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17話 苦戦

 そうして吹き飛んでいく少年を眺めつつ、この次はどう攻めるか、思案を巡らせる緋乃。

 しかし少年の次にとった動きは、緋乃の予想を超えていた。


「この……クソガキがァ――!」


 吹き飛んでいく少年は大きく叫ぶと、体の左右で両手を振り上げ――そのまま床目掛け、一気に振り下ろす。そうしてそれと同時に、両手から勢いよく気を放出。

 床に向かって特大の気弾を叩き込むと、その反動と勢いを利用して。

 吹き飛ぶ勢いを強引に殺しつつ、無理矢理に体を引き起こした。


「調子に――乗るなよ!」


 そうして体を引き起こした少年は、その身体能力に物を言わせて、緋乃目掛けて一気に突進。

 コンクリートの床にひび割れを残しながら、猛スピードで突っ込んできた。


「なっ……!」


 少年の突進に対し、思わず面食らってしまう緋乃。

 緋乃の予定では少年の動きに合わせて、こちらから突撃して攻撃を加えるつもりだったのだ。

 そのつもりで今か今かと踏み込みのタイミングを窺っていた緋乃にとって、この突進は予想外の一手。


「食らえッ!」

「こ、このっ……!」


 少年は勢いに乗ったまま、緋乃の顔面に向かって右拳を繰り出す。

 緋乃はこれを防ごうと左肘を合わせ、何とか受け止めるものの――受け止めた左腕に走る激しい衝撃と痺れに驚愕する。


(痛っ……なんて力!? くそぉ、ヒョロいくせに生意気な……!)


 いくら助走の勢いが乗っているとはいえ、想像以上のその破壊力に冷や汗を流す緋乃。

 そして、そんな緋乃の内心を感じ取ったのか。少年は嗜虐的な笑みを浮かべると、そのまま第二打、第三打と攻撃を繰り出してくる。


「オラオラァ! さっきまでの余裕はどうしたぁ!」

「くっ……!」


 少年の物言いに眉を顰めながらも、なんとかその猛攻を避け、または受け流し。

 できる限り受け止めないよう、緋乃は持ち前の直感と動体視力を駆使して連撃を捌いていく。


「こん、のおぉ――!」


 しかし、当然ながらそのような無理は長く続かない。

 限界を悟った緋乃は少年の連撃の合間を縫い、その腹部へと必死に蹴りを叩き込み――なんとか少年を引き剥がそうとするのだが。


「甘いわぁ!」

「カハ――ッ!?」


 そのような苦し紛れの一撃が通用するわけもなく。

 緋乃の蹴りはあっさりと少年に受け止められ、逆にその反撃として放たれた拳が緋乃の胸部へと直撃。

 緋乃は勢いよく背中から吹き飛んでいき、そのまま通路の床の上へ無様に叩きつけられた。


「こ……んのぉ……」

「ハッ、ずいぶん必死じゃないか。筋力(パワー)がない奴は大変だねぇ。ま、いくら凄くても所詮君は暗殺(タイプ)。純粋な戦闘(タイプ)である僕の相手じゃない」

(まさか、このわたしが押し負けるなんて……。悔しい、本当に悔しい。あと痛い……)


 拳の叩き込まれた場所を片手で抑えながら、よろよろと緋乃は立ち上がる。

 その表情は少年をきつく睨んではいるものの、左目からはぽろぽろと涙がこぼれ落ちていた。

 痛みと悔しさに顔を歪める、そんな緋乃を見て機嫌が戻ったのか。少年は得意気な表情を浮かべたまま緋乃を煽り始めた。


(スピードはこっちが僅かに上だけど、パワーは完全に負けてる。敵地だからと自重してたけど、このままじゃマズいし……仕方ない、こうなったら異能(ギフト)解禁だ。次にあいつが動こうとしたら、その瞬間に重力を反転させて、全力で蹴り飛ばしてやる……)


 緋乃はそんな少年の煽りを完全に聞き流しつつ、ここから逆転する為の策を練る。

 この状況から少年に対し勝利するために、緋乃の練ったその策とは異能(ギフト)

 今までは監視カメラなどを警戒して使用を制限していたのだが、スピードを生かせないこの狭い通路でパワー負けしている現状、もはや使用を躊躇っている場合ではない。下手に温存しようとすれば、負ける。

 そう判断したがゆえの異能解禁だ。


(あーあ。たぶん、監視カメラとかセンサーとかでバレちゃうんだろうなあ。緋乃ちゃん大失敗。さっさと外におびき出してれば、もうちょっといい感じに行けたかもなのに)


 むん、と気合を新たに緋乃は構えを取る。

 まだ諦めた様子を見せず、立ち向かってくる気満々の緋乃を見て、少年はやれやれと言わんばかりにため息を吐いた。


「まだやる気なのかい? この状況じゃあ、どうあがいても勝ち目はないってわかっただろうに……。データ通り、頭の出来はあまりよろしくないみたいだね?」

「うるさい……。ねえ知ってる? バカって言う奴が本当はバカなんだよ? つまりお前こそ真のバカ。バーカ、バーカ」


 少年の煽り文句に対し、緋乃は不機嫌そうに眉を吊り上げながら煽り返す。

 そんな緋乃に対し、少年は肩を竦めながらその口を開く。


「ハイハイ。自信満々なとこ悪いけど、君の考えを当ててあげようか? どうせ、こっちの初動を『重力操作』の異能(ギフト)で潰して、その隙に全力の反撃を叩き込む……なんて考えてるんだろう?」


 お見通しなんだよ、と緋乃の立てた作戦を見透かしたように口にする少年。

 その少年の言を受け。緋乃は思わず、驚きに目を丸くして言葉を失ってしまう。

 緋乃のその反応は、少年の発言を完全に肯定するものであったのだが――驚愕に脳を支配された緋乃は、生憎とそれに気付けなかった。


「なっ、えっ……」

「図星だったみたいだね。本当にわかりやすいねえ、君。少しはポーカーフェイスの練習でもしたらどうかな? ま、今更始めたところでもう遅いか。ハハッ」

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