幼馴染を奪われたので幸せにしようと思います。
「モナちゃん、俺のモノなんでよろしく〜」
ある日、夜も更けた頃にやってきた幼馴染とよく知らないチャラついた男からの宣言は、幼馴染の胸を揉みながらの姿も相まって計り知れない衝撃を俺へと与えた。
「ほ、本当かモナ……?」
俺からの問いかけに顔を真っ赤にして頷く幼馴染のモナ。
小さい頃から常に一緒で俺の両親が亡くなった後もモナの両親からは良くしてもらった程、家族ぐるみの付き合いだった。
昔はよく俺と結婚するなんて言ってたモナは、年々年を経るごとに異性との会話が恥ずかしい年頃になっていき交流も減っていった。
仲のいい異性なんてモナしか居なかった俺には、どう距離を詰めていいかなんてよく分からず、長い間疎遠のような関係になっていた。
しかし、こうして久しぶりの交流の機会となった日に俺は衝撃の報告を受けている。
人生、どうなるかわかったもんじゃない。
「その、ごめんね、グリド……」
チャラ男から胸を揉まれているのに嫌な顔一つしないで俺に謝るモナ。
ピンクの髪は昔から綺麗で、同じ色の瞳は今も変わらず輝いている。
「いや、別に―――」
「つーわけでー、グリド君の大切な幼馴染は俺のモノになったっていう報告でしたー!」
俺の言葉を遮るようにしてチャラ男が言葉を発する。
どこか俺を見下したように見えるのは勘違いかな?
「この後はー、俺とモナのお楽しみの時間なんでー、グリド君には負け犬よろしく他にやって欲しいことがあんのよー」
ニヤニヤとした表情がいたくサマになっているチャラ男からの発言は、想像に難くない。
男女、お楽しみ、幼馴染にやってほしいこと……これで気づかないほど俺も馬鹿じゃない。
「ああ、任せておけ」
「あれ、話はえーね」
いつかこんな日も来るとは思ってたからな。
準備は万端だ。
「―――教会の手配は任せろ!」
サムズアップも忘れずに。
「は?」
「え?」
モナとチャラ男の両方がポカンと口を開けて固まる。
こんなに理解のある幼馴染は珍しいか?
だけど、安心しろ。
俺はお前たちが思ってる以上にできた幼馴染だからな。
「式場になる教会はもちろんダーリーさんの所だな。あそこが一番ここから近いし綺麗だ。それに神父としてダーリーさんが見届けてくれるなら安心だ。あの人は神からの寵愛を受けているからな! あの人の前での誓いは強い力を持つ」
ダーリーさんなら日頃から手伝いをさせてもらってるから仲も良い。
急なお願いになるだろうけどダーリーさんもそろそろ結婚を見届けたいって言ってたから喜んで引き受けてくれるはずだ。
それにダーリーさんの神からの寵愛は凄まじいからきっと素晴らしい誓いをさせてくれるに違いない!
きっと結ばれた二人は生涯一緒だ!
「もちろん結婚式を挙げるなら美味しい料理もかかせないよな。腕利きの料理人といったら何人か名前が上がるかもしれないが安心してくれ。俺の腕前はそんじゃそこらの人とは違うからな。しっかりとこんな日もあろうかと鍛えてきたんだ。万全の状態で最高の料理を提供してやるからな! 心配だったら今度、味の品評会をしよう! きっと満足してくれるはずだ」
親無しの俺にとって手に職を持つのは重要だ。
その中でも料理人っていうのは生きるための技術だけじゃなく、俺の人生を彩ることにも使える最高の技術だ。
この数年以上さまざまな料理人のもとで修行を積んできた俺の腕は、一口食べれば満面の笑みを、二口食べれば気を飛ばさせ、三口食べれば昇天するほどの美味さを持っていると自負している。
きっと二人を満足させるはずだ!
「ああ、そうだ。結婚式なら来賓の方々も大切だな。任せておけ。近所の人たち全員を呼んでお祝いしようじゃないか。昔から俺とモナの世話を見てくれていた人たちだ。もう家族も同然。全員親族として招待したって間違いじゃない。……ああ、でもリットはどうしようか。彼はモナに惚れていたからな。きっと血涙を流すことになるかもな。あっ、もちろん招待状のための紙とペンは俺が用意しよう。二人は人数分書いてくれるだけでいい。俺がみんなに届けて回収して参加者の管理をしよう」
昔から此処で育ってきた俺とモナは、近所のみんなから我が子のように可愛がってもらっていた。
喧嘩した時なんかは夫婦漫才だなんだと揶揄われたりもしたけど、思い出してみれば温かい思い出ばかりだ。
けど、リットは少し可哀想だ。
あんなにモナに気持ちをアピールしてたのに結局、どこの誰とも知れないこんなチャラ男とモナは結婚してしまうんだからな。
招待したら辛いんじゃないか?
けど、二人の結婚を盛大に行うためにも来賓の人たちはしっかり集めないとな!
「二人が住む家なら任せとけ! 最近、魔女が道楽で住んでた家を売りに出してたからな。そこを購入しておじさん達と一緒に改装しておこう。二人と将来的には子供達のことも考えた家にしておくから安心しな。もちろん夜のために防音もしっかりさせておくからな!」
「ね、ねぇグリド、ちょっと話が……」
唖然としたまま固まっていたモナが気を取り戻したのか声をかけてくるが、それを手で制して微笑みかける。
分かってるよ。
「みなまで言うなよ、モナ。わかってる。費用のことだろ?」
モナの口が『違う』と言っているように見えたが違うわけないので見間違いだ。
「費用の八割は俺たちが持つよ。最近は子供の数も減ってきてたから結婚の話はみんなが喜ぶはずだ。モナのお母さんとお父さんは勿論のこと。ダーリーさんにおじさんたち。他にも近所のみんなが喜んでくれるさ!」
笑顔で教えてやると何も言えないでいたチャラ男が、いつの間にか止まっていた胸揉みから手をはなし俺へと声をかけてきた。
「て、てめぇ何勝手に話を進めてんだよ!」
ああ、ああ、分かってる、分かってるよチャラ男。
俺が勝手に二人の結婚式の予定を決めてるから怒ってるんだろ?
ちゃーんと分かってるよ。
「安心しろ。教会での進行の予定はダーリーさんと二人に決めてもらうし、料理の内容は後日しっかり三人で決めていこう。家の内装については元の骨組みがあるから大きくは変えれないが増築できそうな所は、なるべく二人の意見を取り入れて反映しよう。大丈夫、きっと二人が満足するようなものにしてみせる!」
その後、他にも色々と話してはいたんだが夜も遅いということで、二人には夜道に気をつけて帰ってもらった。
昔からモナをウチに泊めても良かったんだが、既に一夜以上を共にした様子の婚約者が居るなら話は別だ。
変な噂が経っても困るし今後の二人の生活を考えると、ここは二人に帰ってもらった方が良い。
ここは治安もいいからな、夜の散歩も安心だ。
次の日、俺は早速、教会へと足を運びダーリーさんにモナの件を報告。
「モナちゃんが結婚かい!? やったー! なんて幸せな報告だ!」
両手を上げて喜ぶダーリーさんと一緒に小躍りをした。
「モナちゃんが結婚だぁ!? そりゃあ腕を振るわねえとなぁ!!」
俺に料理を教えてくれた師匠達にも報告すると、驚いた顔をした後、快く手伝いを了承してくれた。
一緒に小躍りをした。
「えぇっ!? あのモナちゃんが結婚!? そりゃあ盛大に祝わないとね!!」
ご近所さん達に報告すると一瞬で話が広がって、みんなが喜んでくれた。
どうやら招待状が届く前に返事は決定してしまったようだ。
みんなで小躍りをした。
そして、当日。
「二人は永遠の愛を誓いますか? いや、誓いますね!?」
「はい……」
「……はい」
モナとチャラ男が満面の笑みを浮かべた神父ダーリーの言葉に頷き、神の祝福を受けた。
俺は後方腕組み幼馴染の顔で親指を立てた。
人の、それも結婚したいって言ってたモナの幸せを祝うって……幸せだ。
―――こうして俺の幼馴染モナは結婚した。
◆
元魔女の家、現新居にて。
「貴方が! 普通の男は初めての女が嫌だからって抱かれたのに! なんでグリドじゃなくて貴方と結婚することになってるのよ!」
先日、結婚したばかりモナが声を荒げて怒鳴る。
しかし、それに負けじとチャラ男も目を釣り上がらせて反論する。
「俺が知るかよ! 俺だってもっと女と遊びてーんだよ! なんでこんな田舎で所帯を持たなきゃなんねーんだ! ふざけんな!」
「大体、誰かの女になってる方が男は嫉妬して奪いにくるって言うから付き合ったのに! 全然、奪おうとしてなかったじゃない、この嘘つき!」
「それこそ知るか! 俺はなぁ、こんな田舎で終わっていい男じゃねえんだよ!」
玄関へと足音を鳴らしながら近づいて行くチャラ男。
ガチャリ、と扉を開けて出ようとした彼の前に誰かが現れる。
「おやおや? おやおやおやおや? ウチの娘の初めてを奪って結婚したばかりの新郎くん? こんな夜更けに何処に行こうというんだい?」
体長約三メートル、腕は丸太と見紛う程の太さを持つ怪物と思っても仕方ない男―――モナの父親が玄関前に立っていた。
たらり、と冷や汗を流すチャラ男。
ここで動けば命がないと直感が告げている。
「まさか? まさかまさか? 私の大事な娘を傷物にした上で逃げようと言うんじゃないだろうね? 我が子のように愛していたグリド君との恋路を応援していた私たちを? 見事どん底にまで落としてくれた君には? モナをこの世で一番と言えるほど幸せにする義務があるんだよ?」
にっこり、笑う父親の顔には感情が見えなかった。怒り以外の。
「ひ、ひゃい……」
ガクガクと震える足のまま返事をしたチャラ男は、父親の後ろに見えた殴られて折れた大木に自分の姿を想像し気を失った。
―――これは幼馴染を奪われた男が、幼馴染を“幸せ”にした物語。
誤字報告ありがとうございます。