15話 地下での決闘
少年に導かれるまま、研究所の奥へと向かい通路を歩む緋乃と理奈。
二人の背後には自律兵器がそれぞれ一機ずつついており、鈍く輝く砲門をその背に向けていた。
「それにしてもあれだね。退屈しのぎの、ちょっとしたお遊びとして情報を撒いてみたら……まさか君が来てくれるなんて。いやあ、これは嬉しい誤算だよ」
後方を歩む緋乃たちに対し、ちらりと顔だけを振り返らせつつ、言葉をかける金髪の少年。
しかし朗らかなその口調とは裏腹に、その顔には緋乃たちを見下した様な笑みが浮かんでいた。
「君を倒して捕まえれば、その功績で僕は更に上に行ける。今よりももっと我儘が効くようになるし、更なる強化手術や専用の装備だって手に入るんだから」
「大した自信だね。改造人間だか何だか知らないけど……真正面から戦って、このわたしに勝てるとでも?」
笑いながら語られた少年の言葉を受け、緋乃は不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「もちろん。君の戦闘データは全部見させてもらった。夏の事件から、君本来の素のスペック。そしてつい先日に得た、肉体変質後の君のデータ。全部把握したうえで言ってるんだよ」
(つい先日、ね。ということは、あのデカい妖怪を倒した時のデータは無い感じ……? そういえば、理奈の魔法も妨害したりできないみたいだし、科学には強くても魔法系列の力には弱いのかな?)
怒りにこめかみをヒクつかせながらも、内心で少年の言葉より得られた情報を整理する緋乃。
研究所を隠していた、自身の眼でも捉えられないレベルの光学迷彩。
理性が吹き飛ぶというデメリットこそあるものの、軍や警察で使用されているものとは段違いの効果を発揮した肉体強化薬。
違法な研究を繰り返しているというだけあって、彼らの技術力は表側のそれを凌駕するようだが――やはり研究所の外で理奈が言った通り、ジャンルが違うからなのか。
魔法やら退魔の術のような、科学の外側にある力のことまでは把握しきれていない様子であった。
『ねえ緋乃ちゃん、このままこの人に着いてくの? 広いとこで戦おうとか言ってるけど、ぜったいに罠とか仕掛けられてるよ……?』
そうして緋乃が思考を巡らせていると、理奈が念話で語り掛けてきた。
緋乃は前を歩く少年に気取られないよう、なんでもない風を装いつつ、その念話に返答をする。
『まあ、多分あるよね。正々堂々戦おうとか言ってるけど……追い詰められたら、なんか言い訳しながら卑怯な手を使ってくる気がする。特にわたしは嗅覚が死んでるから、毒ガスとか催眠ガスを撒かれても気付けないし……』
『でしょ? このままついてくのは危険だし……ってことで緋乃ちゃんへ私から提案が1つあります。……ここは逃げちゃわない?』
『逃げる? 逃げるって……どうやって?』
理奈からもたらされた逃走すべきという提案に対し、緋乃は疑問を返す。
自分一人ならまあ、この状況からでも砲弾を避けるなり受け止めるなりで対処して、そのまま壁をぶち抜いて地上へと逃げることは出来るだろう。
目の前を歩く少年の戦闘力は未知数だが……それでも、彼が知っているのはつい先日に繁華街で得たデータのみ。
実際に自分が本気で戦ったところを見たわけではないのだ。ならば、なんとかなるだろう。
もし少年が予想以上に強くて、なんとかならなかった場合でも――上着のポッケに放り込んである最終手段を使えば、間違いなく切り抜けられるハズだ。
そう。特に守るものの無い、自分一人の状態ならば。
『実はね、この研究所に入る前、外にマーキングをしておいたんだ。転移魔法のマーキングをね』
『転移魔法? でもそれって、実戦じゃ使えない大道芸みたいなものだって言ってたような……』
緋乃は以前に理奈から聞いた、転移魔法についての説明を思い返しながら口を開く。
転移先にマーキングが必要な上に、そのマーキングも持続時間が短い。
更に消耗が激しいくせに大した距離を移動できないので、ロマンはあるけど使い道があまりない魔法だと理奈は語っていた。
『うん。消費魔力がヤバいくらい多いからね……。魔力を温存してきた今の状態でも、一度使えばスッカラカン。頭クラクラ気絶寸前まで行っちゃうね。でも、この状況を脱することはできる。緋乃ちゃんだけでも、外に逃がすことが――』
理奈が念話でそこまで言ったのを聞いた途端。
緋乃のまなじりがつり上がると、同時にその身体から怒りの闘気が一気に溢れ出てきた。
「おおっと……!? ここでやろうってのかい!? 気が短いとは聞いていたけど……!」
緋乃の異変を察知し、少年は慌てて距離を取りながら戦闘態勢を取る。
しかし緋乃は構えを取る少年を一瞥すると意識を理奈へと戻し、そのまま理奈に対して怒りの念話を叩きつける。
『なに寝ぼけたこと言ってんの? わたしを逃がす? こんなとこに理奈を置いて、一人だけ逃げろって?』
『ひ、緋乃ちゃん……? めっちゃ顔が怖いんですけど……? あとなんかオーラが凄い漏れてる! あの男の人、めっちゃ警戒してるぅ……!』
軽く涙目になりつつ、念話の中で情けない声を上げる理奈。
『うるさい……。いろいろと言いたいことはあるけど……話は後。転移魔法が使えるのなら、理奈は今すぐここから脱出して。わたしもすぐ追いかけるから』
緋乃はそんな理奈に対し、そのまま強い口調で、一方的に自分の要求を叩きつけた。
理奈がここから逃げられるというのなら、もはや気にするものは何もない。
目の前にいる生意気な少年を叩きのめし、悠々とここを脱出すればいいのだから。
『で、でも緋乃ちゃん――』
『わたしなら問題ない。あいつも認めてたでしょ? わたし一人ならどうとでもなっただろうねって。……理奈が逃げたら、わたしもすぐ逃げるからさ』
緋乃を一人残すことに、理奈は当然の如く難色を示す。
緋乃はそんな理奈から目線を外すと、構えを取る少年に対して向き直る。
これ以上理奈と念話をしていると、こちらの作戦を読まれかねないからだ。
……まあもっとも、既に少年が訝しげな目を向けてきているあたり、こちらが念話で作戦会議をしているということはバレているのだろうが。
『うぅ、でも……』
『だいじょうぶだよ、理奈。わたしは天才だから、この程度は余裕だって。……それとも理奈は、私が信じられないの?』
『その言い方はずるいよ緋乃ちゃん……』
緋乃の言葉を受けた理奈は、渋々といった様子でため息を吐き――。
『わかった、でも約束してね? 無茶はしないって。……あと、人殺しはダメ、ゼッタイだよ?』
『うん、まかせて。じゃあ後でね、理奈』
念押しをしてくる理奈に対し、軽く苦笑しながら返事をする緋乃。
理奈はそんな緋乃の返事を聞くと、微笑みながらその姿を消すのであった。
「なっ……消えた!? 馬鹿な、どのセンサーにも反応が――」
幻術などで隠れることは想定内であったとしても、流石に空間転移までは予想外だったのか。
理奈の反応が研究所内から消失したことに対し、慌てた様子を見せる少年。
そしてほんの一瞬。ほんの一瞬ではあるものの――少年の意識が自分から外れたことを確認した緋乃は、好機とばかりに両脚へと力を込め。そのまま弾丸のように一気に飛び出した。
「シッ――!」
自律兵器に搭載されている主砲、その射線の延長線上に少年を置いたのが功を奏したのか。
背後から砲撃が飛んでくることは無く――仮に飛んできた場合は回避して少年への攻撃として利用するつもりであったが――少年との距離を瞬時に詰めることへ成功した緋乃は、その勢いのまま右足を全力で振り上げる。
顎を下から一気にかち上げて、一撃のもと少年の意識を消し飛ばすのが狙いだ。勢い余って殺してしまうかもしれないが、まあ死んだら死んだでその時だ。
理奈や明乃とは違い、自分は赤の他人……それも敵の生死に心を動かされるほど、お人好しではないのだから。
「なっ――!」
(もらった……!)
驚きに目を見開く少年に対し、緋乃の放った渾身の蹴りが迫り――。
めっちゃ投稿遅れてすいませんでした!
言い訳をさせてもらうと、ちょっとスランプ状態でした。プロでもないのに何がスランプだと仰られたらその通りなのですが、ここまで書けなかったのは初めてです。
投稿は遅れるかもしれませんが、エタらせるつもりはないのでお付き合い頂ければ嬉しいです。




