16話 予想外
「――いやあ驚いた、結構やるじゃん? ちょっとだけビビっちゃったよ」
奇襲気味に放たれた緋乃の蹴り。気を開放した上でたっぷりと助走をつけ、その勢いを乗せて放たれた渾身の一撃。
しかしその一撃は、ギリギリのところで少年によって受け止められてしまっていた。
緋乃にも劣らない程の膨大な気を纏った少年は、胸の前で右手を下向きに構え、そして更にそこに左手を添え。
緋乃の振り上げた右足をガッチリと捕らえており――突進で得た運動エネルギーを使い果たしてしまった緋乃は、先ほどまでの状態から一転。片足立ちという、非常に不利な体勢を強いられていた。
「おやおや? あっさり受け止められたのが、そんなに予想外だったのかな? 可愛いねぇ……」
「くっ――! はな……せぇ……っ!」
緋乃の足を掴み、締め上げている少年の力は予想以上に強く、もがいて脱出するのは不可能。
また体勢も非常に不安定であるため、空いている腕で攻撃を仕掛けたところで無意味。
気を流し込んで起爆しようにも、自身にも劣らない程の気を纏っている少年には目くらまし以上の効果は望めない。
背後には自律兵器がその砲口をこちらに向けていることもあり、通常ならほぼ詰みに近い状態。
しかし、緋乃は普通の人間ではない。このような状態にあってもなお、致命の攻撃を繰り出すことができるのだ。
「し……ねぇっ!」
動きを封じられた緋乃が取ったのは、尻尾による攻撃。
緋乃は片足立ちの体勢のまま、大きく円を描くように尻尾を少年の側面へと回り込ませ――そのまま少年を串刺しにせんと勢い良く突っ込ませる。
「甘いんだよ!」
少年は迫りくる尻尾を横目で確認すると、素早く後方へと飛び退る。
緋乃と少年との間を、猛烈な勢いで尻尾が通り過ぎていき――そのまま通路の壁を粉砕。ちょうど二人の横にあった研究室へ、新たな出入り口を作り上げた。
「ハ、この間抜けが。吹っ飛びな!」
ギリギリのところで緋乃の尻尾をかわした少年は、そのまま緋乃に対して嘲りの声を上げる。
少年が飛び退いたことで射線から外れたからか、それとも少年が指示でも送ったのか。
それまで緋乃の背に狙いを定めつつも、沈黙を保っていた自律兵器。その主砲がついに火を噴いた。
少年に捕らえられていた脚を下ろし、体勢を整えている際中の緋乃の背中に向かい、大口径の砲弾が発射され――。
「だれがっ!」
しかし、自律兵器への警戒を怠っていなかった緋乃はこの攻撃を即座に察知。その身体能力に物を言わせ、無理矢理跳び上がることでこれを回避した。
天井スレスレにまで跳び上がった緋乃は空中で体を逸らし、自律兵器の位置を素早く確認すると、そのまま間髪入れずに尻尾を操作。
壁を突き破って通路横の研究室へと飛び込んでいた尻尾が、自律兵器のすぐそばの壁を再び突き破ってその姿を現し――その勢いのまま、空中の緋乃に狙いを定めていた自律兵器を側面から貫いた。
「まぬけだーっ!」
自分を狙っていた自律兵器を破壊した緋乃はそのまま――理奈が突然消えたことでエラーでも起こしたのか、その動きを停止していた――もう1台の自律兵器も尻尾で貫くと、そのまま大きく尻尾を振り回す。
その動きにより発生した遠心力に従い、2台の自律兵器の残骸が勢いよく尻尾から放り出される。
残骸が飛ぶその先には、余裕の笑みを浮かべた少年が立っており――。
「二枚抜きかぁ、結構やるじゃん……!」
緋乃の尻尾さばきに感心する少年目掛け、猛スピードで投げつけられた自律兵器の残骸。
いくら屋内用に小型化されているとはいえ、それでも多々の火器を備え付けられたその重量は相当なもの。直撃すれば、たとえ格闘家であってもただでは済まないだろう。
しかしその光景を見てもなお、少年の余裕は崩れない。口元に笑みを浮かべたまま、軽く腰を落として拳を構える。
「ウラァ!」
気合いと共に放たれた少年の拳が、自身へと飛んでくる自律兵器を粉々に打ち砕く。
砕け散った金属片に、内部に収まっていたネジやコンデンサーなどといった様々な部品。それらが勢いよくぶち撒けられ、宙を舞う。
パラパラと落ちていくそれらの破片を前に、少年が満足気に息を吐いた次の瞬間。少年の心臓を貫かんと、破片の隙間を縫って緋乃の尻尾が飛来する。
拳を放った直後の一瞬の隙。その隙を狙い、いまだ宙にある緋乃が繰り出したのだ。
「おおっと!?」
明確に殺しに来ているその一撃を見て、少年はぎょっとした顔をしつつ、大慌てで体を捻った。
少年の胸元を、尻尾の先端に付属した刃が掠める。ボディーアーマーに鋭い傷跡が刻まれ、少年の肌を薄く裂く。
少年に回避された緋乃の尻尾は、そのまま勢いよく少年のすぐそばの床へと突き立ち、轟音を響かせる。
紙一重で緋乃の尻尾を回避した少年は、その際に発生した衝撃波で体をよろめかせ――。
「てりゃああぁぁ!」
「しま――ゴッ!?」
そこに今度は、緋乃本体が超高速で突っ込んできた。
足首に尻尾を巻きつけ、その伸び縮みする力を最大限に利用した飛び蹴り。緋乃命名、流星脚が少年の胸部へと炸裂。
緋乃の履くブーツの底面が、メキメキとボディーアーマーへとめり込んでいく。
(よし、殺った!)
ブーツ越しに伝わるその感触より、緋乃は勝利を確信。
このままボディアーマーを粉砕し、その勢いのまま心臓も潰してやろうと、緋乃はより一層の力を右脚に込め――あと一息。あと一息で心臓を踏み抜けるというところまではいったものの、結局ボディアーマーを抜くことはできず。少年の身体が後方へと吹き飛んでいってしまった。
(ちぇ……。仕留めきれなかった、か。わたしの蹴りでも抜けないとか、思ったより硬いね。あのアーマー)
着地した緋乃は背中から吹き飛んでいく少年を眺めつつ、伸びに伸びた尻尾を元の長さへと戻していく。
通路の壁に開けた2つの穴を経由し、シュルシュルと縮み、巻き取られていく尻尾。
不自然な状態にあった器官が、元のあるべき状態へと戻っていく。その心地良い感覚に眉を緩める緋乃。
しかし、緋乃がそうして気を抜いた瞬間。吹き飛んでいた少年がその首を持ち上げ、ギロリとした視線を緋乃へと向けた。
「――ッ!」
これまでの余裕と侮りを含んでいた視線とは違い、怒りと殺意の籠められた視線。
籠められた殺意の大きさから、その視線を向けられた緋乃は思わず怯んでしまうが、すぐに気を取り直すと構えを取る。
このまま吹き飛ぶと、あの少年は通路の壁に斜めから突っ込んでいくことになる。
壁にめり込んで動きが止まるのなら、もしくは壁に弾かれて通路に転がるのなら、このまま思いっきり助走をつけて蹴りを叩き込む。
壁を突き破って、隣の部屋に転がり込むのなら……まあ敵地だし、いちおう様子見で。
(……いや、むしろ変な仕掛けや増援がありそうなここで戦闘続行するよりも、いちど外まで撤退して仕切り直した方が賢い系? ……別にさっきの視線にびびった訳じゃないけど。別にびびった訳じゃないけど)




