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18話 閃光

 緋乃にとって、自身の持つ異能。その真の能力が既にバレていたという現状は完全に予想外。

 緋乃は露骨に狼狽えながらも、なんとか誤魔化そうと必死に言葉を探す……のだが、心底呆れたという様子の少年にその言葉は打ち切られた。


「残念だけど、君のその作戦は失敗だ。異能者(ギフテッド)対策の一環でね、この研究所の地下部分は、異能が使えないようになっている」

「異能封じ? そんなことが……」

「できるんだよ。何せ元々、ギフトってもんは――アグッ!?」


 緋乃に対し、得意気な顔で施設の機能について語る少年。

 しかし話の途中で、突如として顔を顰めたかと思うと、ビクンとその体を跳ねさせた。

 少年のその反応に対し、緋乃が驚いていると――少年は言い訳をするかのように、痛みに耐えるのかのような表情を浮かべながら、口を開いた。


「いっけねー、うっかりしてた……君の反応が面白いもんだから、ついつい禁則事項まで喋っちまうとこだった……」

「禁則事項ぅ?」

「そ。俺は組織で言ったら、まだまだ下から数えた方が早いからね。悲しいことに、権限がそこまでないのさ。だから、君を捕まえた功績が欲しいワケ。もっと上に行くためにね……」


 自信の圧倒的優位を確信しているがゆえの慢心か。それとも性格か。緋乃の上げた疑問の声に対し、少年は律儀にその答えを口にする。

 緋乃はそうして少年との会話を引き伸ばしつつ――その隙に少年の発言の真偽を確かめようと、自身の周囲を対象に異能の使用を試みる。

 緋乃の意志に応じ、その瞳が青く輝く。頭の奥に、ずっしりと重い感覚が走る。

 異能を使うときに感じる、いつもの感覚だ。本来ならば、これで緋乃の周囲にかかる重力は半減するはずであったが……。


(うそ、本当に使えない……。なにこれ……信じられない……)


 少年の発言通り、緋乃が心の底から信じる異能。重力操作の力は全く発動しなかった。

 いや、発動自体はしている筈だ。脳にかかる負荷――精神力の消耗がその証拠。

 自分では確認できないが、少年の反応より、瞳だって発光していたはずだ。

 そう、異能の発動はできていたはず。しかし、実際にはなんの現象も起こっていない。


(ゲームでよくある、魔法が打ち消される洞窟ってカンジ……なのかな? 厄介……)

「ハッ。どうやら理解できたみたいだね。これで万策尽きたね? 無駄な抵抗はやめて、大人しくするんだ。まあ、うちのお偉いさんは君にご執心のようだから、悪いようにはされないはず――」


 困惑する緋乃に対し、少年は「その反応が見たかった」とばかりに意地の悪い笑みを浮かべると、そのまま煽るような口調で降伏を勧告し始めた。


「はぁーあ……。仕方ない。ほんっとーに仕方ない。これだけは、本当にこれだけはやりたくなかったんだけどなぁ……」


 少年のその煽りを受けた緋乃は、心底面倒臭そうにため息を吐くと、その表情を引き締める。


(実戦で使うのは初めてだけど……やるしかないよね。まあいいや。こいつが相手なら、真の切り札は使わなくて済みそうだって前向きに考えよう。うん、まだ人間を止めたくはないからね……)


 これから使うのは、できれば使いたくない部類の奥義。

 脳のリミッターを外すことで、自身でも制御しきれない程の気を一気に解き放つ――生命力を湯水のように消費する、自爆とも言える身体強化技。


(魂の変質、かぁ。尻尾が生えたのもそうだけど、まさかこんな()()()もあるなんてねえ……。まあ、強いと言っちゃあ強いんだけど……)


 しかし、この技は確かに危険ではあるものの、本来ならばそこまで恐れるような技ではない。

 確かに肉体はボロボロになるし、気を無駄とも言えるほど大量に消耗してしまうことで、しばらくのあいだ地獄を見ることになるのは事実だが――別に死にはしないのだ。

 しかも緋乃には微量とはいえ、常時発動型の再生能力が備わっている。故にそこまでのリスクを背負わず、この限界突破技を使用できる。

 ならば、なにが問題なのかと言うと。文字通りに、()()()()()()()()()という行為そのものが、緋乃にとっては大問題なのである。

 

「へぇ? 素の能力で負け、とっておきの異能も封じられておいて、まだそんな強がりが言えるなんてね。驚きだよ」

「強がり? 強がりなんかじゃないよ。わたしにはね、切り札がふたつあるんだ。まあ、本当はこんなところで使う気なんて無かったんだけど……いろいろと状況が悪いから、仕方なく使ってあげる」


 もちろん、弱い方の切り札をね。

 そう緋乃が口にした台詞を聞き、それまで緋乃を嘲っていた少年の眉が不快そうにつり上がった、その次の瞬間。

 緋乃の瞳孔が胡麻粒の如く急激に収縮したかと思うと、今度は十字型に裂けるかのように大きく広がり――。


「おおおぉぉぉ――っ!」

「なっ!? こ、これは……!?」


 またその瞳孔の変化と同時に、緋乃の纏う気も爆発的に増大。

 否、それだけではない。その緋乃が纏う気に時折、邪悪さを感じさせる黒い瘴気のようなものが混ざり始め。その圧力を前に、少年は冷や汗を流しながら一歩後ずさる。


「この禍々しい気……なるほど、これが妖力……。生物を殺すことに特化した力……」


 そう、緋乃にとって全力を出すという事は。それ即ち、普段は抑え込んでいた人外としての部分を完全に開放するということ。

 相手が正の気や霊力が効果的な妖怪であったため。また当時は内より溢れ出る破壊衝動を抑え込めなかったため。

 以前行われた大妖怪との決戦では使えなかった、緋乃の切り札そのいち。

 悪魔としての部分を前面に押し出した、より効率的に人間を殺す為の強化形態。


「ふふっ……言っとくけど、こうなったらもうわたし、手加減とか出来ないから。命乞いとか遺言があるのなら、先に聞いといてあげる」


 目の前の生意気な少年を殺したい。完膚なきまでに破壊し尽くし、その絶望に満ちた断末魔を堪能したい。

 気を完全開放したと同時に、胸の内から次々と湧き上がってくる攻撃的な衝動。

 今まで我慢し続けてきた反動だろうか。緋乃は予想よりもはるかに強かったその衝動に、一瞬で飲み込まれ――まあそもそも理奈や明乃の目が無い以上、元から抑える気はなかったのだが――その顔に嘲笑を浮かべる。


「ハッ。あまり調子に乗るなよ……。そんな単純な技、僕にだってできるに決まってんだろうが!」


 緋乃の煽りに対し、不機嫌そうな反応を返しながら少年もその膨大な気を一気に解き放つ。

 先の戦闘において、緋乃にも匹敵する量の気を見せつけた少年。その少年の限界突破もやはり凄まじく、解放された気が通路内部を荒れ狂う。

 だが、しかし。ほぼ互角だった先ほどまでとは違い、今開放されたその量は明らかに緋乃よりも少なかった。


「馬鹿な……!」


 本来ならば、気の保有量においても緋乃を上回っている自信があったのだろう。

 それが蓋を開けてみれば、緋乃に及んでいなかった。その事実を前にして、呻く少年。

 だが、それもそのはず。緋乃はこれまで、魂の変質がこれ以上進まぬようにと、人間としての力のみを使って戦ってきていたのだ。

 しかも、緋乃がこの技を使いこなせるようになったのは、本当につい最近の出来事。

 少年やその背後にある組織の計算から外れるのも、当然のことであろうというもの。

 

「形勢逆転、だね。で、なにか言い残すことは? ないならもう殺しちゃうけど、いいかな?」

「ぐ……。だが、気の大きさが、そのまま勝敗に直結するわけじゃない……!」


 自らを奮い立たせるかの如く、啖呵を切ると構えを取り、高めた気を肉体へと集中させる少年。

 それに対するは、嘲笑を崩すことなく自然体のまま立つ緋乃。

 睨み合う事、ほんの数秒。少年は雄叫びを上げながら、緋乃に対して一気に踏み込み――。








「ち……くしょ……」

「へぇ、そんなになってもまだ意識があるなんて。すごいすごい」


 緋乃の手刀、及び尻尾によって四肢を斬り落とされ、無様に倒れ伏す少年。

 少年は気で切断部位を覆うことで疑似的に止血をし、また緋乃の妖力による汚染を浄化することには成功していたものの――このまま放っておけば、死に至るのは確実。

 今すぐにでも上級の術師による治癒を受けた上で、病院に担ぎ込む必要があるのだが……しかし、今の攻撃衝動に支配された緋乃にはそのような気は微塵もなかった。


「わたしを舐めるからこうなるんだよ? 大人しく最初からひれ伏してれば、こんなことにはならなかったのにね?」

「ガッ……アア……!?」


 緋乃は倒れ伏す少年の背に尻尾を突き立てると、そのままぐりぐりと傷口を抉りながら少年をなじり始める。

 その口調は非常に楽しげなものであり、また緋乃の口元は大きく弧を描いていた。


「でもわたしは優しいからさ、もしお前がこの研究所のデータを全部よこすっていうのなら……助けてあげちゃうよ? さあ、どうする?」


 少年に対し、その命を引き換えにした取引を持ち掛ける緋乃。

 まあ、今の緋乃にとっては「助ける=トドメを刺さずに見逃してやる」という程度の認識であり、別に少年の命を救う気などは毛頭ないのだが。


「ぐっ……ふふっ……ははは……」


 そんな緋乃の内心を知ってか知らずか、背中から胴体を貫かれた少年が小さく笑い声を上げる。


「僕に、そんな権限が……あるわけ……ない、だろ……? もっと……考えて、ものを、いう事だね……」


 緋乃に現在進行形で傷口を抉られ続けている痛みを堪えながら、必死に口を開く少年。

 しかし、その少年の言葉を聞いた緋乃は、わざとらしく大きなため息を吐くと――少年へと近寄り、その頭を勢いよく踏みつぶす。


「グウゥ……!」

「あっそ。使えない奴だね、本当に。……まあいいや、じゃあ死ね」


 緋乃は落胆した様子を隠そうともせず、少年にとどめを刺そうとその尻尾を一度引き抜き。

 先端をドリル状に変形させると、勢い良く回転させ始めた。

 緋乃たち以外に誰もいない地下通路に、ドリルの回転音が響き渡る。


「ガハッ、ゴホッ……。ま、まあ、落ち着けよ……。もうすぐだ……もう少し待てば、面白いものが見られるぞ……?」

「面白いもの? へぇ、何が見られるっての?」


 ドリルの回転音が響く中、緋乃を引き留めようとする少年。

 命乞いをするわけでも無く、ただ面白いものと口にしたその少年の言に惹かれた緋乃は、トドメを刺すのをやめて少年に続きを促す。


「ハァ……ハァ……。申請は……通ってるな……よし、あと5秒……」


 ごろりと体を転がし、少年は仰向けになると、そのままカウントダウンを開始。

 緋乃は訝しみながらも、なにが見られるのかその期待に尻尾をうねらせながら、少年のカウントダウンへと耳を傾ける。


「2……1……受け取りな、僕からの、プレゼントだ……!」


 そうして、少年が笑いながら台詞を言い終えるとほぼ同時に。

 通路の奥、研究所の最深部から。また通路の横に並ぶ、研究室と思わしき場所から。

 一斉に、眩いばかりの光が漏れ出し――。

 森林の内部にひっそりと建てられた秘密研究所は、轟音と共にこの世から消滅した。

 その内部に、緋乃と少年。そして気絶したままの研究員や警備兵たちを抱え込んだまま。

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