28.大団円
ロマーラから魔王城に帰ると、一足先に『帰還の宝珠』で戻っていたフライに抱き上げられた。
待機していた上級魔族達からも、大きく歓声が上がる。ウェンディもかなり心配してくれていたみたいで、フライから私を毟り取るように抱きしめて喜んでくれた。
その夜は、私の無事を祝して帰還パーティが開催された。
痩せた体に気付いた全員から肉を薦められ、お腹はいっぱい。これ以上は薦められても食べられないので、賑やかな会場をそっと抜け出して、バルコニーから遠く見えるロマーラを眺めていた。
ロマーラを覆っていた結界は、フライが『帰還の宝珠』で姿を消した瞬間に消滅してしまった。
闘気を原動力として動く結界は、闘気がないと維持できない。ロマーラに好戦的な魔族を常駐させるのも気が引けるので、後日、魔王城からロマーラまで結界を伸ばす事で合意した。私の魔力だと、数年かかるかもしれないけれど。
ロマーラまで結界を伸ばしたら、その先は結界の入口を魔王城からロマーラに移す事も決まった。
これまでのロマーラは、『魔王城に一番近く、戦の最前線』という役割の国だったけれど。これからは、『魔王城への入口』の国として、魔族との懸け橋にもなる。
ちなみに勇者様は、結界から遠く離れた僻地へと送られる事になった。
今後暴れる解放軍を見つけたら、お望み通り狂暴な魔族で溢れかえるその僻地へ、身ぐるみ剥いで送り込もう、とサツリが最高の笑顔で語っていた。
「お前的には、いい終わり方じゃねぇの?」
「……フライ」
いつの間にか、フライの気怠そうな顔が私を覗き込んでいた。
怒涛の展開に頭が疲れていたのか、全く気付かなかった。
フライの言う通り、無事に魔王城に戻れた上に、ロマーラとの縁も切れなかった。
「はい。ありがとうございます」
フライは私の手を引くと、手すりと体の間に私を挟みこんだ。
全身がフライの匂いに包まれる。眷族になった分、ますますフライに惹かれるようになった気がする。
吸い寄せられるようにフライの胸に体を委ねると、胸元からその鼓動が伝わってきた。緊張しているのか、フライも私と同じくらい、鼓動が早い。
顔を上げると、フライが優しく目を細める。
「やっと、手に入った。もう離さねぇ」
死角になっている会場から、楽しそうな声が漏れ聞こえて来る。
誰かに見られると恥ずかしいので、少しフライから離れようとしたのだけど……体が、言う事をきかない。勝手に動いて、フライを捕まえようと、腕がするりと首に回る。
自分でも制御できないほどに、もっとフライに近付きたい。
「お、おかしいですね。は、離れますので。ちょっと待ってください」
「……待たねぇよ。どれだけいい匂いを出してんのか、自分で気付いてんだろ?」
「い、いえ。その、今は場所と時間が……ダメというか……その」
口籠る私に、フライが悪戯そうに笑う。
「なるほど。場所と時間が良ければ、いいってことだな?」
「えっ。あ、あの…………はい」
もう何を言った所で、お互い止まりそうにない。
心臓が爆発直前の私を、フライは嬉しそうに抱きしめた。
◇ ◇ ◇
あの騒動の後、数年かけて結界を魔王城からロマーラまで伸ばし、結界の入口もロマーラへと移設した。
サツリを中心に細かい整備が行われる中、隙を見て結界を散策しては、回復魔法の才がある者を発掘し、順に修行をつけて回っていた。
少しずつ改善はしてきたけど、未だに深刻な神官不足は続いている。
――キナス村によく似た、長閑な村。
猫族の少女ミルと修行を始めて、既に二週間が経とうとしていた。
村のために、必死に才能を開花させようとするミルの姿は、健気で可愛らしい。
「……魔神官様、そこまでです。もう時間ですよ」
「あれっ、もうそんな時間ですか?」
突然の声に、ふと顔を上げると、目の前に呆れた様子のカイルが立っていた。出会った頃は少年だったカイルも、すっかり立派な青年に成長した。
今では一番弟子として、私と一緒に神官育成に尽力してくれている。
「この先は、僕が引き受けますから、早く準備をしてください。
ただでさえ、挙式直前まで修行をする事に、フライ様は反対だったんですから」
「ふふ、ありがとう。それでは、後はお願いしますね」
カイルとミルに別れを告げ、急いで数日滞在していた空き家へと戻る。朝は殺風景だった家の中には、豪華な黒いウェディングドレスが飾られて、ロマーラから派遣されたメイド達が慌ただしく行き交っていた。
「いそぐですー」
「我らがおこられるですー」
ドレスに身を包むと、待ち構えていたチューズとサースに手を引かれ、空き家前に新設された転移魔法陣へと乗り込まされた。
◇
魔王城に転移をすると、ロマーラ国王と王妃が出迎えてくれた。二人とも年月を重ねて白髪交じりにはなってしまったけれど、それ以外は何も変わっていない。
「やっとこの日を迎えましたわね。思っていたより、何年も待たされましたわ」
「まったく……結婚式より先に、儂らの寿命が尽きるのではないかと心配したぞ」
本当は、すぐにでも挙式するつもりだったのだけど。結界をロマーラまで伸ばしたり、人族を結界に避難させたり、と、バタバタしている間に、伸ばし伸ばしで数年近く経過してしまった。
「早く孫の顔を見せてくださいまし。今は、それだけが楽しみでしてよ」
「おお、孫か! 生まれたら、ロマーラでも盛大に生誕祭を開くぞ。ふふふ、楽しみよの」
二人の朗らかな笑顔に、魔族は「十月十日」が「十年十月」だと、未だに言い出せずにいる。この事実を知られたら、二人とも卒倒するかもしれない。
「サン、準備はできていますね? ああ、良かった。とてもよく似合っていますよ」
「おせぇよ。早く来い。城下町も上級魔族も、皆待ってんぞ」
サツリとフライが同時に扉から顔を覗かせ、サツリが国王達を貴賓席へと連れていった。
明らかに不機嫌なフライの手を取ると、城下町が見渡せるバルコニーへ続く廊下を二人きりで歩く。
「……ギリギリまで修行するとか、何だよそれ。信じらんねえ。
挙式前だってのに、お前に何日も触れられないとか……限界。少しは、俺の気も――」
「す、すみません、ここまで長引く予定はなくて。……私も限界で、修行を抜け出そうかと、何度か本気で悩みました」
「――あ?」
はたと二人で立ち止まる。
無言の圧力に、へらりと笑うと、フライが呆れ顔で長く息を吐いた。
「……だろ?」
「……です」
フライが額をコンとぶつける。
「阿呆が。もう我慢できねぇよ。あいつらなら……少し待たせても、問題ねぇな」
「はい。少し、だけ」
何年経っても、この大好きな匂いは色褪せない。
外からは、祝福の大歓声が聞こえていた。
~おしまい~
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