのTシャツ。それを指差しつつ、勝ち誇った声で理奈が吼える。
「んな……アホな……!?」
「でも貴女も中々しぶといね……。普通ならショック死してなきゃおかしいくらい撃ち込んだんだけど……なんで生きてるの?」
「今度こそ本当に終わりよ、諦めてお縄に着きなさい……!」
理奈に支えられながら、息を荒げた明乃が勝利宣言をする。それと同時に、聞こえてくるサイレンの音がより一層大きくなり。
「動くな、警察だ! 動いたら撃つぞ!」
「ガハハ、むしろ動いていいぞ? おニューの鉄砲の試し撃ちがしたくてな!」
パトカーに先行して駆けていたであろう、大型の金属盾と散弾銃、そして突撃銃で武装した二名の警官が水城邸の庭に着地した。
「来るの遅いわよ、いつまでかかってんのよ!」
「ま、まあまあ明乃ちゃん……」
「ゲッ! 警部の娘さん……。いやー面目ない、なんか今日は事件が多くて人手が……なあ?」
「申し訳ありません、赤神さん。それより下がってください、危険です!」
「ひえぇ……。こ、こーなったらぁ……」
単純計算で一対四な上、さらにもうすぐ警察の増援までもがやってくる。
もはや絶体絶命の窮地を前にミリアムは涙目になるのだが、しかしその目に諦めの光は無い。
「ホントにホントの最後の手段……! 後で死ぬほど怒られるけど、死ぬよりは……!」
ミリアムがポケットから取りだしたのは、片手に収まるサイズの小さな無針注射器。その内部に納まった透明な薬液を見て、ミリアムの口元が小さく緩む。
「強化薬物!? 不味い!」
「死ねオラァ!」
そうして警告に従わず動いたミリアムを見て、警官たちが引き金を引き。その銃口から発射された弾丸がミリアムに多数の風穴を開ける――その前に。ミリアムはそれを素早く自身の首元に当てて薬液を注入し。
「うおおおー! 元気百倍っすよワッハハハハー!」
体内より感じられる気の量を爆発的に増加させ、更に全身から紫電を放つという明らかな強化形態へと移行したミリアムは、放たれたスラッグ弾やライフル弾の全てを警棒を振るうことでその射手へと撃ち返してみせた。
「氷障壁!」
「何だとォ!?」
撃ち返された銃弾自体は理奈が咄嗟に張った障壁と、警官の持っていた盾で防ぐことに成功したものの。それは相手に更なる追撃のチャンスを与えるという事でもあり――。
「てったーい、てったーい! これで勝ったと思うなよー!」
「なっ……!」
そうして追撃に身構えていた理奈や警官たちを嘲笑うかの如く、ミリアムは後方へと大きく跳んで逃げだした。いかにも三下っぽい捨て台詞を残して、である。
ぴょんぴょんと身軽に宙を舞い、住宅街の塀やら屋根の上を跳び回って逃げるミリアムを見て、その場にいた全員が声を失う。
「追撃……しますか?」
「いや、さすがにあれには追い付けないだろ……。俺らが民家の屋根踏んで壊すわけにはいかんし……」
「あー、オジサンたち重そうだもんね」
「勘違いしないでくれよ、赤神警部の娘さん。俺たちが重いんじゃない。装備が重いんだ」
小ネタ
異能者の持つ能力は一人につき一つのみ。発動には精神力を消耗。
基本的に一つのことしか出来ないため汎用性は低いが、出力や燃費に関してはかなりのもの。
ちなみに異能者は普通の人間に比べて好戦的。




