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6.城下町の教会

 魔王城に残る事を決めたのはいいけど、冷静に考えると私は無職だった。


「このままでは……だめですね」


 周囲から「こいつは何のために戻ったんだろう」と思われるのは痛い。


 これまでは王女の傍ら、教会で聖女として働いていた。結界には人族もいるし、教会があるならきっと聖女の需要はある。


 チューズに近くの教会を尋ねてみると、城下町に一つだけあると言われたので、そこに連れて行ってもらう事にした。



 ロマーラから見える魔王城は、山と高い壁で囲まれた要塞のような城に見えた。

 その裏、高い壁の反対側に、賑やかな城下町が広がっていたなんて、想像をしたことすらない。


「この光景……信じられないですね」


 レモアは港町だけあって海系の魔族が多かったけど。城下町は地方から様々な種族が集まっているようで、都会独特の賑やかさがあった。


「城下町、ひさびさですー」

「おでかけ、たのしいですー」


 目の前を歩く、チューズとサースは上機嫌で、モッフモフに揺れる尻尾が何とも愛くるしい。

 自称大魔法使いの二匹は、城下町の人気も高いようで、すれ違いざまに果物やお菓子を沢山手渡されている。

 二匹の姿を見て、数名の女性が近くにフライがいないか探しているのは気にしないでおく。


「チューズもサースも、大人気ですね」

「うふふ。我、モテモテですー」


 嬉しそうにべっとりと顔に水飴を付けたサースが振り返った。サースの顔を拭いてあげると、「次は我の番」と後ろにチューズが並ぶ。

 顔が綺麗になると、二匹同時に目の前の建物を指さした。


「で、この建物が教会ですー」

「教会、ボロボロですー」


「えぇ、こ、これが教会?」


 あまりにも古い建造物で、これが教会だとは言われるまで全く気付かなかった。


 ロマーラも魔王城も、結界ができた後に建設されている。それ以前は、この辺り一帯、のどかな田舎だったと聞いた事がある。

 結界ができる前からここに建っていた小さな教会を、そのまま残しているようだった。



 賑やかな通りから一転。教会の中に入った途端、むわりと淀んだ空気に包まれた。


「な、何ですか……ここは……」


 一瞬、我が目を疑ってしまった。

 教会の床に、怪我や病気をした魔族と人族がぎっしりと並べられている。


 数名看病に当たっているようだけど、回復魔法が使える神官がいない事も、人手が足りない事も明らか。


「魔神官様、しんだですー」

「神官、すくないですー」


 結界の外でも、回復魔法を扱える者は極端に少ない。

 魔族との戦いは日々激化し、怪我人は絶えないから、回復魔法を使える才能の片鱗が少しでも認められると、教会総出で才能が開花するまで無理やり修行をさせている。


 結界は平和だから、きっとそんな無理な修行もないだろうし、慢性的な神官不足という事は容易に想像がついた。


 この城下町の教会には、稀に地方から神官が来る事があるようで、救いを求めた人族と魔族が集まっているのだとか。

 ふと、大怪我をしている人族の子供が目に入った。


「あんな小さな子まで……ひどい怪我をしているのに」


 怪我からきた熱でうなされている子供の手を、すらりとした青白い青年が心配そうに握っている。視線に気付くと、助けを求めるように、青年が私を見上げた。


「こいつ、俺の弟なんです。魔神官に会うために、村を飛び出してしまって。急いで追いかけたのに、見つけた時には崖から足を滑らせていて……やっと、ここまで連れてきたのに、その魔神官がいないなんて……くそっ」


 ラナウドと名乗った青年が、悔しそうに拳を握りしめる。


「私に……まかせて、ください」


 魔神官というのはよく分からないけど、他に神官もいないのであれば、ここは聖女である私の出番。

 締め切られた窓を全開にして、淀んだ空気を全て外へと追い出すと、怪我人達を踏まないように教会の中心に立った。


「神よ、祝福を――」


 両手を掲げ、教会全体に回復魔法を展開する。聖女の魔力制御が外れ、チューズとサースが同時に鼻を両手で押さえて蹲った。


 教会内が眩しく光り輝き、魔力が全体へと降り注ぐ。私の魔力を浴びた者一人ずつに意識を集中し、それぞれの怪我や病気を治療する――。


「ああ……奇跡だ」

「まさか、魔神官様……?」

「魔神官様!」


 次々と回復した人族が立ち上がり、私に感謝と祈りを捧げる。ラナウドも、完全回復した弟を嬉しそうに抱きしめていた。


 ただ――回復を喜んだのは、人族だけだった。



 喜ぶ人族を横目に、魔族は鼻を押さえて絶望の色を浮かべていた。人族は全員回復したのに、魔族は誰一人として回復できていない。


「ど、どういうことですか。まさか……魔族に、回復魔法は効かないの?」


 青褪める私を宥めるように、チューズが服を引っ張って、フルフルと首を振る。


「違うです。人族と魔族、魔法がべつなのですー」

「死んだ魔神官様、言ってたです。構造がちがうのですー」


「そんな、魔法が違うなんて――」


 これまで、魔族に回復魔法を使おうとした事は無い。だから、私が扱っている回復魔法が人族専用だったなんて、知る由もなかった。

 もちろん、魔族専用の回復魔法なんて知らない。


 意識が朦朧と生死を彷徨っている魔族にしがみ付いて泣き喚いているのは、この魔族の子供だろうか。私が一瞬の希望を見せてしまったせいで、魔族達に、さらに深い絶望が広がってしまった。


 何か一つくらい、魔族にも効く魔法があるかもしれない。

 思いつく限りの回復魔法を試してみたけれど、何一つ反応は無い。


 そうして、目の前で、一体の魔族が息絶えた。


◇ ◇ ◇


 曇天の下、皆に見守られて一体の魔族が土葬されている。その様子を、離れた丘からただ為す術無く、眺めていた。

 あの時、絶望に沈んで泣いていた子供と、奥さんらしき魔族が、静かに墓標へ花を手向けている。

 


 葬儀の列が消えた後も、足の裏に根が生えたように、その場から動けなかった。


(今のままじゃ、ダメなんだ)


 私の回復魔法は、人族にしか通用しない。

 結界に残るのであれば、魔族にも有効な回復魔法を扱えないと意味がない。聖女であろうと、ここでは中途半端な、役立たずでしかない。


 目の前で命が失われた事が悔しくて、無力な自分に涙が溢れた。

 ここは聖女の出番だ、と。神官がいないなら、自分しか皆を救えないと思った自分が、情けなくて仕方がない。


 涙を隠すように、ぽつりと頬に雨が落ちた。



 ざあざあと降り続く雨に打たれてもまだ立ち尽くしていると、草を踏む音が背後から聞こえてきた。


「おい、こんな所で何してんだ。チューズ達が、血相変えてお前を探してんぞ。あいつら、お前に懐いてんだから、あまり心配かけんなよ。邪魔すぎて、仕事にならねぇ」

「……フライ」


「って、お前……こんな所で、本当に何してたんだ?」


 フライは私の腫れた目を見るなり、頬を引き攣らせた。

 すぐにマントを脱ぐと、私の顔が隠れるように、頭から被せてくれる。


「結構雨も本降りになってんぞ。風邪ひくから、それでも被っとけ」

「それだと……フライが、濡れてしまいます」


 私がマントから顔を出すと、フライは雨に濡れたボサボサの髪をピンと弾いてニィと笑う。


「いいよ。水も滴るいい男だから、俺は」


 気怠そうに笑う、その顔に心が緩んだ。

 きっと、私が教会で起こした事は耳にしているだろうし、無能と責められてもおかしくないのに。雨で冷えた目が、またじんわり熱くなる。


「っとに。お前は……すげぇ酷い顔」


 フライは私の顔が隠れるようにマントをずらすと、抱き寄せるように、マントごと私の頭を自分の胸に押し付けた。


「結界の外から来た聖女が、魔族の為に泣いてんの? ……変な聖女」

「変……ですか?」


 体を離して、マントの隙間からフライを見上げる。


「まぁ……好きなだけ泣けばいいんじゃねぇの」


 フライは優しく笑うと、慰めるようにもう一度私を抱き寄せてくれた。

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