1話 悪夢からの目覚め
時刻は深夜。雨の降る中、人気のない道路にて、一人の男が数体の怪物と戦っていた。
ギラギラと不気味に輝く瞳を持つ、狼のような頭部。発達した鎧のような筋肉を纏う四肢。ナイフかと思えるほど発達した分厚くて鋭い爪。
まるでゲームや漫画の世界から飛び出してきたかのような、そんな怪物たちを相手に男は拳を、足を振るい――驚くほどあっさりと、これを殲滅した。
男は今でこそただの会社員だが、かつては世界最強の座を目指して、厳しい修行を積んでいた格闘家であったのだ。
怪物たちを殲滅したことで、ホッと一息を吐く男。
しかし、男が油断したその瞬間。突如、男の胸から一本の腕が生えてきた。
恐らくは、怪物を男にけしかけた黒幕か、その関係者だろう。
気配を消してこっそりと忍び寄ってからの、背後からの貫手。それが、男の胸から生える腕の正体だ。
胸のど真ん中を貫かれた、その衝撃と痛みに目を見開き、血を吐く男。
そうして心臓を潰された男は、そのままゆっくりと倒れていき――。
「!?」
電気の消えた暗い部屋の中、ベッドに寝ていた少女が飛び起きる。
幼い顔立ちをした、青い瞳に腰の辺りまで届くだろう長い黒髪が特徴的な小柄な少女だ。
少女は興奮した様子できょろきょろと周囲を見回し、そこが自室であることを確認すると――ほっと息を吐いて、ベッドに仰向けで倒れ込む。
(夢、か……)
輪廻転生。一度死んだ者がまた新たな生命として生まれ変わるという仏教の教え。
あの雨の日に死んだ男は、前世とよく似たこの世界に再び生を受けた。何故か記憶を保ったまま、前世とは異なる性別で。
姓は不知火、名前は緋乃。1月15日生まれの12歳。父親はいないが、優しい母・優奈と隣に住むお節介な幼馴染・明乃のおかげで寂しいと思ったことは一度もない。
(久々……だな……。死ぬときの……記憶……)
ベッドに寝転がり、天井をぼんやりと見つめながら緋乃は考えを巡らせる。
二度目の生を受けてからはや12年。
物心ついた当初は少々困惑したが、前世から元々切り替えが早いタイプの人間だったのもあり、二度目の生に関しては普通に受け入れた。
獣や虫ではなく、再び人として生まれることが出来たんだ。性別なんてそれに比べれば些細な問題でしかない、と。
(前世の記憶、か……。もう、かなり忘れちゃったなぁ。やっぱりメモにでも残しておくべきだったかな?)
そんな考えだからかろうか、前世の記憶に関してはもうかなり朧気だ。前世の名も顔も、自他問わずほとんど忘れてしまった。
気の練り方やその運用方法みたいな、現在進行形で役立てている知識や――その逆にどうでもいい知識に関しては不思議と覚えていたりするのだが。
(まあいっか。重要なことは覚えてるし、それに……)
いや、記憶の大部分は失ったが、それでも。
それでもとある衝動だけは、今でも決して消え去ることなく緋乃の胸に残り続けている。
――強くなりたい。誰よりも。
今度は、今度こそは卑怯な不意打ちなんかに負けたりしない。返り討ちにしてやる。
「…………」
緋乃は無言のまま手のひらを顔の前まで持ってきて気を込める。すると、手のひらが薄い白光に包まれる。気を運用した際に現れる光だ。
(身体能力は前世とは比べ物にならないほど低い。まあ女の子だし仕方ないよね。でも……)
それなりに鍛錬を積んできた成人男性と、まだ体の出来上がっていない女子中学生。差なんて考えるまでもない。
だがしかし、それを覆すモノをこの身体は持っていた。
(気の量も質も、前世とは比べ物にならない。生命エネルギーである気がこの体のどこにこれだけあるのかは不思議だけど……まあ天才とか言う奴だろう、きっと。流石わたし)
驚くべきことに、緋乃の肉体はこれといった鍛錬を積んでいないのにも関わらず、前世を遥かに超える膨大な気を秘めていたのだ。
もし前世の記憶が無く、気を操る術を知らなかったのなら――間違いなく身体を壊していたであろうと思わせるほどの膨大な気だ。
(もしかしたら、この気を制御するために肉体が魂の記憶を呼び起こしたとか? うん、なんかありえそう。我ながらいい線行ってるんじゃ?)
実際にほんの少しだが壊れているのだ。これ以上の自壊を恐れた肉体が、大慌てで記憶をサルベージしたという可能性もありえなくはないだろうと緋乃は考える。
(気で増幅すれば筋力は補えるとして、問題は耐久力……。これも一応は気で補えるけど……まあ、受け流しと回避の技術を磨いて対処かな。幸い、受け流しは得意な方。それに……)
軽く頭を振ることで気を取り直してベッドから起き上がった緋乃は、パジャマ姿のまま部屋の中央に立つ。軽く目を閉じて深呼吸をし、完全に息を吐き終えると再び目を開く。
(この、新しい力がある)
緋乃の青い瞳が薄く発光し、まるで重力の影響から抜け出したかのようにその体が床から浮き上がる。
いや、本当に重力の檻から抜け出したのだ。
これこそ前世にはなかった概念。女性にのみ100人に1人の割合で発現するという、ギフトと呼ばれる超能力。緋乃もこのギフト能力者――通称ギフテッド――であり、その力は重力操作。
その名の通り、指定範囲内の空間に発生する重力を操作することができるギフトだ。
(まあ、今はまだ大っぴらには使えないけど。大人になって、有名になって、一人前になったら……)
もっとも、何やら極めて希少なギフトであるらしく、母親からは「他人に教えるのは禁止」と口煩く言われているのだが。
なんでもバレたら拉致されて怪しい研究所でモルモット確定だとか、実際に赤ん坊の頃に誘拐されかけたとか。
なので、人前では同じように見えない力を操るギフト、念動力ということにしているのだ。
こちらも珍しい能力ではあるが何人も発現している前例があるし、そもそも隣に住む明乃もこの能力だし問題はないだろう。
(もっと強くなりたい。今度こそ、途中で諦めたりなんかしない)
目を閉じて腕を組み、床から10cmほどの高さで浮いた状態のまま緋乃は考えを巡らせる。
身体は小さくて貧弱。しかしそれを補って余りある、膨大な気にギフトという二つの力。
この力があれば、前世では諦めてしまった最強という名の頂に手をかけることも夢ではないかもしれない。いや、絶対になってみせる。
(そう、今度こそ……。今度こそ、私はこの世界の頂点に立つ!)
現在の格闘界はギフトの有り無しで階級が分かれているが、炎やら氷やら電撃やら派手に超能力が飛び交うギフトありの階級の方が圧倒的に人気であり――そして強いという認識だ。
これは強力なギフトを持つ緋乃にとって、とても都合がいい。
「ふぁ……。そろそろ寝ないと……」
そう考えを巡らせているうちに、いい感じに眠気が戻ってきたのを感じた緋乃は思考を打ち切るとギフトを解除して床に降り立つ。
壁に掛けられた時計を見ると、時刻は深夜1時20分。朝7時には起きて学校へ行く準備をしなければいけないので、いい加減に寝ないとマズい。
「てりゃりゃ……。うん、これでよし。おやすみなさい……」
ベッドに戻った緋乃は布団をかけ直すと、布団の中で足をパタパタしてポジションを整えた後に目を閉じる。
まだ幼い緋乃の身体は睡眠を求めていたのだろう。ベッドからはすぐに小さな寝息が上がり、部屋は再び静まり返るのであった。
三人称小説は初めてなので、至らないところばかりだと思います。
どうか生暖かい目でお付き合い頂ければ嬉しいです。
あと活動報告の方に、今は削除した旧プロローグが置いてあります。
冒頭でサクっと済ませた転生前の最期が書いてありますので、もし気になられた方は読んでいただけるとありがたいです。