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21話 夢の中での邂逅

「後継者? わたし、そんなものになった覚えはないんだけど……勝手に決めつけないでくれる? あとここどこ? いきなり呼びつけるとか、礼儀がなってないんじゃないの?」


 ゲルセミウムへと向き直った緋乃は、いつでも戦えるようその全身に闘気を漲らせながら、目の前にいる大悪魔へと訝しげな目を向ける。

 状況はよくわからないけれど、たぶんこいつが自分をここに呼び寄せたんだろう。

 そう判断した緋乃はゲルセミウムの目的を探るべく、注意深くその動きを観察しながら考えを巡らせる。


『フッ、そう警戒せずともよい。我は既にお前に負けた身。今更お前に対し、どうこうしようという気はない……。むしろその逆、手助けをしてやろうと思ってな。そら、その闘気(オーラ)を収めるがいい』


 しかしゲルセミウムはそんな緋乃の様子を見て、クククと愉快そうな声を漏らすと、ゆっくりと腕組みを解きながら己の目的を明らかにした。


「手助け、ねえ」

『そもそも現在の我は、お前に宿る力の欠片に残った残滓にすぎん。お前に害を及ぼすほどの力は残っていない』


 訝しげな目はそのままに、注意深くゲルセミウムを探る緋乃。

 確かに本人の言葉通り、その身体からは闘志を感じない。まるで凪のように穏やかだ。

 また以前戦った際に感じた、爆発寸前の火山のような圧倒的なエネルギーも感じない。


(確かに大した力は感じないね。それに以前戦った感じだとけっこープライド高いみたいだったし……人間()()()を相手に不意打ちとかをするタイプじゃない、か)


 そこまで考えた結果、緋乃はゲルセミウムの言葉を受け入れる。

 軽く息を吐くと全身に巡らせていた闘気を散らし、体から力を抜く。

 そうして話を聞く姿勢を見せた緋乃を確認し、それで良いとばかりにゲルセミウムは頷いた。


『まずはお前の疑問に答えてやろう。ここはお前の心象風景。わかりやすく言えば、お前自身の内面世界というものだ。故に、この世界に危険はない』


 むしろお前の領域(テリトリー)なだけあって一番安全な場所ではないか? とゲルセミウムは告げる。


『この景色を見る限り……どうやらお前は、人間どもの文明の破壊を好むらしいな。なかなか良い嗜好をしているではないか。我が後継者に相応しい精神よ』


 クククと笑いながら辺りを見回すゲルセミウムを見て、緋乃は眉を顰ませる。


「むぅ……そりゃまあ確かに、でっかいビルとか整備された街を思う存分壊してみたいなーって願望は持ってるけどさぁ。でもそんなの、誰だって持ってるごく普通の願望でしょ?」


 緋乃はゲルセミウムの言葉に対して反論しつつ、それよりもその後継者って呼び方はなんなのよ、と唇を尖らせた。


『どういう意味も何も、そのままの意味なのだがな。お前は我を倒した後、我の力を取り込み、受け継いだではないか』

「あの時は死にかけてたから、取り込むしか選択肢はなかったんだけど……」

『我の力を封印することも疎むこともなく、嬉々として使っておきながらよく言う。生命力の簒奪に、変幻自在のその尻尾。変化した肉体を拒絶するどころか、むしろ喜んでいたことに我が気付かないとでも?』

「ぐぬぬ……」


 ゲルセミウムの言葉に対し反論を試みる緋乃であったが、その反論はあえなく一蹴されてしまう。

 心なしか呆れた目線を向けてくるゲルセミウムに対し、まさにその指摘通りの行動を取っていたがために以後の反論を封じられ、悔しげに唸ることしか出来ない。


『しかし、だからこそ不思議だ』

「む?」


 ゲルセミウムの上げた疑問の声に対し、緋乃は首を傾げる。


『お前は人間を止めることに対し、何も感じていない特異な存在。だというのに何故か、お前は人間を続けている。人間を完全に止めるという選択肢を避けている』

「あー……うん、まあね……」


 緋乃は気恥ずかしそうな表情を浮かべつつ、頬を掻きながら言葉を濁す。

 そんな緋乃に対し、ゲルセミウムは追撃の言葉を放った。


『何故だ? 人間という種族に何の未練も持たぬ癖に、なぜ悪魔への変生を躊躇っている?』

「別に、お前には関係ないでしょ……」

『いいや、ある。今では見る影もないが、かつての我は最強だった。万物の刻限を告げし者、終焉のゲルセミウムの名は恐怖であり、絶望の代名詞でもあった。その我の後継者であるのだから――』

「あーはいはい、要は先代に恥じぬ力を持て。そのためにさっさと人間やめろってことね。でもお生憎様。わたしは今12歳だから……あと6年、いや5年は人間でいるつもりなの」


 緋乃はまだまだ続きそうなゲルセミウムの小言へと、面倒臭そうな声を出しながら割り込むと、もうしばらくの間は人間を止めるつもりはないということを告げる。


『ふむ? ……ああ成程、肉体の成長を待つという訳か。それに関してならば問題はない。悪魔とは精神を主体とした存在であり、肉体はその付属物にすぎん。肉体の成長具合など、後からいくらでも弄ることができる』

「……そうじゃないんだよねえ」


 訳知り顔で緋乃の告げた予定、その真意を見透かしたような発言をするゲルセミウム。

 しかし緋乃は『全然理解していない』とでも言いたげに、顔の前で軽く手を振りながらその発言を否定した。


「確かにさ、悪魔になればいくらでも体型を変えられるのかもしれない。理想のスタイルに変化できるのかもしれない」


 何が問題なのか理解できないとばかりに沈黙するゲルセミウムに対し、真剣な表情で緋乃はその理由を説き始める。

 

「でもそれってさ、魔力で作り上げた偽りのスタイルじゃない? 真の意味での、本当の意味でのナイスバディとは呼べないよね?」

『…………』


 何言ってんだコイツ、といった様子で呆れた雰囲気を出すゲルセミウム。

 しかし緋乃はそんなゲルセミウムの様子には気づいていないようで、自身の考えを熱弁し続ける。


「わたしが今、悪魔になったとして。高身長で出るところが出て、引っ込むところが引っ込んだナイスバディへと肉体を作り替えたとして。『でも真の姿は貧相なガキじゃん』とか煽られたら、言い返せないでしょ?」

『…………そうか』


 心底どうでも良さそうな声を出すゲルセミウム。しかし言いたいことを言えて満足した緋乃は、まるで論破したとでも言わんばかりに得意気な表情を浮かべる。


『まあ寿命という概念を持たぬ我々悪魔にとってみれば、数年など誤差にすぎん……。そのあたりは好きにするがいい』

「うん、好きにするよ。とはいえ、流石に死にかけたりしたらさっさと変身するけどね。悪魔になれば、なんかパワーとか再生力とかめっちゃ上がるみたいだし」


 緋乃が人間の身体に拘る理由を聞き出したゲルセミウムは、不承不承といった様子ながらも納得の姿勢を見せる。

 緋乃はそんなゲルセミウムに対し、ジャケットから取り出した、赤黒い液体の詰められたシリンジを見せつけながら口を開く。


「刹那さんから貰った、妖気がたっぷり籠められた血だよ。これを打てば、わたしはいつでも悪魔に変身できるってワケ。緊急時のとっておきアイテムってね」

『正確には変身ではなく変生。生まれ変わりに近いものなのだがな……』


 緋乃の言葉を言い直すゲルセミウムであったが、肝心の緋乃は『似たようなもんじゃん』と言って気にした様子を見せない。

 そのような緋乃の様子を見たゲルセミウムは呆れたかのような声を上げる。


『悪魔にとって重要なのは、決して折れぬ心の強さだ。そう考えると、お前のような考え無しの方がある意味()()()()()のかもしれんな』

「何その言い草。こう見えてもわたしは結構――っと!?」


 ゲルセミウムのその言葉に対し、緋乃が反論しようとしたその時。緋乃の内面世界が歪んだかと思うと、その景色を薄れさせていく。

 緋乃の身体が、夢から覚めようとしているのだ。


『どうやら時間切れのようだな。お前の本体が目覚めかけている』

「え、もうそんな時間なの?」

『この世界の主であるお前の協力があれば、無理矢理にでも続けられんこともないが……そう焦ることも無いだろう』


 我が力の使い方について教授してやるのは、また次の機会だと告げるゲルセミウム。

 相変わらず堂々とした姿で立ち続けるゲルセミウムであったが、その姿も周囲の景色と同様に薄れていく。


『人間どもの下らぬ争いごとに巻き込まれているようだが、お前はこの我の後継者。あの程度の相手に無様を晒すような真似は許さん。悉くを蹂躙し、勝利して見せよ』


 そうしてゲルセミウムの激励が緋乃の元に届くと同時に、緋乃の意識もまた浮上していくのであった。

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