6 待望
ーーその瞬間がやって来た。
フィーナと専属医、侍女頭ハンナ達が数名、とある1室に入ってから小1時間。
仕事を忘れ、部屋の前や周りをウロウロする使用人達。祈る仕草をする侍女達。
扉に耳を当てたり傾けたりして、何時間にも感じる時を過ごしていたその耳にーー。
おぎゃあ、おぎゃあと可愛らしくも愛おしい声が聞こえた。
そして、まもなく屋敷に響き渡ったのだ。
このハウルサイド家の人達が、今か今かと待ちわびた瞬間である。
「お生まれになりました!! 女の子、女の子です!!」
「奥様も、もちろんご無事にございます!!」
分娩室と化した、部屋の一室から2人の侍女が感涙しながら、転がるように出て来た。
その瞬間を待ちわびていた皆は、堰を切ったようにわぁっと歓喜の声が上げていた。
「女の子!!」
「フィーナ様似かしら!?」
「ルーフィス様似でも、絶対に可愛らしいわ!!」
「あ〜ん。早く抱きたいわぁ!」
「お顔を、姿を早く早く!!」
侍女や使用人達は、抱き合い嬉し涙を流しながらも、口々に喜びの声を上げたのだ。
男子でも女子でも、健やかに生まれてくれればどちらでも良いと、願い願っていた赤ちゃんだ。
母となったフィーナも無事だと知り、安堵し涙を流していた。
そんなめでたい瞬間に、1人だけ複雑そうな表情のお方がいた。
「あのねぇ、キミ達、ものスゴく邪魔だから!!」
そう、この屋敷の主で赤子の父である。
扉の前で沸きに沸いていた使用人達に、ルーフィスは珍しく声を張り上げた。
完全に自分の存在を無視して歓喜に沸く者達を、ルーフィスは退いてくれと怒って見せた。
「「「大変失礼致しました!!」」」
「おめでとうございます、ルーフィス様」
「女の子ですよ!」
「絶対、可愛いですよ!」
「ルーフィス様も、これで父親ですよ」
わらわらと、今度はルーフィスの周りに集まる皆。
「賛辞はイイから、とにかく退いてくれないかな?」
頭を深々と下げながらも、一向に扉の前から退かない使用人達に、ルーフィスは溜め息を吐いていた。
喜ぶのは嬉しい事だが、兎にも角にもまず一番に自分を中に入れてくれと、切に願わずにはいられなかったのだ。
ルーフィスが怒る様子を見せれば、皆は互いの顔を見て笑い合いながら、今度は潮が引く様に捌けたのであった。
部屋の外で、そんな微笑ましいやり取りをしている間に、すっかりベッドのシーツや道具は片付けられて綺麗になっていた。
真新しいシーツがベッドに敷かれている。
その手際とあのやり取りに、ルーフィスは片付ける時間を稼がされたのだと気付いた。
自分にお産で乱れた姿を見せないための配慮なのだと。
ルーフィス自身が構わないとしても、フィーナは見せたくなかったのかもしれない。
ルーフィスがゆっくりとベッドに近付くと、医師や侍女達が頭を深々と下げ後ろに退いた。
たくさんのクッションを背に、ベッドにゆったり座るフィーナの腕には、純白の小さなお包みがある。
だった今、生まれたばかりの赤ちゃんがそこにいるのだ。
ルーフィスが恐々とゆっくり傍に寄れば、フィーナは優しい笑顔で上の部分を少しめくって見せた。
生まれたばかりの赤子は、赤ら顔でシワがある。
だが、むにゅと動く口はフィーナに似て小さく愛らしい。ふわふわと少し生えた髪の毛は、何処かルーフィスの髪質に似ていた。
目は瞑っているため、瞳の色はまだ分からないが、どちらに似ても綺麗な色で可愛いに違いない。
ルーフィスは目を細め、恐る恐る我が子の小さな手に触れ様としたその瞬間ーー。
「ん、ぱ」
お包みから小さな小さな声が聞こえた。
「ん? 今、パパと言わなかったかな?」
ルーフィスがそんな事を真面目に言うものだから、フィーナは思わず吹き出してしまった。
確かにそう聞こえなくもなかったが、たった今、生まれたばかりの赤ちゃんが、パパなんて言うハズはないのだ。
「あ、笑ったね?」
「ごめんなさい。でも、つい」
フィーナがクスクスとまだ笑えば、ルーフィスはフィーナの額に優しいキスを一つ落とした。
「まずは、お疲れ様。そして、可愛い天使に会わせてくれて、ありがとうフィーナ」
「んっ」
「愛しているよ。私の大事な女神」
ルーフィスは労う様に、赤ちゃんとフィーナを優しく包み込んでくれた。
初めてのお産で疲れきっていたフィーナの身体は、その優しい言葉で癒される様だった。
「でも、女の子でしたわ」
いくら、後継ぎの事を考えなくてもいいと言われていても、長子であるルーフィスのために、男子を生みたかったとフィーナは思っていたのだ。
「うん。ハエ退治は任せてくれるね?」
「え? ハエ?」
女の子だった事を詫びたつもりだったのだが、話が噛み合わない。ハエとは一体、なんの話なのだろうと、フィーナは首を傾げた。
「すでにわいている蛆虫共は蹴散らす用意がある。キミは何も気にしないで、天使と一緒に健やかに過ごしてくれればいいから」
「え、蛆? 蹴散らす?」
ますます良く分からなくなったフィーナは、近くにいた侍女頭に助けを求めた。
ーーのだが、実に良い笑顔で返された。
では、と周りを見渡したのだが、答えはなく同様に満面の笑みで返されてしまった。
それどころか、深々とお辞儀をして次々と部屋から出て行ってしまったのであった。
「どこか痛い所や、体調に気になる所は? 今、何か欲しいモノはあるかい?」
少しずれた掛け布団を、優しく直してくれるルーフィス。
その仕草の一つ一つが優しくて温かい。
だから、ついフィーナは絆されて、わがままを一つ口にしてしまった。
「…………スが、欲しいです」
「ん?」
「キ……スが」
額にしかしてくれなかったルーフィスに、フィーナは思わずねだってしまった。
なんだかホッとしたら、無性にキスをして欲しかったのだ。
「……」
ルーフィスは一瞬、目を見張ると目を細めて、甘く甘く囁いた。
「どこにして欲しいのかな? 私の可愛い女神殿」
ここかな? と焦らすように髪を一房手に取りキスを落とす。
「わかってらっしゃるクセに……」
揶揄われていると、フィーナは小さく口を尖らせた。
「人目があるからと、いつも遠慮するのはキミだろう?」
ねだるフィーナがものスゴく可愛い愛おしくて、ついつい意地悪を言ってしまった。
「人目なんか、今はありませんわ」
侍女達は先程、部屋から出て行ってしまったのだ。
人目がどこにあるのだと、フィーナは珍しく頬を膨らませていた。
「可愛らしい目が、ここに一つあるだろう?」
と、ルーフィスはそんな可愛い妻の頬を撫でながら、フィーナが大事に抱える腕の中を見た。
「まぁ!」
そこには、何も分からずにジッと見ている娘の姿があった。
フィーナは、どう返答して良いのか困ってしまった。確かに、人目……娘の前である。
「でも……父が、どれだけ母を愛しているか、教えてあげるのも必要だよね?」
「え?」
必要ですか? とフィーナが顔を上げると、ルーフィスはフィーナの紡ぐ言葉を摘み取った。
「んっ!」
フィーナの両手は我が子を抱えていて、完全に無防備である。
抵抗する気はないのだが、自分からねだった事がものスゴく恥ずかしいと、頬を赤らめた。
だが、同時に安堵した瞬間でもあった。
子を生んでもなお、ルーフィスは自分をちゃんと私を、1人の女性として見てくれると……。
甘く啄むようなキスは、フィーナの不安をすべて拭っていく様だった。
「ルーフィス様」
「愛しているよ。フィー」
可愛い赤ちゃんは生まれたが、2人の甘い関係はまだまだ続くようである。
「むにゃむにゃ」
生まれて間もない娘は、目の前でイチャつく両親を横目に、むにゃと何やら口を動かすと、満足そうに眠るのであった。




