5 旦那様、何をおっしゃっていますか?
フィーナは生まれて来る赤ちゃんの検診を受けつつ、ふと数ヶ月前の出来事を思い出していた。
フィーナの妊娠が分かり暫くして、ルーフィスが深い溜め息を吐き言った言葉である。
「マーチア殿は王宮抱えだと断られてしまったよ」
「え、マーチア様? あの、何の話をしてます?」
仕事から帰宅したルーフィスに、唐突に言われたフィーナは目をパチクリとさせていた。
帰宅して早々の言葉だが、前触れもなく一体何の話か全く分からなかったのだ。
使用人達も、何の話なのかと一様に眉を寄せていた。
"マーチア" とは、どこの誰であると。
「あぁ、キミは知らなかったね。マーチア殿の姓はベルロイと言ってね。宮廷医師を務めている方なんだよ」
「ん? その方がどうされましたの?」
さも当然の様にサラリと口にしたルーフィス。
宮廷医師で王宮抱えと言うのだから、王族の主治医だとは思うけれど、それとフィーナに謝罪と何の関係が?
フィーナは小首を傾げていた。
「赤子を生むのは命がけだろう? だから、国随一の医師を今暫く借りようと陛下に謁見・陳情したのだが、一蹴されてしまった」
ルーフィスは至極残念そうに溜め息を吐いた。
ーー当たり前では?
フィーナ以下、全員の心が一致していた。
貸して下さいと言って借りれるモノではない。
国王陛下に何かあった時の主治医だ。
その主治医を一時的とはいえ貸せる訳がない。
貴族とて、王族から見たら一市民なのだから。
「陛下も殿下も今はご健在であらせられるのだから、私の妖精が天使を生むまでの時を、一時的に貸してくれても罰は当たらないだろう、と思ったのだが……」
「「「…………」」」
何故思いましたか? ルーフィス様?
王族と謁見出来る立場と、信頼性があるのは理解出来た。
だが、いくら健康だからと言って、万が一やニもある。そのために王宮にいなければいけない……からこその、お抱えだ。ハイどうぞなんて、貸せる訳がない。
「我が侯爵家が、今まで国、いや陛下にどれ程貢献して来たのか、1度分からせた方が良いのかもしれない」
ーーナニヲイッテマスカ?
フィーナはルーフィスが怖くなり、執事や侍女達を見た。
我が旦那様は、一体何を言い出したのですか? と。
使用人達は頬を引きつらせながら、首を小さく振っていた。
「あの」
「仕方がない。時間が掛かると懸念していたが、隣国にも足を伸ばしてみようか」
ルーフィスは形の良い顎をひと撫でし、ヨシとソファから立ち上がった。
先程から、表情はにこやかで穏やかそのものだけど、発言は物騒過ぎる。使用人達は、小麦粉でも被った様に顔色が白くなっていた。
「伸ばさなくて結構ですよ。ルーフィス様」
そのルーフィスの袖をフィーナは慌てて引っ張った。
スケールが壮大過ぎて、フィーナは思わず笑みが引きつる。
何故、自分の妊娠出産で国随一とか隣国とか、そんなワードが出てくるのか。
大袈裟過ぎる気がするのは、フィーナだけではあるまい。
「何故かな。フィーナ」
「今付いて頂いているジャック様でーー」
「あれは、近々解雇させようと思っている」
「「「えぇっ!?」」」
どうしてだと、フィーナも使用人達も目を開けたまま固まった。
物腰も柔らかい人で、ルーフィスの再従姉妹サリーのお産も受け持ったベテランの医師である。
その彼を一体何故、どんな理由で解雇するのか。
「どうも、フィーを診察する時の目が……ニヤついていていかがわしい」
「「「…………」」」
皆、唖然である。
彼は……ジャック医師は、別にニヤついている訳ではないと思うからだ。
ジャック自身も孫がいる。だからこそ、フィーナの子を我が孫の時の様に愛おしく、懐かしさもあり微笑んでいただけの事である。
断じて、決して、ヤラシイ目つきではない。
ジャック医師の名誉のために、強調しておく。
「大体、あの輩は私の妖精の身体を、なんの権限があって診るのか」
「「「…………」」」
権限って "医師" としてだと思いますけど?
「私の妖精の衣服をめくり、さわさわとお腹を触るのは実に不敬で不謹慎だ」
「「「…………」」」
ただの触診ですよ?
「お産の瞬間は、私の妖精の下腹部を触る? 見る? もはやそれは極刑ものだろう?」
「「「…………」」」
極刑って……齟齬がありますが、ソレが出産時の仕事ですよ?
「第一、生まれて来る私達の純真無垢な天使を、1番に見て触れるなんて容認出来ない」
そう言って、ソファに座っていたルーフィスは目を瞑り、深々と溜め息を吐いていた。
「「「…………」」」
ルーフィス様、もしも〜し?
フィーナも使用人達も、ルーフィスの余りの言葉に顔を見合わせた。
例え医者だとしても、夫以外の男が妻に触れる。無防備な妻の身体を見る。
なんなら、我が子に1番に触れる。
その全ての行為が許せないのだろう。
「ルーフィス様、分かりました。医師とはいえ、男性がフィーナ様のお身体に触れるのが許せないのでしたら、優秀かつ経験の多数ある女性の助産師を、至急手配致しましょう。しかし、万が一の事も考慮し、ジャック医師を解雇させるのはお考え直して下さい」
「フィーナ様が検診致します時には、私を含めた侍女が数名控え目を光らせておくとお約束致します」
「「「ルーフィス様の目となる事を誓います」」」
執事長が一早く頭を切り替えると、次に侍女頭、そして使用人達が邪な輩からフィーナを護ると誓った。
そうでも言わないと、我が主は何をする気なのかも恐ろしくて考えたくもなかった。
フィーナは唖然である。
検診をしてくれる医師に、そんな不謹慎な目で見た事はないし、考えた事もない。
ルーフィスの愛の大きさと、重さを今更ながらに知ったのであった。
「しかしーー」
とまだ渋るルーフィスに、フィーナは困った子を見るかの様に微笑んだ。
「心配はありませんわ」
フィーナは、ルーフィスの左手を自分に引き寄せ、両手で優しく包む。
「私の愛した旦那様が、信頼を寄せていらっしゃる人達ですもの。その人達が私を見て下さる。これほど心強い事はありませんでしょう?」
「…………」
「これほどまでに言ってくれるハンナ達を信頼しないなんて、私のルーフィス様らしくありませんわ」
フィーナはルーフィスの顔を見て、優しく微笑んだ。
ルーフィスはチラッと使用人達を見ると、使用人達はニコリと微笑んで大きく頷いて見せた。
「いや、だが」
「 "いや" も "だが" もしかしもありませんわ。私の旦那様」
フィーナはまだ何か言いたそうなルーフィスの襟口を握り、引き寄せると口を使って口を塞いだ。
もはや、強行手段である。
使用人達は、内心、頑張れフィーナ様と応援していた。
止められるのはフィーナしかいないからだ。
「キミは……」
「お黙りになって下さる?」
フィーナは少しだけ恥ずかしがりながらも、ルーフィスの口をさらに塞いだ。
ルーフィスは無関心な様に見えるが、もの凄く行動力のある人だ。そんな彼が、是と動き出したら非も是になるだろう。
「そんな子供みたいなキスで、私が誤魔化されるとでも?」
仕返しとばかりにルーフィスが、フィーナの腰を引き寄せると、食べる様なキスを落として来た。
「んっ!」
クラクラする様な仕返しに、フィーナは抗議しようと胸を押したが無力に終わっていた。
「あの輩に何かされたら、すぐに言うのだよ?」
「わ、分かりました」
輩とはフィーナを検診する主治医に違いない。
フィーナは色んな意味で、息も絶え絶えである。
皆の前で、自分からキスをしてしまったとか、それをずっと見られていたとか色々だ。
「無理をしてはダメだからね?」
そう言ってルーフィスは、フィーナの瞼に触れるだけの優しいキスを落とした。
「ルーフィス様は、無茶はダメですよ?」
フィーナはチラッとルーフィスを上目遣いで見ると、彼の鼻先にキスを返した。
「その時はまた、今みたいに "諫めて" くれるのかな? 私だけの妖精」
ルーフィスは意地の悪そう笑みを浮かべ、フィーナの額に自分の額をコツンとぶつけた。
先程みたいに、キスで止めろと言っているのかと思うと、今更ながらにフィーナは頬に熱がこもる。
「……」
「フィー」
「もぉ、意地悪はヤメて下さいませ」
フィーナはルーフィスの意地悪い視線から、堪らず目を逸らせた。
「キミだから意地悪したくなるんだ。許してくれないか?」
「ズルいですわ」
そんな甘く囁く様な声で言われたら、許さない訳にはいかない。
「意地の悪い私は嫌いかい?」
「嫌ーーんっ!」
最後まで言わせずに、その口をルーフィスが塞いだ。
「ん? 何かな?」
「嫌ーーんっ!」
また聞かれ嫌いと言いかけると、途端に口を塞ぐルーフィス。
どうやら、その言葉ならば最後まで言わせないつもりらしい。
「もぉ」
フィーナはルーフィスをチラッと見て、困ったように頬を膨らませた。
「好き……じゃありませんわ」
嫌いと言わせないのならと、意地悪な言い方で返してみた。
ルーフィスはその反撃に思わず目を丸くさせると、クスッと笑った。
「ん? フィー、もう一度言ってくれるかな?」
「好き……んっ」
その後の言葉を、フィーナは紡ぐ事は出来なかった。
"不必要" な言葉は、ルーフィスの口によって摘み取られてしまったのだから。
「私も "好き" だよ?」
そう言って、ルーフィスの甘い口付けは、フィーナが観念するまで続くのであった。
ちなみに、空気の読める使用人達は、イチャコラし始めたくらいには各自持ち場に戻っております。
(・ω・)いつまでも見てませんよ(笑




