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2.王女の我侭

 魔王は世界の半分を結界で覆い占拠した後、突然大人しくなった。


 それでも、いつ魔王軍が世界の残り半分を狙って、進軍を再開してくるのかは分からない。

ロマーラ国王は何代もの間、人族の砦として魔王城の監視を続けていた。


 ただ、監視をしたところで、人族が魔王に太刀打ちできる術はない。頭を悩ませ続けていた国王にとって、数百年越しの勇者出現は、最大の希望となった。



 突然ロマーラに現れた、勇者を名乗る、爽やかな青年。


「勇者よ、我が国に来た早々で申し訳ないが、頼みがある――」


 国王はそう切り出すと、『魔王を倒して、結界に取り残された人族を救出して欲しい』と、勇者様に願い出た。


 結界は、魔王が支配する魔族の世界。瘴気に満ち溢れ、人族が奴隷以下で扱われている事は、容易に想像ができていた。


 勇者様は柔らかい金色の髪をかきあげて、交換条件を突きつける。


「それでは、魔王討伐パーティを編成し、そこに聖女を参加させてください。

 あれ……そういえば、聖女はロマーラの王女でしたか? 困ったなぁ、僕と王女の仲が深まるだろうな。そうだ、魔王を倒して戻ってきたら、王女と婚約させてください」


 どことなく白々しい言い回しに、国王である父様は、私の気持ちを確認する事も無く、二つ返事で了承した。

 私の複雑な表情を察してくれた王妃が、扇子で口元を隠し、やんわりと制止する。


「お待ちください。王女は、回復魔法は使えますが、攻撃魔法も防御魔法も使えませんわ。それに、回復魔法は、ご存知の通り自分自身には無効。勇者様の足手まといになるでしょうから――」


「大丈夫ですよ、王女は僕が守ります。それに……聖女無しでは、魔王討伐は難しいですよ? 僕も命を賭けるのですから、ロマーラもそれなりの覚悟を決めてください。

 でも……王女は、勇者と婚約できるなんて嬉しいでしょ? ね?」


 王妃の言葉を不躾ながらも遮り、勇者様が爽やかな笑みを私に向ける。


 婚約なんて望まないけど、私の我侭で魔王討伐の機会が失われる事はありえない。

 この取引は、ロマーラの為にも拒否という選択肢はない。


 渋々俯くと、王妃が扇子で顔全体を隠し、深く息を吐いた。


「分かりました。ですが、二人パーティは許容しませんわ」

「まぁ……いいでしょう」


 小さく聞こえた、勇者様の舌打ちは聞かなかった事にした。


 ギルドから戦士と魔法使いが呼び出された直後、ろくに準備をする時間もないままに、勇者様はすぐに魔王城へ出発すると言い出した。

 勇者様を追いかけるように飛び出そうとする私達を危惧して、王妃が各自の道具袋に『帰還の宝珠』を詰め込んでくれた。


◇◇◇


 ――朦朧ながらも、意識が覚醒する。


 視界に入ったのは石造りの天井。

 視線を移すと、壁の代わりに鉄格子が見えた。


(牢屋……私、捕まったのね)


 立ち上がろうと力を入れた瞬間、全身を貫く痛みに、声も出せず蹲った。

 服もボロボロで、全身火傷を負っている。当然の事ながら、誰かが看病をしてくれた形跡もない。


 目を閉じると、『帰還の宝珠』を毟り取った勇者様の、引き攣り笑顔が思い浮かぶ。


 いとも簡単に見捨てられた。あんな勇者様に、人族の未来が委ねられていると思うと、悔しくてたまらない。

 こんな事なら「こんな勇者様は嫌」「婚約なんて絶対嫌」と、素直に我侭を言って、魔王討伐も断ればよかった。


「そういえば……。私、一度も我侭を言った事、ないかもしれない」


 その小さな独り言は、空しく牢に響いて消えていった。



 意識が戻って、数日は過ぎた。


 体も痛いし、お腹も空いた。視界も霞んで、限界は近い。

 魔王軍は、捕らえた聖女を看病しないどころか、食事すら与えないつもりらしい。


(あぁ……また、今日も来た……)


 鉄格子の向こうに、二つの小さな影が揺れる。

 視界が霞んではっきり見えないけれど、茶色の何かと、白色の何か。


 この二つの小さな影は何をするわけでもなく、定期的に私の様子を伺いに来る。


 影は、私の生死を確認しているようで、咳込んだり、手を動かしたり、まだ生きている事をアピールすると、ひそひそと会話をして、満足したようにその場から姿を消す。


 蜘蛛が獲物を弱らせて食らうように、魔王軍は動けない捕虜が死に逝く姿を、日々観察して楽しんでいるのだと思う。

 魔王は、その姿も恐ろしかったけど、伝承通り、残酷極まりない性格らしい。



 小さな影達と、何度やり取りを繰り返したのかわからない。もうその回数を数えるのも馬鹿らしくなった。

 そろそろ死期が近いと悟られたのか、影が現れる頻度は増え、今ではべったりと張り付かれている。


 私も最期の悪あがきで、残り少ない力を振り絞って手をヒラヒラと振り、まだ死んでいない事をアピールする。

 小さな二つの影が、いつものように向かい合ってひそひそと――。


 突然、猛烈な勢いで走って来た別の大きな黒い影に、二つの影が蹴り飛ばされた。


「お前ら、馬鹿か!?」


 怒鳴りつける大きな黒い影に、二つの影がぶぅぶぅ文句を垂れる。


「いたいですー」

「ひどいですー」


 大きな黒い影が、酷く慌てた様子で鉄格子の扉を開けて近寄って来た。逃げる気力すら無い事を悟られていたのか、鉄格子には鍵も掛かっていない。


 黒い影が私を覗き込んだ瞬間、怯んだように後退る。


「うわっ、お前ら、どれだけ放置した!?

 聖女、死にかけてるじゃねぇか」


 振り返り小さな影に怒鳴りつけると、黒い影は私を抱え起こし、ペチペチと私の頬を叩く。


「おい、聖女。しっかりしろ、意識はあるか?」

「…………」


 体力も限界で、視界も焦点が合わない。黒い影が、私の小さな声が聞きとれるよう顔を近づけると、小さな影達が再びぶぅぶぅと文句を垂れる。


「元々わるいのは、フライ様ですー」

「死にかけは、フライ様のせいですー」


「っせーな。おい、大丈夫か?」


 最期の力を振り絞って、その黒い影にしがみ付いた。

 その顔がはっきりと見えて、正体がわかってしまったけど。その黒い影からは、私を心配してくれる気持ちが伝わってくる。


 私を救ってくれるのは、きっとこの人しかいない。


「大丈夫じゃ、ないです……でも、生きたいです。助けて、ください」


「おーよしよし、その気力があればマシだな」


 黒い影は、どことなく気怠そうに笑うと、私を落ち着かせるように、抱き寄せて背中をポンポンと叩く。


 私の人生初めての我侭を、真っ直ぐに受け止めてくれた黒い影は、魔王フライだった。

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