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5.出戻り聖女

 サツリが紹介してくれたお店は、とても眺めが良く、食事も美味しい所だった。

 デザートをつついて次々と寄港する船を物珍しく眺めていると、サツリも港に顔を向ける。


「あれは、結界の港町同士を行き来しているだけの船です。ですが……キナスには、結界の外へ繋がる航路が存在する、という噂があるんですよ。海上のどこかに、結界の綻びがあって、そこにもう一つ入口があるのだとか」


 ドーム状の結界は、石や炎といった無機質な物体は通過できるけど、人族や魔族、生物が通過する事はできない。

 唯一の入口が魔王城だと言われているけど、海上にもあるとは噂でも聞いた事が無かった。


「外へ繋がる航路……私が言うのも変ですけど、それって放置してもいいんですか?」

「結界から出たい奴もいねぇだろうけど、別にいたとしても止めはしねぇよ」


 フライは頬杖をついて、気持ちよさそうに潮風を浴びている。


「ただ流石に、聖女を魔王城から堂々とは帰せねぇ。何とか逃げて、自力で戻ったってことで頼むわ」


「この町は人族も魔族も多いですし、少し聞き込むと、その航路は分かると思いますよ。

 上手くいけば船も出て、ロマーラへ帰れるでしょう」


 簡単な地図を渡され、丁寧にも聞き込み先の目星まで教えてもらってしまった。


「……ありがとうございます」


 数日一緒に過ごしただけだし、ずっと敵だと信じていた魔王軍。……だったはずなのに、別れるとなると少し寂しい。店から出ると、じんわりと目頭が熱くなった。


 私の様子気付いたフライが、心配するように顔を覗き込む。


「何、どうした。国に帰れんだから、そんな顔すんな? じゃあな、王女サマ」

「はい……お世話になりました」


 フライは、私の頭に手を置いて子供をあやすように笑うと、サツリと同時に踵を返してしまった。

 その二人の後ろ姿が見えなくなるまで、じっと大通りを見つめていた。



 一人になった瞬間、急に空しさが込み上げた。


 ロマーラに戻ると、きっとそこには勇者様がいる。

 魔王は脅威ではないと説明した所で、きっと誰も信じてはくれない。再び魔王討伐に行くことになるだろうし、勇者様と婚約をさせられるかもしれない。


 ロマーラの王女としては、すぐにでも帰らないといけない。

 でも、本音を言うと帰りたくない。



 とぼとぼ聞き込み先に向かって歩いていると、突然甲高い悲鳴が聞こえた。周囲が、ざわざわとどよめきだす。


(何……喧嘩?)


 早々に野次馬が群がっている騒動の中心を覗くと、数人の人族が、魚族の小さな子供を蹴っている姿が目に入った。

 痛がる子供が泣き喚いているのに、誰も助ける様子はない。


「解放軍だな……酷い事をする」


 隣にいたおじさんが、ぼそりと呟いた。聞きなれないその単語に、思わずおじさんに聞き返してしまった。


「あの、解放軍って何ですか?」

「あんた、人族なのに解放軍を知らんのか?」


 おじさんが驚いて私を見る。人族かと思ったけど、その顔は貝類の魔族だった。


 聞いた話を要約すると、解放軍とは『人族は結界に閉じ込められ、自由を奪われている』という思想を持つ、人族の若者集団だった。

 魔族が抵抗しないのをいい事に、『結界から人族を解放しろ』と嫌がらせを繰り返しているらしい。


 近くにいた人族のお婆さんが、私達の会話に割って入る。


「むしろ、儂等は結界に守られているとすら考えておるがの。

 最近の若い人族は、外の恐ろしさを知らんのじゃ。結界の有難みが分からんとは」

「……そう、ですね」


 解放軍は一部の人族のみで構成されていて、他の人族からも煙たがられているらしい。


「最初は数人の集団じゃったらしいが、今では大きな組織じゃと聞いとる。解放軍から魔族を庇って家を潰されたという人族もおるし、残念じゃが、儂らには何もできん」


 群衆から母親らしき魚族が飛び出して、子供を守るように覆いかぶさった。解放軍に意味も無く謝るしかできない母親を、解放軍は薄ら笑いで蹴り始める。


 これ以上の暴行は、見ていられない。同じ人族として、許せない。

 群衆をかき分けて、魚族の母子を庇うように、解放軍の前へと飛び出した。


「もういい加減に、やめてください! 抵抗もしない魔族にこんな事をするなんて、どうかしています! ……あなた達、早く逃げてください」

「あ……ありがとうございます!」


 魚族の親子は頭をぺこりと下げると、急いで人込みの中に姿を消した。

 獲物を失ってイラつく解放軍の一人が、私の胸倉を掴み上げる。


「なんだお前。魔族を庇うなんて、正気か?」

「魔族のせいで、俺達の自由は奪われてんだぞ? わかってんのか?」


 何故、結界の外に自由があると考えられるのか、私には理解できない。そこには、自由も平和もなく、あるのは戦場だけなのに。

 その甘えた思想に、怒りがふつふつと湧き上がる。


「外に行きたいなら、自分達だけで勝手に行けばいいじゃないですか。この平和を壊す権利なんて、あなた達にはありません」


 別の男が近づき、ニヤリと汚い顔で嗤う。


「おい、良く見りゃいい女だな。ああ、そういう事か。さてはお前、魔族だな? ……魔族なら、俺達に何をされても文句は言えねぇよなあ?」


 値踏みをするように、その男が私の両頬を片手で摘んで顔を近づける。その汚い顔に、すかさず唾を吐いてやった。


「このっ……甘くすれば――」

「……っ!」


 男が私に殴りかかろうと手を振り上げたので、衝撃に備えて深く目を閉じる――。


「……ッ」


「……っ?」


「………………?」


 ――しばらく待っても、殴られる衝撃は訪れなかった。

 不思議に思い、ゆっくり片目を開けると、


「よぉ。別れた早々に、揉め事起こしてんじゃねぇよ。面倒くせぇ奴だな」

「フライ……!」


 フライが男の拳を片手でしっかりと掴んで、気怠そうに笑っていた。

 もう二度と会う事はないとすら思っていた。その顔に、ほっと緊張が緩む。


「おい待て、泣くな。面倒なんて言って悪かった、魔族を守った事は褒めてやるよ」

「……ふふ、変な魔王ですね」


 焦るフライを見て笑みが漏れると、フライも釣られたように苦笑する。


「で、なんだお前ら。解放軍か? 意味もなく八つ当たりしてんじゃねぇよ」


 フライは握っていた男の拳を潰し、私の胸倉を掴んでいる男の腕も枯れ木のように軽々と折った。


「ぐぁぁぁあっ」

「……な、何者だ、貴様!?」


 痛みに絶叫する仲間達を見て、残りの解放軍全員がフライに剣を向ける。


「へぇ、俺の事、知らねぇの?」


 ぶわり、と。フライを中心に、濃い瘴気の霧が円を描く。瘴気に触れた剣は、蒸発するように炭と化し、ボロリと崩れ落ちた。


「何者っつーか。……魔王ですけど?」


 フライが赤く光る目を細め、愉しそう嗤う。


「……ひっ、魔王!?」

「おい、これ本物だろ!? に、逃げろ」


 その正体に気付いた途端、解放軍は足を縺れさせながらも散り散りに消えていった。



 解放軍が残っていない事を確認して、フライがゆったりと背伸びをする。纏っていた瘴気は上空へ舞い上がり、溶けるように消えていった。


「あぁ、マジで疲れる。出した瘴気が片っ端から吸われるんだぜ。っとに、結界は不便だわ」


 フライの瘴気が完全に消えると、町が揺れる程の大きな歓声が上がった。

 魔族も人族も隔たりなく、フライを称賛している。


「へいへい。後世まで、しっかり俺を褒め称えてくれよ」


 おごり高ぶる様子もなく、ヘラヘラと笑うその姿。

 この町の皆と同じように、私もその眩しい背中を追いかけたくなった。



 観衆が散った後も、まだその場に残っていると。私に気付いたフライが、私の頭に手を置いて気怠そうに笑う。


「もう大丈夫か? じゃぁな。これ以上揉め事起こすんじゃねぇぞ。ちゃんと国に帰れよ」


「……まっ待って、ください」

「ぐぇ」


 再び踵を返して立ち去ろうとする、そのフライのマントをぐっと強く引っ張って捕まえた。反動で首が締まったフライが、ゲホゲホとその場に蹲って咳込む。


 もう、迷っている時間はない。心を決めるなら、今しかない。


「っぶねぇな。……何、どうした?」

「待ってください。あの……私、魔王城に残りたいです」


 瞬間、フライが面倒臭いと言わんばかりに、顔を歪めた。


「えっと……流石に、ダメでしょうか?」

「いや、何つーか……変な聖女だな、と」


 それだけ言うと、フライがくるりと踵を返す。


 それは魔王城に残っていいという事なのか、遠回しに断られたのか。

 分からずに立ち尽くしていると――先を歩くフライが立ち止まり、頭を掻き毟る。


 フライは振り返ると、呆れたように笑う。


「何だよ、今度はどうした? 帰るぞ」

「あ……はい!」


 もうロマーラには戻れないかもしれないけど、それでもいい。

 心を決めると、全力で走ってフライの背に追いついた。

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