7 娘の婚約者
ルーフィスとフィーナの間に生まれた子は"シャーロット"と名付けられ、ハウルサイド侯爵家でこよなく愛されていた。
「何を真剣に見ていらっしゃるのですか?」
子供が生まれてしばらく経ったある日。
夫で次期侯爵のルーフィスがサロンで真剣に悩んでいる姿があったのだ。
誰かに触れて欲しくない仕事の事ならば、書斎に籠っている。だが、籠もらないと言う事は多少口を挟んでも構わない案件だと言う事。
フィーナは我が娘を抱きながらルーフィスの隣に座り、チラッと書類らしき用紙を見た。
仕事にしては、何を調べているのだろうか?
爵位は下は子爵から、上は侯爵まで、ズラリと家系図が記載されていた。
さらに見ると、その家系それぞれの人物分析が事細かに書かれてあった。
その人の仕事や性格は勿論、仕事振りや周りの評価、経営として上手くいっているか否か。総資産や家庭環境まで、もの凄く細かくである。
赤丸が付いている用紙を一つ手に取って見てみた。
ジュベール伯爵家、妻は元子爵家の次女。
性格や評判などフィーナさっと目を通した限りでは、中々良い感じの家らしい。だから、丸が付いているのだろうか?
「今のところ、ジュベール、フォールデン、バトナン、この3つが有力候補だと、私は考えている」
「え?」
突然、フィーナを見たと思ったら、今度は良く分からない事を言う。
フィーナは何が有力候補なのか、首を傾げた。
「シャルの"婚約者候補"だよ」
「…………え」
フィーナは思わず声が裏返るところだった。
つい先日、我が娘が生まれたばかりなのに、もう娘の婚約者。フィーナは唖然となってしまった。
「僭越ながら、私はフォールデン家のロイド様を推させて頂きます」
新しくお茶を注いだ侍女頭のハンナが、会話に入って来た。
他家ならば、使用人風情が当主夫婦の会話に口を挟んで良い訳はないが、この屋敷は基本自由だ。
真剣な話でも、必要とあれば口を挟んでも怒られる事はない。
だからこそ、皆はこの当主を敬愛し慈しむのである。
「ロイド? 長子のデヴィッドではなく?」
「我が侯爵領は広うございます。無理に嫁に出さなくても、祖母方の伯爵家をシャーロット様にお譲りし、次子であるロイド様を婿として迎い入れるか、侯爵家の管理している領地を一部分け、管理者としてお二人に統治して頂いても宜しいのでは?」
「……悪くはない。だが、その話でいくならば、三男のブランでも良くはないか?」
フォールデン家は3人兄弟だ。
嫁に出すなら長子デヴィッド。こちらで領地を分け、婿入りして貰うなら次子ロイドでも、三男のブランでも構わない筈。
だが、侍女頭ハンナはブランではなく、ロイドを推した。ならば、その理由を聞きたい。
「あそこの奥様は、息子の中でも特に三男坊を可愛がっていると耳にしております。ならば、甘ったれに育つ可能性が高いでしょう。そんな方にシャーロット様を任せられません」
どこからの情報か知らないが、侍女頭ハンナはフォールデン家の内情に詳しいらしかった。
母親に可愛がられ、砂糖菓子の様に甘やかされ育てられれば、自分勝手な性格になる。
妻となるシャーロットを蔑ろにし、義母の意思の入った家庭になる未来しか見えない。
侍女頭ハンナはそう説明したのである。
「なるほど、一理あるな」
侍女頭の意見に、ルーフィスは頷きまた資料に目を落とした。
どうやら本気で、まだ1歳の誕生日も迎えていない我が娘の婚約相手を探している様だ。
そして、侍女頭ハンナも苦言を呈さないのだから、彼女もまた当然だと思っている。
ーーおかしい。
フィーナの小首を傾げた。
フィーナの元婚約者は、幼馴染みだった。
それは、お茶会で知り合った訳ではなく、仲の良い親同士の交流があり、自然と接していた幼馴染みの1人と婚約に至った。
友人達も似たようなきっかけか、子供達だけのお茶会で知り合い婚約者になったと聞く。
だから、娘シャーロットも言葉が話せるようになって、しばらく経ったら茶会を開催し、そこでなんとなく顔合わせが始まるのだと思っていた。
なのに、すでに婚約の選定が始まっている。
フィーナはこれが"貴族"なのかと、感息が漏れた。
「ハンナ、皆をここへ」
「承知致しました」
ルーフィスが何やら侍女頭ハンナに合図を送ると、サロンに使用人達がワイワイと集まって来た。
フィーナは何が始まろうとしているのか、良く分からないまま辺りを見渡していた。
使用人を集めて、我が主人は何をしようというのか。
「皆に集まってもらったのは、我が天使の婚約者候補について助言を得たいためである」
そう説明し始めれば、使用人達は和やかな雰囲気から、ピンと張り詰めた空気に変わった。
「ジュベール伯爵家の長子サイル。フォールデン伯爵家の長子デヴィッド、次子ロイド。バトナン男爵の長子ビル。現時点でその三家が候補に挙げてある。それを踏まえて、再来週、我が屋敷でシャーロットのお披露目会を開催する。他の家も勿論呼ぶが、これはシャーロットの婚約者候補を選定するための会。キミ達は、会を手伝う横で、何処の誰が我が天使の婚約者に相応しいか吟味して欲しい」
「「「シャル姫の婚約者候補」」」」
ルーフィスが詳しく説明し始めると、にわかに騒めき始めた。
我が侯爵家の姫の、一生を左右する選定である。重大だと身を引き締めた。
「当然、この一回で決めるつもりはない。だが、目星は付けておきたい。それには、私やフィーナの目だけではなく、違った角度からキミ達の忌避のない意見が欲しい」
「「「了解致しました」」」
唖然としているフィーナの周りで、ドンドン話が進み纏まっていた。
パーティーのプランや出席者の数。配置や食事のメニューなど、フィーナが口を挟む隙などなかった。
ある程度、決まると家令達は準備のためにサロンから退出して行ったのであった。
その騒がしさに我が娘も目が覚めていたのか、フィーナの腕の中でキョトンとしている。
その姿を見て、フィーナは苦笑いしてしまった。
シャーロットが、自分の将来が皆によって埋められている事に驚いている様にも見えたからだ。
「あぁ、勿論、最終的な権限は、シャル本人だから安心して欲しい」
シャーロットの頬をプニプニした後、まだ少し唖然としているフィーナの頬に、ルーフィスは軽くキスをした。
妻の意見を無視して決めるつもりもないし、最終判断は大きくなったシャーロットに任せるからと、ルーフィスは説明してくれた。
だが、変な輩に捕まらない様に外堀は埋めておくと。
「ですが、先日生まれたばかりで……」
混乱状態ですと、フィーナは苦笑いで返した。
子育てや夫のサポートで手一杯なのに、娘の結婚なんてまだ全く想像出来ないし、考えにも及ばなかった。
そんな自分が甘々で、恥ずかしい。
「早いに越した事はないんだよ?」
「……」
「原石は掘り出される前に見つけないと」
「……原石?」
「そう。貴族の婚約者探しは、原石探しに似ていると思わないかい? 既に磨かれた宝石は多くの人の目に止められ、早い物勝ち。だから、その前に見つけ手に入れておく必要がある。稀に、キミみたいな隠れた宝石もあるけれど」
見つけられて良かった……と言いながら、ルーフィスはフィーナの唇を軽く啄んだ。
夫の甘い囁きなど慣れている筈なのに、フィーナは思わず頬を染めてしまった。
見つけられて良かったと言う夫の表情が、とても優しくて甘かったのだ。
「原石も磨き手によって輝き方が変わる。宝石となった原石を支える土台次第でも、見え方は変わるだろう? だから、私達は原石を探し、その原石を磨く環境を見極める必要がある」
だから、原石を育てる親。それを取り巻く環境を見る必要があるのだと、ルーフィスは娘を愛おしそうに撫でながら説明してくれた。
子は親の鏡。
子供を見れば親が分かる様に、逆も然りだ。
親の性格や環境が分かれば、子供がどう育つか少なからず見えてくる。それを、見定めようとしているのだ。
トンビが鷹を生む事もあるけれど、毒親であるならば、家同士の付き合い方も考えなければならない。
知っているのと知らないのでは、初手から対応の仕方が違うだろう。
先手を打つ事で、優位に立つ事が出来る。
もしかしなくても、ルーフィス様達は子供が生まれる前から調査をしていたのだ。
いつ、生まれて来てもいいように。そして、2人の間に子が生まれて来なくとも、動向を調べておいて損はない。
子供の結婚で、貴族に動きが出る。子供がいなくとも必要な情報である。
フィーナは、いかに自分が周りを見ていなかったのだと落ち込むのだった。
「フィー?」
落ち込んだ様子に気付いたルーフィスが、フィーナの顔を覗き込んだ。
心配そうに声を掛けてくれるルーフィスに、フィーナは申し訳なさそうに口を開いた。
「侯爵家に嫁いだというのに、不甲斐なくて……」
ごめんなさいと、フィーナは小さな声で謝ったのだ。
男子を生む事も出来ず、娘を育てる事が手一杯で、シャーロットの将来の事をまだ何も考えていなかったと。
「それならば、キミにそんな思いをさせている私は夫失格だな」
「え、あ、違いますわ!!」
不甲斐ないと嘆いていたら、ルーフィスはそんな思いをさせる自分こそダメだと、謝ってきた。
ルーフィスが悪いのではないと、フィーナは慌てて顔を上げて否定した。
「妻が不甲斐ないか、甲斐甲斐しいかを決めるのは、キミではなくて夫である私だ」
「……」
「母として妻として……時には私の"恋人"として、キミはいつでも完璧だよ」
「……んっ」
ルーフィスはフィーナの頬を包むように人撫ですると、右手をゆっくりずらし、今度は唇を親指の腹で誘うようにひと撫でした。
「キミは私では不満かな?」
誘惑する様なルーフィスの瞳に、フィーナは酔いしれていた。
彼は恋人ではなく夫になったというのに、まだ仕草や声に胸がドキドキとする。
「不満なんて、ありませんわ」
あったらバチが当たるというものだ。
フィーナは、これ以上彼に求めるモノはなかった。ただ、一つ望むというなら、これからも夫の幸せの先に、自分がいる事だけを願うだけ。
「では、私にキスを……可愛い妖精さん」
「あ、手……手が、離せませんわ」
艶っぽく見つめられ、キスを強請られたフィーナは、急に恥ずかしくなり腕に抱く娘を理由に横を向いた。
「それに、娘も見てますし……」
と言い訳をしたところで、ルーフィスが許す事もなく。
ルーフィスはシャーロットの目を優しく手で覆うと、反対側の手でフィーナの顎を捉えた。
その見つめるルーフィスの瞳に、自分の姿だけが映る。
「フィー」
自分の名を呼ぶルーフィスの甘い声に捕まり、頬を赤く染めたフィーナは、ゆっくりと目を閉じるのであった。




