10話 事情の説明
放課後、理奈の自室に明乃と緋乃、そして理奈の三人は集合していた。
理奈から先日の事件について、魔法使い側の現状況について説明したいとの申し入れがあったためだ。
魔法について全くの情報を持っていなかった明乃と緋乃はこれを二つ返事で了承し、現在に至る。
「つまり、魔力ってのは大雑把に言うと精神のエネルギーと……なんて言えばいいのかな。そう、大気に満ちる世界そのものの生命力というか、武術で言う外気? 的なそんな感じのアレを混ぜ合わせたものなの。体内魔力っていう、自前の気に精神力を練り込んだ、気の亜種的なものもあるんだけど……そっちは非主流派でね? そんで、魔力ってのは純粋な生命エネルギーである気に比べたら出力は低いんだけど――」
「う、うん? なるほど?」
「理奈理奈、緋乃がついてけなくなってる。緋乃は長い話を聞けないんだから手短にしなきゃ」
「あ、ごめんね緋乃ちゃん。私も説明とかニガテだから……」
「いやわかるし。ぜんぜんついてけるし」
「ホントか~? 目線が浮ついてるぞ~?」
明乃と緋乃は理奈から簡単な説明を受けていたのだが、途中から緋乃の頭が煙を吹き始めたので休憩をはさむことにしたようだ。
水分補給用にと出されたアイスティーのグラスを傾けながら、緋乃が大きく息を吐きながらぼけーっと窓から外の景色を見やる。
そんな緋乃を横目に、明乃と理奈は情報の共有を引き続き行っていた。
「昨日緋乃ちゃんを襲ったのは、犬飼って一族の関係者だと思う。使い魔の犬を前衛にして、本体の魔法使いは後衛として動くのが基本スタイルの連中ね」
「犬の使い魔って珍しいの? 強くて従順だし扱いやすそうだと思うんだけど」
「犬の使い魔は別に珍しくもないんだけど、わざわざ人間型にして格闘させるなんて面倒なことをするのはあいつらぐらいだよ。地味に高等技術だしね」
理奈の説明を受けた明乃が、ふんふんと興味深そうに頷いた後に新たな疑問を口にした。
「なるほど。ところで、なんで緋乃が襲われたの? やっぱり人身売買とか?」
「ごめんね、そこら辺はまだなんとも……。でもそうだね、緋乃ちゃん可愛いし、細くて小柄だから誘拐しやすそうだし。あと隣を歩いてた赤くてデカいのに比べたら弱そうに見えちゃうし、その線だとは思うかな……」
からかうように放たれた理奈の言葉を耳にした明乃の額に、小さく青筋が浮かぶ。
そうしてそのまま明乃は理奈の顔へと手を伸ばし――。
「は? 明乃ちゃんはどこからどう見ても美少女なんですが? ご近所さんからもアイドルみたいって大評判なんですが?」
「いふぁい~。ふぉめんなさい~。ふぁやまるはらふるひへ~」
「楽しそうなところ悪いけど、思い出した。そう言えばあの犬人間、戦う前に力を示せとか言ってた」
「力を示す……? ってことは目的は誘拐じゃない?」
明乃が理奈の頬肉を摘み、むにむにと引き延ばしてじゃれ合っているすぐ横に緋乃がひょいと顔を覗かせて口を開く。
緋乃の発言を受けて明乃は即座に理奈の頬から手を放し、自身の顎に手を添えて考える素振りを見せる。
そうして明乃と緋乃が考え込んでいるところに、理奈は開放された自身の頬を両手で撫でながら己の意見を述べた。
「力を示せってことは戦闘力を見定めるのが目的だったんだと思う。んで、わざわざ喧嘩を売ってまで戦闘力を調べるとなると……。新しい術式の実戦での確認、洗脳して手駒にする、人体実験のモルモット、なんかの儀式で使う生贄。パっと思いつくのはこの辺かな……」
「!?」
「はあ? モルモットとか生贄とか……ふざけんじゃないわよ……!」
深く考えず、ただ適当に思いついた可能性を口にしたのであろう理奈。
しかし、その理奈の発言をを聞いた明乃が怒りを露にし、緋乃が不安そうな眼差しを理奈へと向けたことで自身の失敗を悟ったのか。慌てて緋乃へのフォローを開始する理奈であった。
「ああうん、落ち着いて明乃ちゃん。ただ思いついた可能性を適当に上げただけだから、まだ決まったわけじゃないから。ほら緋乃ちゃんも怯えないで」
「べ、べつにおびえなないし? 一気にこう、過激になって、驚いただけだし」
理奈からのフォローに対し強がりで返す緋乃であったが、呂律が怪しいことや不安そうな眼差しがそのままだということを鑑みると、理奈の上げたワードは緋乃の心に相当深く刺さったようだ。
その緋乃の反応を見て、理奈が続けて口を開こうとするが――。
「大丈夫よー緋乃ちゃん。私たちがいる限り、そんな真似は絶対にさせませんからね」
理奈が口を開くよりも先に理奈の部屋のドアが開き、入ってきた理奈の母親が緋乃を励ます。
その手にはアイスティーの入ったポットとお菓子の皿が載せられた木製のお盆が握られており、娘のとその友人たちにお茶のおかわりとお菓子を持ってきたことが伺える。
恐らくは部屋の前で三人の話し声が聞こえてきて、その会話の内容から緋乃が怯えているのを察したのであろう。
「そうだよ緋乃ちゃん、お母さんの言う通り。水城って魔法使いの中じゃけっこう有名でね、勝陽にいれば絶対安心だから! あと自分で言うのもなんだけど、私も結構優秀なんだし!」
「ふふっ、そっか。ん、頼りにしてる」
えっへんと胸を張る理奈とその母を目にして緋乃の顔に微笑みが浮かび、それを見てうんうんと満足そうに頷く明乃。
理奈の母親はそのまま理奈に対しどこまで話が進んだのかを確認すると、満足気に頷いた後に再び部屋の外へと出て行った。
「とりあえず今日明日で術式込めて、緋乃ちゃんのアミュレットは仕上げるから。だから土曜日! 土曜日にもっかい会えるかな?」
「ん、問題ないよ。どうせヒマだし」
「あたしもヒマだし一緒に来ていい? そのまま三人で遊んじゃおうよ」
理奈と緋乃の会話に、シュバっと勢いよく挙手をした明乃が割り込んできて提案を行う。
明乃のその提案を受けた理奈は笑顔を浮かべながら頷き、その提案を受け入れた。
「いいよいいよー。じゃあどうする? せっかくだし外行かない? 駅前に新しい店がオープンしたし、三人で行こうよ」
「駅前行くならわたしゲーセン行きたい」
「またゲーセン? まあいいけど、好きだね緋乃も。ところで土曜って晴れだっけ?」
ゲームセンターへ行きたがる緋乃に対し、ほんの少し呆れたような表情を浮かべながらも許可を出す明乃。理奈からも特に文句はないようで、反論は出てこない。
ここまで予定を決めた時点で、ふと肝心の土曜日の天気を調べていなかったことに気が付く明乃。
明乃の声を受けて、理奈がスマホを手早く操作し、お天気ニュースアプリを起動。土曜日の天気を確認する。
「晴れだよ~。晴れ晴れ~。じゃあ土曜日に……どこ集合にしよっか。南口の時計台でいい?」
「ん」
「いーよー」
天気が晴れであることを確認した理奈は、それを声に出して明乃と緋乃に伝え、そのまま集合場所の提案も行う。
理奈からの提案に対し、緋乃も明乃も即座に頷いてそれを受け入れた。
「じゃあ場所は時計台で、何時にする? 午前中に集まって、向こうでご飯食べてもいいし、食べてから集合でもいいし……」
「せっかくだし皆で食べようよ。緋乃もそれでいいでしょ?」
「ん、そうだね。せっかくだしみんな一緒がいい」
「ん~、じゃあ11時とかどうかな?」
「異議なーし」
「おなじく」
遊ぶ場所と集合場所が決まれば、最後は集合時間だ。理奈が音頭を取って二人の意見を集った結果、午前中に集合して三人で昼食を共にすることが決定した。
店はまだ決めてはいないが、駅前には飲食店も多いのでその時の気分や開店状況を見てからで問題ないだろうという判断だ。
最後に音頭を取った理奈が三人を代表し、最終確認のため、これまでの話し合いで決定した予定を声に出す。
「よーし、じゃあ朝11時に駅前、南口の時計台に集合ね!」
「アイアイサー」
「りょーかーい」
それぞれスマホを取り出して弄り、予定表に今決定した遊ぶ予定を書き込む明乃と緋乃。
その後も明乃と緋乃は理奈から魔法について聞いたりその実演を見たり、折角集まったんだからと三人でゲームを楽しんだり、門限ギリギリまで理奈の家へお邪魔しているのであった。