22話 不穏な気配
内面世界におけるゲルセミウムとの邂逅から数日が経過した、とある日の昼下がり。
勝陽市内にある寂れた倉庫の一棟、その二階にある休憩室の中。
「うんしょ……こらしょ……っと」
「ほー、こりゃ驚いた」
「おおー、リーダーやるじゃーん?」
部屋の中に置かれたソファーやパイプ椅子にどかりと座る、人相の悪い3人の大柄な不良たちの見守る前。
その腰に重り付きのベルトを巻きつけた緋乃は、手作り感溢れるチンニングスタンドにぶら下がって懸垂を行なっていた。
「ふふーん、どう? 気を一切使わずにこれとか、ちょっと凄くない? 凄いでしょ」
懸垂を続けながら、不良たちに向けて渾身のドヤ顔を披露する緋乃。
緋乃が行っているのは、重りを着けて負荷こそ高めているものの、何の変哲もないただの懸垂。誰にでも出来る簡単な運動だ。
しかし緋乃は馬鹿げた量の気を保有してはいるものの、その身体はまだまだ未成熟。
身体強化を未使用の状態では、自身の体重の倍以上の重りを着けての懸垂など、とてもではないが不可能であった。そう、これまでは。
「あの素の筋力はへなちょこな緋乃ちゃんがよくぞここまで……。う~ん、俺ちゃんも鼻が高いぜ!」
「出たよ後方兄貴ヅラ。お前は何様だ〜?」
眼鏡をかけた不良が胸を張り、誇らしげな声を上げると同時に、スナック菓子を貪るように食っていた太っちょの不良がそれに対する突っ込みを入れる。
休憩室の中にゲラゲラと笑い声が響き渡り、不良たちが手足をばたつかせた影響で古いソファにたまった埃が舞い上がる。
彼らは不良チーム、タイタン。その最上位メンバーだ。
タイタンとは勝陽市内の学校に通う、素行不良な高校生たちを中心に構成された集団であり――緋乃が前リーダーに一騎打ちを挑み、勝利したことでリーダーの座を奪い取ったチームでもある。
“最も強いものが頭を張る”というのが彼らの掟であり、下剋上自体は元から推奨されていたのだが……しかしやはりと言うべきか、小柄な少女である緋乃に従うことを拒んだ者も多々存在した。
しかし緋乃はそんな彼らに対し、拳による説得を慣行。圧倒的かつ微塵の容赦もない暴力の嵐によって、不満を述べていた者たちも屈服。
こうして新リーダーとして収まった緋乃は、気まぐれに拠点である廃倉庫に顔を出して不良たちと駄弁り。
前リーダーからのリベンジマッチや幹部勢からの挑戦を受けては、これを返り討ちにし。
不良チーム同士の争いに顔を出して大暴れしたりと、自由気ままに振舞っていたのだ。
「にしても悪魔だかなんだか知らねーけど、素の身体能力がここまで上がっちまうとかマジでヤベーな」
絶対無敵とか嘯いてたのが真実になっちまう、と不良3人組の中で最も大柄なオールバックの少年――タイタンの前リーダーであり、現在のNo.2だ――が缶コーヒーを開けながら小さく呟く。
「そーだなー。流石にここまでパワーアップされちまうと、ひっくり返しようがな……」
その少年の言葉に対し、メガネを着けた少年が同意を示す。
「おいおい、あんだけ負けといてまだリベンジするつもりだったのかよ?」
そんな二人に対し、俺はとっくに諦めたぞと小太りの少年が茶化す発言をし……そのままふと思いついたといった様子で、疑問の言葉を口にした。
「つってもそこまで変わるもんなん? 確かにパワーアップはしてるんだろうけどよぉ、うちのリーダーって元から馬鹿みてえなパワーしてんじゃん」
「いや、かなり変わるんだが。その馬鹿みてえなパワーが何倍にも、一気に跳ね上がるわけだしな」
小太りの上げた疑問の声に対し、メガネが少し呆れた様子を見せながら回答をする。
「はえー、そんなに変わんの?」
「まあわかりやすく言うとだな。貧弱な基礎ステに、バカみてーな倍率の自己バフかけて殴りかかるのがうちのチビ助の基本スタイルだ。ここまではいいな?」
そんなにと驚いて見せる小太りに向け、説明を引き継ぐ元リーダー。
そんな元リーダーの発した言葉に対して、小太りはああ、と頷いて見せる。
「つまり、そのチビ助が人並み以上の基礎パワーを手に入れると――」
「ヤケクソバフと合わさってクソ火力になる……ってコトか?」
「そーいうこと」
はえー、と感心の声を上げる小太り。そんな小太りに対し、緋乃は懸垂運動を止めて、マシンにぶら下がったまま補足説明を行った。
「とはいえ不安定な状態でフルパワー開放しちゃったことによる一時的な変化で、しばらく大人しくしてれば元に戻るらしいけどね」
現在の緋乃の肉体は理奈や刹那曰く、不用意に大量の妖気を開放してしまったことで魂の浸食率が大幅に上昇し、それに肉体が引きずられてしまった状態らしい。
とはいえあくまで一時的な物であり、妖気を抑えてさえいれば、やがて元の状態にまで戻るとか。
心配そうな顔をした理奈と、少々残念そうな顔をした刹那の二人にそう告げられた緋乃は、やはり完全に制御できていない力を解き放つのはよくないなという事を再確認。
本当に追い詰められた時以外は、絶対に使わないようにしようと心に誓ったのである。
「あー、そういや言ってたねぇ。悪魔パワー取り込んでから、力を持て余してるって」
「扱いきれないほど膨大な力か。贅沢な悩みだ」
人間を辞めるか否かの結構ギリギリな状態ではあったのだが、緋乃自身がよく理解していない上に深刻にとらえていないため、他人事じみた説明になってしまう。
男衆もまた、緋乃のそんな深刻さを感じさせない適当な説明を受け、適当な感想を返す。
「そんなことよりさー、お前たち真面目に考えてるの?」
そうして会話が一段落したのを見計らうと、緋乃は懸垂を再開させながら、男たちへと問いを投げかける。
「ん? ああ、考えてる考えてる」
「落ち込んじまったお友達の慰め方法だろ? 考えてるけどなぁ……」
「強盗を返り討ちにして気絶させといたら、別の事故に巻き込まれて死んだーってどう考えてもそいつらの自業自得じゃん? 気にするのが間違いとしか……」
緋乃が口に出したのは、つい先ほど、懸垂バーを利用する前に男たちへと持ち掛けた相談事――研究所の自爆により、研究員たちが大勢死んだことを気に病む理奈の機嫌を自然に取る方法だ。
緋乃個人としては、相手側の証拠隠滅作戦によって発生した犠牲――それも被害が出たのは敵限定である――をこちらが気にするなど意味不明であったが、理奈は優しすぎるというか、甘いというか。なんにせよ、それを気にしてしまっているのだ。
「わたしも同意なんだけどねー。理奈ってばホント無駄に善良というか――」
「だ、誰かー!! 誰かいないか!?」
ガシャガシャと重り同士がぶつかり合う音を鳴らしつつ、懸垂を続ける緋乃。
そんな緋乃の耳に、慌ただしく倉庫の扉を開ける音と、必死に叫ぶ男の声が届く。
「……どうやら、面倒事が起きたみてーだな」
「あの声は健吾だな。随分と焦ってるじゃないか」
「やれやれ、抗争でも挑まれたんかね?」
男たちは三者三様の声を上げて立ち上がると、休憩室から外に出ようと歩きだす。
それを見た緋乃もまた運動を止め、重り付きのベルトを外して懸垂バーに引っ掛けると、男たちの後に続いて部屋から出る。
そうして男たちから一歩遅れ、部屋から出た緋乃の目に映ったのは。
「おいおい、血まみれじゃねえか! 大丈夫か!」
それなり以上の使い手からの手刀、もしくは刃物で斬り付けられたのか。複数個所に大きな切り傷を受け、血を流しながらよろめき歩く、チームの下っ端の姿があった。
緋乃「不良のリーダー? 歯向かってきたのをボコってたらいつの間にかそうなってたんだよねー(真っ赤な嘘)」




