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12話 探索

「進んでも進んでも木、木、木。いつまで経っても似たような光景だし、地面はでこぼこしてて地味に歩きづらいし、虫は勝手にわたしの視界に入ってくるし……。なんかうんざりだね」

『だから最初に言ったのに……。いくら緋乃ちゃんでも山は大変だろうから、私が抱き抱えて一緒に飛ぼうかって』


 緋乃たちの住む勝陽市から、電車で一時間ほど離れた場所にある森林地帯。

 道なき道を歩む緋乃がふと漏らした愚痴に、その上空をステルス状態で飛行する理奈が反応。緋乃が左手に嵌めている魔法受信体である指輪を経由し、呆れ半分といった様子の念話を返してきた。


『というか……秘密研究所とやらを探すのなら、私だけでもよかったんじゃ?』

「いやいや。わたしの都合に理奈を巻き込んどいて、それを丸投げするってのは流石に……ねえ?」


 続けて理奈から送られてきた念話に、今度は緋乃が反論する。

 緋乃と理奈の二人は現在、冬休みということを利用して、恭二たち管理機構の掴んだ情報――この森林のどこかに、犯罪結社ユグドラシルの隠し研究所がある()()()()()()という情報を追っていた。

 ちなみに理奈がこの場に同行しているのは、武力以外はからっきしであるという自覚のある緋乃が泣きついた結果である。


『私は気にしないからいいのに〜』

「わたしが気にするの。……それにもしかしたら、見つかって戦闘になるかもしれないんだしさ」

『心配性だねー。言っとくけど、科学的なスキャンじゃ私のステルスは見破れないよ? ジャンルが違うもん。あとそれに、私だって足手纏いにならないよう、鍛え直したんだからね!』


 捜索は自分に任せて、緋乃は待っていればいいと言う理奈。

 そんな理奈に対し、緋乃は自分なりの理由を告げるものの、理奈はそんな緋乃の心配を笑い飛ばすかのように明るい声を出す。


「それはまあ、知ってるけど……。……まあともかく、理奈一人に任せるのも、理奈に抱えてもらうのも無し! 理奈の魔法こそが今回の探索の要なわけだし? 余分な魔力を使わせちゃうのは不味いでしょ。少しだけならともかく、長い間わたしを抱えて飛ぶのは疲れるでしょ?」

『まあねえ。確かに緋乃ちゃんは余分な肉がついてない無い分、抱き心地に関しては完璧とは言い難いかもね。でもその代わりに、お肌はすべすべで手触りは最高だし、いい匂いもするからトータルでは――』

「……何の話をしてるのよ。やっぱり下歩いて正解だったね。無意識に正解を選び取ってしまうとは、さすがわたし。さすわた」

『がーん。負担を一方的に押し付けてる負い目から、何されても断れない緋乃ちゃんにあんなことやこんなことをする計画がぁ……!』


 互いに互いを心配していたはずが、気づけばいつも通りの雑談を繰り広げていた二人。

 どちらからともなく小さな笑い声が上がり、それに合わせて緋乃の心も晴れやかな物へとなっていく。


「ところでどう? 何か怪しい建物とか見えた?」

『ぜーんぜん。あんまり街から離れすぎると、補給や建設的な意味でも大変だと思うから、もうそろそろあってもよさそうなんだけどねー』

「そっか……」


 それなりの距離を移動したのだし、そろそろ何かあってもいいんじゃないかなと思った緋乃は、ほんの僅かな期待を込めて理奈に念話を飛ばす。

 しかし残念ながら、理奈より帰ってきた言葉は否。

 その返事を受けた緋乃は、ジャケットからスマホを取り出すと現在時刻を確認し、そのまま数秒ほど考え込んだ後に口を開く。


「もっと奥の方にあるのか、それともただのガセネタだったのか。とりあえず、もう13時だし……あと30分ほど進んで、それでも見つからないなら今日のところは帰ろっか」

『りょーかーい』


 その後も緋乃は、獣道すらない未開の森の中を、理奈の先導に従って歩き続ける。


「でね、明乃はそのギガ盛りMAX昇天丼を食べきったんだけど……写真撮影の後、そのまま笑顔で『第二ラウンドいいかしら?』とか言い出してね?」

『あはは、そりゃ店長さんも引くよねー。というか、明らかにオーバーサイズの量を平然と収める上に、微塵も出っぱらない明乃ちゃんのあの腹はどうなってるんだろうね……』


 地面から飛び出た木の根や、常人ならば諦めて迂回するであろう急斜面を軽快に飛び越え飛び降り。


「そこで相手チームの頭がなんか急にキレてね。チェーンぶん回しながらバイクで突撃してきたの。まあ普通に蹴りと尻尾を叩き込んで、木っ端微塵にしてやったんだけど。そしたらさ――」

『あ、あはは……怪我じゃなくて、相棒のバイクが爆散したことへの涙ね……。というか頑丈だねその人たち……』


 尻尾をアンカーとして崖上の木に撃ち込むことで、それなりに高低差のある切り立った崖を雑に越え。

 理奈ととりとめのない話をしながら歩み続ける緋乃の前に。突如として、そいつは現れた。


〈フゴ!?〉

「お、ホーミング生肉発見伝」


 全身を黒い毛で覆われた、背の低い四つ足の獣。これといって何の特徴もない、ただの猪。

 恐らくは餌でも探していたのだろう。体長160cm程度のその猪は、木々の隙間からぬっと姿を現した緋乃を見て、驚いたかのように鳴き声を上げ硬直する。


『どうかしたのー? なんかあった?』


 急に足を止めた緋乃に対し、理奈が疑問の声を上げる。


「野生のイノシシみっけた。めっちゃキョドっててウケる」

『へー、ずいぶんと鈍臭い個体だね……。緋乃ちゃん、ふつーに音立てて移動してたでしょ?』

「うん。だから普通なら寄ってこないと思うんだけどね。人間さまの強さと怖さを知らないのかな?」


 獣としてみれば大型の分類に属するその肉体は、生半可な牙や爪などでは傷ひとつつかず。

 ひとたび腕や足を振るえば、自身より巨大な獣どころか、巨大な岩や木すら粉砕する。

 気の扱い方を身に着けた人間は、まさにこの地球における絶対王者。人間以外のあらゆる動物にとっての恐怖の象徴。

 故に、野生の獣は人間に決して近寄ろうとしない。人間の姿や気配を察知したとたんに、全力で逃げていくのだが……天敵に至近距離まで近づかれたことに混乱しているのか。

 その猪は、周囲をきょろきょろと見回したりと挙動不審な様子を見せつつも、なかなか逃げるそぶりを見せようとしなかった。


「……なんか威嚇してきてるんだけど。いくらなんでもナマイキすぎない?」


 しかもそれどころか、緋乃を威嚇するかのように背中の毛を逆立てて、唸り声まで上げる始末。

 最初は猪の混乱する様子を眺めて笑っていた緋乃も、これにはキレた。

 薄汚くみすぼらしい獣風情が、万物の霊長たる人間様に。その中でも上から数えた方が早いであろう戦闘力を持つ、このわたしを威嚇? ふざけてる、許せない。絶対に許せない。

 緋乃の顔から一切の表情が抜け落ちていき、衣服や素肌を守るために纏っていた気が、より一層大きなものへと――戦闘用のそれへとなっていく。


「……ころそ」


 緋乃の変化を感じ取ったのであろう猪が、怯えた様子でその身を跳ねさせるが、時すでに遅し。

 今更そんな態度を取ったところで、緋乃の行動は変わらない。無礼な弱者には死あるのみ、だ。


(ま、来世ではこの反省を生かして、人間さまには絶対に近寄らないことだね……!)


 そうして緋乃が無礼な態度を取った猪を始末すべく、全身に気を漲らせながら一歩踏み出したその瞬間。


『えー、見逃してあげなよ緋乃ちゃん。可哀想だし……なにより、野生とかばっちいよ?』


 理奈が念話で割り込みをかけてきた。


「むう……。確かに、言われてみれば汚いね……」

『でしょ? それに、無益な殺生はよくないって言うじゃない?』

「……運が良かったね。ほら、どっかいけ」


 自身を諫める理奈の声に従い、猪を見逃すことにした緋乃。

 緋乃は知性に乏しい猪にも理解できるよう、伸ばした尻尾をこれ見よがしに引き絞ると、猪の真横の木へと撃ち込みこれを貫く。

 その光景を見て、猪も圧倒的な力の差について理解したのであろう。

 緋乃に対し背中を向けると、一目散に逃げだしていった。

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