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26話 平和な一時

「味覚をプレゼント、かあ……。うん、凄いわ。素直に感心しちゃう」

「でしょでしょ〜。我ながらめっちゃいいアイデアでしょ!」

「ええ。緋乃ってば味がわからないことをかなり気にしてるし、絶対に喜ぶわよ」


 明乃がこれまで頭を悩ませ、それでも自分にはどうもできないと諦めていた緋乃の弱点。

 それをあっさりと解決してみせようとしている理奈に対し、悔しさと嫉妬を覚えているのが明乃の偽らざる本音ではある。

 しかし――。


「よしわかった! 実験でもなんでも、好きなだけ付き合うわ! その代わり、ちゃんと完成させるのよ!」


 しかし明乃はその邪な思いを即座に振り払うと、にっこりと笑顔を浮かべて理奈への協力を表明してみせる。

 悔しいが、自分にはどう足掻いても緋乃のこの問題を解決する能力は無い。ならばせめて、理奈の実験台となることで緋乃の助けになろうじゃないか。

 そう判断した明乃は、醜い心を圧し潰して胸の奥底へと仕舞い込む。


「おおー、実に頼もしいよ明乃ちゃん! ささっ、それじゃあこの魔法薬をぐいっと行っちゃって!」


 明乃の言葉を聞き、笑顔を浮かべながらコップを差し出してくる理奈。

 明乃はそれを受け取ると、少し躊躇った後に口を付け、ゴクリと飲み込んだ。


「うぅ……苦みとハーブみたいな香りが合わさってこれは……」

「あはは……。ま、まあ一応お薬だし……?」


 魔法薬を口にした瞬間、鼻の中を突き抜けるハーブの香りと、口の中に広がる何とも言えない珍妙な味。

 思わず眉根を寄せる明乃と、それを見て苦笑いをする理奈。


「ええい、これも緋乃のため、理奈のためよ!」


 魔法薬の予想以上の不味さに少しばかり戸惑う明乃であったが……自ら協力を申し出た手前、いまさら後戻りはできない。

 覚悟を決めると、一気にコップを傾けてその中身を飲み干した。


「おおー!」

「うぇー、まっずー!」


 関心の声を上げる理奈には目もくれず、魔法薬の味に対する文句を叫ぶ明乃。

 今すぐ吐き出してジュースをガブ飲みしたい欲に駆られるが、そんなことをしては実験が台無しだ。

 軽く頭を振ることで、明乃はなんとか気を取り直す。


「り、理奈? 悪いけどちょっとお水を――」


 ――つもりであったが、やはり口の中に残る不快感はいかんともし難い。

 ジュースやらを飲んだりするのはアウトだろうが、少しくらいの水ならば問題は無いはず。いや、お願いだから問題ないと言って欲しい。

 軽く涙目になりつつ、口直しの為に水を求めようとする明乃であったが――ふとその身体に違和感を感じたことで、その台詞は打ち切られた。


(これは……膝に何か当たってる? ……布の感覚? でもあたしの足には何も――)


 ミニスカートを履いているため、生の足が剥き出しになっているはずの自分の脚。

 しかしそこからは確かに、うっすらとだが、肌と布が触れ合う感覚が伝わってくる。

 いや、脚だけではない。上半身からも何やら違和感を感じるではないか。


(そっか、これが感覚の共有――。成程、理奈の着てる服やスカートの感覚がこっちにも――)

「うっ……、こ、これは……」


 いまだ口内には不快な味が残るものの、それ以上に興味深い現象へと気を取られていた明乃の耳に、理奈の声が飛び込んできた。

 その声はいかにも気持ちが悪そうな声であり、まるでクソ不味い食物でも口にしたかのような反応であった。


「うぇぇ、一気に飲むとこんなんなんだ……。苦くて臭いよぉ……」


 今自分たちが行っているのは、感覚の共有をするための実験。つまり、理奈の感覚がこちらに伝わってきているという事は、こっちの感覚――味覚や嗅覚も、理奈(あっち)に届いているという事なのだろう。

 しかし、なんだろうか。あのまるで想定外の不味さとでも言わんばかりの反応を見ていると、なんとなく腹が立ってくる。

 自分の体に伝わってくる理奈の感覚は、あくまでうっすらとしたものだ。明確というには程遠い。

 つまり、こっちからあっちに伝わっている感覚(不味さ)も、うっすらとしたものになっているはず。

 ということは、だ。理奈(あのバカ)はこちらの数分の一程度の不味さを感じただけで、涙目になっているという訳だ。ふざけんな。


「おいコラ、人におもいっきし飲ませておきながら何よその反応は」


 その顔に怒りの笑顔を浮かべ、拳を震わせながら遺憾の意を表明する明乃。

 それを見た理奈は不味いとばかりにその姿勢を整えると、両手を振りながら言い訳を口にし始めた。


「い、いや私も一応飲んだことはあるよ? どんな味か気になってね? でもホラ、コップ一杯一気に飲み干したことは無かったから……ハイ、ゴメンナサイ。次からは味にも気を使います……」

「よろしい」


 最初は慌てて言い訳の言葉を口にしていた理奈であったが、誤魔化しきれないという事を悟ると一転。謝罪と共に改善を約束することとなった。

 まあ、これを飲むのはあくまで緋乃であり、その緋乃は味覚が無いために味に気を使う必要が無いというのは確かだが――流石にこのクソ不味い薬品を何度も飲むというのは御免被りたいのだ。

 現在の感覚共有の強度からして、今回の実験だけで終わりというわけではなさそうだし。


「そんなことより水くれない? さっさとこの変な味を洗い流したくて……」

「あ、うん。ちょっと待ってね……はい、お水」

「サンキュー」


 明乃からの要望を受けた理奈が何言か呟くと、その手の内にミネラルウォーターの入ったペットボトルが出現する。転送の術式で冷蔵庫から取り寄せたのだろう。

 当初は驚いた光景ではあるものの、流石に何度も見ていれば慣れてくるというもの。

 明乃は感謝の言葉と共にペットボトルを受け取ると、蓋を開けて中の水を勢いよく飲み干していく。


「ぷはーっ、少しはマシになったわね。で、実験的にはこれってどんな感じなの? 成功? 失敗?」

「あっ、ちょっと待ってね。うーん、明乃ちゃんこれ感じる?」


 空になったペットボトルを机の上に置きながら発せられた明乃の言葉を受け、実験再開の流れを感じ取ったのだろう。

 理奈は緩んでいた表情を引き締めると両腕を軽く持ち上げ、左腕を右手でパンパンとはたき始める。

 そう、魔法薬の想像以上の不味さと、それの逆流というハプニングに気を取られてしまっていたが、まだ実験は途中なのだ。


「うん、弱めの感覚だけど一応感じるわ」

「ま、最初からいきなりきついのをやるわけにはいかないからね。最初はこんなもんだよ」

「それもそうね」


 自身の疑問に回答する理奈の声に対し、納得の意を示す明乃。

 言われてみればそれもそうだ。上手くいくかもわからない、初回の実験なのだ。副作用などがあるかもしれないのだし、まず弱めの調合から始めるのは至極当然のことだろう。


「じゃあこれは?」

「オッケーよ。感じる感じる」


 明乃の返事を聞いた理奈は、今度は自身の胸を、腹を、外ももを。体の各所を順番に刺激していき、感覚の共有がきちんと行われているかの確認を続けていく。


「……うん、とりあえずよし、と。体に違和感とかは感じないんだよね?」

「ん、大丈夫よ。軽く気を巡らせた感じ、問題なさげね」

「そだね、こっちから見ても生命力の循環におかしな点は見当たらないし……じゃあ、今度は明乃ちゃんが同じようにやってくれるかな?」

「はいよー」


 そうして一通りの確認をしたら、今度は攻守交替。明乃が自身の身体を刺激し、その刺激が理奈へと伝わっているかの確認だ。

 二人は互いに体の各所に強弱様々な刺激を与え、共有の精度を確認していく。


「よし、触覚は問題なさげだね? それじゃあ、ついに本番。味覚の確認と行きますか……!」


 大まかな確認を終えた理奈の手が薄く光ったかと思えば、その手に握られているのは地元の洋菓子店bonheur(ボヌール)――お値段が張る代わりに非常に美味で、行列のできる店だ――の紙箱。

 思わぬ形での好物の登場に、明乃はその胸を高鳴らせる。


「そ、その箱はまさか……!」

「うん、ボヌールのシュークリームだよ~。明乃ちゃん、ここの店のやつ好きでしょ?」

「うんうん、モチよモチ!」


 箱の中から現れた大振りのシュークリームを見て、目を輝かせる明乃。

 一瞬で上機嫌になった、そんな明乃の様子を見て、理奈はくすりと微笑みを浮かべる。

 きっと自分のことを単純だな、とでも思っているのであろうが……今回ばかりは仕方あるまいと明乃は内心で言い訳をする。

 実入りのいいバイトのおかげで、中学生とは思えないほど一気に懐は温かくなったものの、あの店は行列ができるほどの人気店。

 お小遣いに余裕があるからと言って、そう簡単に手に入るようなものではないのだから。


「せっかくだし、紅茶も淹れよっか?」

「ありがと理奈、緋乃の次に愛してるわ……!」


 明乃の言葉を聞いた理奈は、調子いいんだからと苦笑しながら部屋を出ていき――しばらくして、両手に茶器などが乗ったトレイを抱えて戻ってきた。


「お待たせー、それじゃあ淹れるから待っててね~」

「いよっ、待ってました~!」

小ネタ、この世界の人間の大雑把な強さ。

レベル1:一般人。

レベル2:気の運用法を覚えた人間。アマチュア。そこらへん歩いてる不良。拳銃弾くらいならつまんで止めれる。

レベル3:いわゆるプロフェッショナル。ピンからキリまで差が激しいクラス。

レベル4:達人。要才能。ここまでくると銃火器は役立たず。

レベル5:超人、英雄。もしくは怪物。

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