9 穏やかで生温かい争い
――シャーロットお披露目会から、数日後。
ハウルサイド侯爵家では執事や侍女、使用人から警備兵、ハウルサイド侯爵家に勤める全ての者達の意見を聞き、最終候補が挙げられた。
何の最終候補かといえば、勿論、我が侯爵家の姫であるシャーロットの婚約者候補である。
先にルーフィスが挙げていた候補――。
ジュベール伯爵家の長子サイル。
フォールデン伯爵家の長子デヴィッド、次子ロイド。
バトナン男爵の長子ビル。
その三家にプラス、ケスラー侯爵家の三男クルス。
そして、ルーフィスの従兄弟の息子で、シャーロットの再従兄弟にあたるカイルの5名だ。
執事や警備兵からは、シャーロットの再従兄弟カイルに票が多数集まったが、女性達の票は賛成派と反対派と二分していた。
ルーフィスの手前、口にこそ出さなかったが、ボレスに手を上げた事がマイナス要因になったらしい。
令嬢を守ったのは評価するが、暴力は良くない。
良くやったという意見も多数あったが、もっと上手い立ち回りが出来たハズではと、否定的な意見がみられた。
しかし、カイルもまだ5歳と幼い。
まだまだ未熟で当たり前だ。
何もせず静観していた子や、オロオロしていただけの子より、遥かに気概がある。成長に期待するとして、最終候補に入ったのである。
忌憚のない意見を聞くと言ったとはいえ、再従兄弟カイルが候補に挙がったのには、ルーフィスの心中は複雑の様だった。
手を出した事に対しての意見は勿論、カイルを良く知るが故に、色々な感情が沸いてくるらしい。
候補に挙がったからといって、別段すぐに婚約者に充てがう訳ではない。
その候補の家とこれから懇意にし、さらに見定める予定なのである。
シャーロットが嫁に行くにしろ、婿に貰うにしろ、周りの環境を詳しく知る必要がある。
何を知る必要があるのか。それは、既に調査してある相手側の資産や家族構成以外の事。
常識や価値観、シャーロットに対しての接し方など、様々である。
候補に上がった者達が、この先どう成長し愛娘シャーロットを扱うかにもよる。とりあえず、目を付けておいたと言う訳であった。
「……で、キミは何故、ここにいるんだ?」
そんな中、疲れた様な声を出したのはルーフィスである。
愛する妻フィーナと、我が姫シャーロットとサロンで寛いでいると、そのフィーナの横にちょこんと座っている小さな生き物が。
そう、噂のカイルである。
「シャーリーを見に来た」
先日のお披露目会で初めて見たシャーロットが、あまりにも小さく可愛くて気に入った様だった。
悪びれた様子もなく、フィーナの抱いているシャーロットの小さな手を、面白そうにムニムニしていた。
「ウチの姫を、勝手に"シャーリー"と呼ばないでくれるかな?」
フィーナの向かい側に座っていたルーフィスは、ソファから立ち上がると、足早に近付きカイルを抱き上げた。
どうやってここに来たのか、何故いるのか、色々と問い詰めたい事はあったが、まず大切な娘に近づくなと離したのである。
フィーナはルーフィスの行動に、クスリと小さく笑ってしまった。
普通、先に訊くのは親がこの事を知っているのかどうかである。まぁ、既に家令達が報せに飛んでいるだろうけど。
だが、そんな事を知らないカイルは、キョトンとしたままルーフィスに問う。
「え? じゃあ、何て呼ぶの? シャル?」
「……却下」
「ロッテ?」
「却下」
「ロッティ?」
「呼ばなくていい」
そう、我が侯爵家では、シャーロットの事を"姫"または"ロッティ"と呼んでいる。
カイルはまだ5歳なのに、次々と言葉を返せるのだから、中々頭の回転が早い。侍女達は関心していた。
「心がせまいって言われない?」
「家に帰りなさい」
ルーフィスは扉へと指を差した。
最終的に呼ぶなと言われても、カイルはシレッとしていた。
ルーフィスはカイルとは違った笑みで、お帰りを願うのだった。
だが、口でそうは言っても実際に放り出す訳にもいかず、カイルは迎えが来るまでいる事になった。
力づくで帰さない所が、ルーフィスの甘さであり優しさかもしれない。
ちなみに、どうやって来たかと訊けば、馬車で来たと当たり前の答えしか返ってこない。しかし、馬車が侯爵家の前で待っていないのだから、男爵家の所有の馬車ではなく、街で拾った辻馬車だろうと想像する。
幼いのに、その行動力は立派である……が危険だ。
色々と注意すれば、本人はケロッとしているからタチが悪い。それどころか、ルーフィスの頭を悩ませる言動がしばしば。
「おじ上」
「何かな?」
「ロッテ――」
「キミは"姫"と呼びなさい」
フィーナの隣りに座るルーフィスの膝の上にのるカイル。
それは一見仲良しに見えるが、目を離さない様に捕獲しているともいう。
そのカイルはルーフィスの言葉を無視し、フィーナの腕の中にいるシャーロットの手を再び触ろうとした……が、ルーフィスによって阻まれていた。
「なら、僕は王子さまだね?」
「……違うね」
あぁ言えばこう言う。
咄嗟に上手い返しが出来るカイルは、頭がキレる証拠でもある。それがどこかルーフィスに似ている気がするから、フィーナはなんだか親近感が湧き笑ってしまった。
「姫に王子はひつようじゃない?」
「この子の迎えはまだかな?」
必要ではないと即答出来ないのが、悲しい事だ。
シャーロットには護ってくれる者が必要だと、ルーフィスも理解しているので、必要ないと返せなかった。
そして、カイルは隙あらば娘シャーロットの頭や手を触ろうとしていた。
「女性の身体をむやみに触るのはやめなさい。紳士に恥じる行為だよ」
ルーフィスの意見はもっともな意見だが、その相手カイルは5歳である。
その行為自体に他意はなく、ただもの珍しさか可愛さからの純粋な行動だと、皆理解していた。
だが、理解と了承は別の話なのが父心である。つい口から出てしまう。
幼いからこそなのか、素直なカイルはルーフィスの天敵らしい。
「父上はよく母上をさわってるよ?」
「夫婦はいいんだ」
まさにあぁ言えばこう言うである。
カイルも、分かったと頷かない引かないのがスゴい。フィーナ達はルーフィスに負けないカイルに、感服と驚愕の眼差しを向けていた。
「なら、シャーロットが僕の――」
「少し黙っていなさい」
カイルの考えなぞお見通しのルーフィスは、その言葉を最後まで言わせなかった。
フィーナの想定通りなら、お嫁さんになればと返すつもりだったのだろう。そんな言葉を我が旦那様が言わせる訳がない。
「……カ!」
お互い表情は和やかだが、妙に険悪な空気が流れて始めた頃、フィーナに抱かれていたシャーロットが楽しそうに声を上げた。
「あ! 今、"カイル"って言ったよね!?」
「はは。耳が腐っているのかな? 今のは"カエレ"と言ったんだ」
「え〜っ? 絶対カイルの"カ"だよ」
「そう聞こえたなら、医者に診てもらいなさい」
フィーナは、夫と従甥の奇妙なやり取りに笑ってしまった。
フィーナに言わせれば、どちらも違う。
シャーロットが声を出したのがたまたま"カ"に聞こえただけで、意味すらないだろう。
「んぱっ」
そんなやり取りを見ていたシャーロットが、楽しそうな声を上げれば、柔らかな言い争いをしていた2人も、あっという間に顔を緩ませるのであった。
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