1 贈り物
お読み頂きありがとうございます。
初恋シリーズの思い付き短編置き場です。
短編を何度も上げるよりは、と置き場を作りました。
連載表示でありますが、あくまでも短編置き場と御了承下さい。
(´・ω・`)
フィーナ=セネットは侯爵家の長子と結婚し、フィーナ=ハウルサイドに変わって早数年が経った。
旦那様の年が10以上も離れているからなのか、温和な性格のためか、これまでケンカというケンカは1度もした事はなかった。
さすがに、初夜に夫婦の営みがなかった時には嫌われた? 飽きられた? と驚いたりもしたけれど、今思えばそれも些細な事だったと思う。
侍女頭のおかげで誤解だったと分かれば、理由が旦那様らしくて可愛くて、ますます好きになっていた。
ーーそして。
結婚して数年経った今、念願の赤ちゃんがお腹でスクスクと育っている。
医者にも、母子共に問題なしと太鼓判を押され、温かい旦那様と一緒に暮らす使用人の皆にとろとろに甘やかされながら、静かに過ごしていた。
しかし、私、フィーナ=ハウスサイドは最近、困惑している事が少し。
まず、困惑しているのは皆の行動である。
フィーナが目が覚めると先に起きていた旦那様こと、ルーフィスは優しい笑みを浮かべてベッドに歩み寄る。
そして、ルーフィスはお腹が重くて起きるのが大変なフィーナを、支えて起こしてくれた。
「おはよう。私の妖精、私の天使」
フィーナの頬と大きくなってきたお腹に、甘いキスを落とした。
「おはようございます。ルーフィス様」
「まだ、敬語なのかな? 私の奥さんは」
ルーフィスは笑いながらフィーナの手をとり、優しくベッドから下ろす。
そんなに高さはないのだが、躓いては危ないと必ず支えてくれる。
「な、慣れないの……です」
「天使が生まれるまでには、敬語でないと嬉しいなフィー」
「ど、努力します」
いつの間にか入っていた侍女達が、生温かい目で見守る中、ルーフィスはさらに可愛いとフィーナの口に軽いキスを落とした。
「「おはようございます」」
ルーフィスのキスがまるで合図の様に、侍女達がフィーナの着替えを手伝い始めた。
基本的には自分1人で着替えるのだが、妊娠してからは必ず手伝いに来る様になったのだ。
「1人でも大丈夫なのだけど」
「フィーナ様。先週もそうおっしゃられて数分後、スカートの裾を踏んで転びそうなりましたよね?」
「その次の日は、入り口の小さな段差でも躓いておられました」
「昨日は何もない廊下で躓いておりました」
「「「ですので、従えません」」」
フィーナが大丈夫だからと言えば、侍女頭のハンナを筆頭にキッパリと断られてしまった。
そうなのだ。
元からもあるのか、大きくなったお腹のせいなのか、やたらと躓く様になってしまった。
1番のきっかけは、帰宅したルーフィスを出迎えた時に、何もない所で躓いた事だ。
瞬間移動でもしましたか? というくらい早く、ルーフィスが支えてくれたので大事には至らなかったが、それ以来は何をするにも最低2人の侍女が付く様になった。
さすがに逐一付いて来るのは大袈裟だと訴えたのだが、全員一致で却下されてしまった。
トイレでさえ、扉の外側に控えられる始末である。
恥ずかしくて仕方がない。
食堂は本来は一階にあるのだが、食事のためにわざわざ階段を降りるのは危ないという理由で、部屋まで食事を持って来てくれた。
お風呂か少しの散歩以外は、二階から降りる事もなくなった。
お風呂には一階に行くのだが、それも決して1人では入れなかった。
滑ったりすれば危険だと必ず数名の侍女が、入れ替わり立ち替わりで世話をしてくれる。過保護過ぎて目眩がするくらいである。
一国のお姫様ですか? という扱いであった。
ルーフィスを筆頭にして、屋敷の人達の統率の取れた軍隊顔負けの鉄壁の護りに、フィーナは若干頬が引きつっていた。
そして、大事にされればされる程、悩みが増える。
義父母にも大事にされるのは大変有難い。
しかし、それが逆に不安になるのだ。
ここまでされて、万が一にでも赤ちゃんが無事に生まれなかったらどうしようと。
順調に育っていると言われているものの、先の事は全く分からない。考えたくもないが、死産という事もあるかもしれない。
そんな事態になったとしたら、大切にされた分、申し訳なくてフィーナはどうして良いのかが分からなかった。
それに……。
リナリアは「赤ちゃんが出来たと知られると、皆からお祝いの品が沢山届いて対応が大変なのよ?」と言っていた。
なのに、大変と言う程の量など届いていなかった。
リナリアに沢山届いたからといって、自分にも同じ様に届く訳はないのに、届くかもと勘違いしていたのが恥ずかしくて仕方がない。
それとも、私は好かれていないのだろうか?
本当は周りの令嬢達が言う様に、身分不相応だと思われて祝われていないのだろうか?
比べるモノではないし、物で人を測るモノではないと分かってはいる。だけど、ついつい比べてしまうのだ。
こんな事ならリナリアに届いたと云う祝いの品の数々を、見せて貰わなければ良かったと、後悔していたのだった。
* * *
「ご気分が宜しくありませんか?」
「え?」
「先程から、全く手が動いておりませんし、溜め息が漏れておりますので」
食堂で、夕食までのハイティーの時間を過ごしていたフィーナは、知らずと溜め息が漏れていたらしく侍女頭ハンナが声を掛けてきた。
アレコレ考え事をしていて、完全にうわの空だった様だ。
「ルーフィス様がお帰り次第、絞める事に致しましょう」
初夜のあの一件以来、フィーナの愁いの原因はルーフィスにあると、勝手に判断する様になった侍女頭ハンナは、手の指をポキポキと鳴らし始めた。
「ふぇ? や、やめて!?」
これではルーフィスが帰宅した途端に、侍女頭ハンナ処か皆に絞められてしまう。
ルーフィスが原因ではないと、フィーナは慌てて止めたのである。
「何をお悩みでしょうか?」
「私共には話し辛い事でしょうか?」
「私共では頼りないかと思いますが、愁いを取り除く手助けをさせて下さいフィーナ様」
執事長や侍女頭を中心に皆にそう言われてしまえば、心配を掛けたくはないフィーナは、悩んでいた事を吐露するしかなかったのである。
* * *
フィーナは、生まれてくる赤ちゃんに対しての責任と重圧。侯爵夫人にしてはお祝いの品が少ないのは、自分のせいではないのか……その全てを話した。
「……」
皆は一斉に顔を見合わせて、複雑そうな表情をしていた。
その表情を見てフィーナは、やはり言わなければ良かったと思っているとーー。
皆が小さく話し始めていた。
「やっぱり、隠すべきではなかったのでは?」
「でも、ルーフィス様の意向も理解出来ますわ」
「そうだけど、結局フィーナ様が愁いでは何の意味もないわよ」
侍女頭ハンナと、執事長サムがコホンと咳払いをすれば、侍女達は慌てて口を閉じ、背筋をピンと伸ばした。
「フィーナ様」
「はい」
「ご覧になって頂きたい場所がございます」
一歩前に出た執事長サムが代表として、フィーナをとある場所に案内したいと言ってきた。
「……場所?」
「はい」
フィーナは何故、急に? と訝しんで侍女達を見たが、優しく微笑み頷くだけだった。
「こ……れは?」
フィーナが連れて来られたのは、一階の角部屋だった。
ご覧下さいと言われ良く良く見ると、20畳はある部屋一面に箱が綺麗に仕分けして積んであったのだ。
「全て、フィーナ様のご懐妊のお祝いの品々でございます」
「え? 全部?」
「左様にございます」
執事長サムがそう言うと、フィーナは部屋を改めて見渡し絶句していた。
小さい物から大きい物まで様々だが、数え切れないくらいの品である。リナリアと比べてはと思いつつ、倍近い数がそこにあった。
「……こんなに」
「純粋にご懐妊をお祝いしての品々もありますが、これを機に我が侯爵家に取り入ろうとしての品々も勿論ございます。思惑は様々ですが、全てはフィーナ様のお祝いの品にございます」
お生まれになれば、更に届くでしょうと、執事長サムは優しく微笑み、説明をしてくれた。
アチラは懇意にしている家の品々だとか、アチラは侯爵家に取り入ろうとしての品々だとか……それは細かく色々と。
「ルーフィス様がご準備しているのは、別の部屋に」
侍女頭ハンナがニコリと笑った。
どうやら、ルーフィスはルーフィスで色々と購入して、別の部屋に隠して置いてあるらしい。
そんな事を全く知らなかったフィーナは、驚き過ぎて言葉が出なかった。
「何故、私に隠していたのですか?」
フィーナには疑問しかない。
隠す意味も分からないし、お祝いを貰ったのなら侯爵夫人として、しっかりと手紙を返さないといけない筈。
そう訊いて見れば、それらもルーフィスや義父母がやってくれているから心配は無用だと返ってきた。
「それはーー」
と侍女頭ハンナが説明をしようとした時、背後から甘く優しい美声が聞こえた。
「私が頼んだからだよ。フィー」
声と同時に、ふわりとフィーナの肩にブランケットが掛かった。
いつの間か帰宅していた様だった。
「主の出迎えに誰も来ないとか、ココは一体誰の家なのかな?」
「「「大変失礼致しました」」」
ルーフィスは大袈裟に "誰も" と言っていたが、事実ではない。
他の者達は出迎えていたのだ。
執事長達もそれを知った上で平謝りして見せた。ルーフィスはフィーナ第一の行動なら叱責したりしない。
わざとらしく怒るフリをしているだけなのを知っているのである。
「申し訳……んっ」
「ただいま。私の妖精」
フィーナが謝ろうとした言葉を吸い取る様に、優しいキスが降ってきた。
「み、皆が……」
こんな間近に侍女達がいるのに、恥ずかしいとフィーナは頬を赤らめた。
だが、そんな些細な事など今更過ぎて、侍女達はなんとも思ってはいなかった。逆に何もない方が心配なくらいだった。
「妖精さん。おかえりは?」
ルーフィスは強請る様にフィーナの口にキスを落とした。
「お……かえりなさいませ」
「うん、ただいま」
フィーナが恥ずかしそうに言葉を返せば、ルーフィスは満足そうにもう一つキスを落としたのであった。
* * *
説明をするとフィーナは自室に連れて来られ、今はルーフィスの膝の上に座っている。
ルーフィスは、膝の上に座らせたフィーナの手を、愛おしそうに触れて穏やかな表情で話し始めた。
「隠していたのはね」
「はい」
「心穏やかに過ごして欲しかったんだよ」
「……」
「あの数を見て、キミはどう感じた?」
「すごい……なと」
あんなに送られていたなんて、知らなかったのだ。
少ないければ少ないで嫌われているのかと、心配になるけれど。多ければ多いで、もしもの事を考えると祝ってくれた人達に申し訳なく感じた。
「うん、素直に嬉しいと思うだけなら良いけれど、周囲の期待がそのままキミの重荷になり兼ねない。だから、無事に生まれてくるまでは隠す様に言ってあったんだ」
そう言ってルーフィスは、フィーナのふっくらしているお腹を愛おしいそうに触れた。
「……ルーフィス様」
フィーナは胸がいっぱいになっていた。
ルーフィスがずっと、フィーナが思う以上に自分の事を考えていてくれたのだ。
なのに、自分は贈り物の数が少ないとか、なんて浅ましい考えを持ってしまったのか猛省していた。
「フィーナ」
「はい」
「今はただ、キミ自身が健やかに過ごす事だけを考えて欲しい。それでももし、私達の天使に出会えなかったとしても、大祖母が向こうで育ててくれる。だから、何も心配はしなくていい……ね?」
「はい」
ルーフィスは、自分の心配事を全て分かってくれていた。
大祖母はすでに亡くなっている。その方が育ててくれると言う。
それは万が一、我が子が無事に生まれて来なくとも、それは誰も悪くないのだと言ってくれているのだ。
長子の念願の子。その子に何かあれば、普通なら罵られても仕方がない話だ。
だけど、そうなったとしてもそれも運命だと、受け入れると言ってくれていた。
その事で自分は決して責めないし、誰にも責めさせない。護るから安心していいと、言ってくれる様に感じた。
それが無性に嬉しくて、フィーナの頬には自然と涙が伝う。
心から安堵したのだ。彼を信じていれば、何も心配する必要はないと。
「フィー。愛しているよ」
ルーフィスは流した涙を掬いとる様に、フィーナの瞼や頬に優しくて甘い甘いキスを降らせた。
「私も愛しています。ルーフィス様」
フィーナがルーフィスの膝の上にいるため、2人の距離はいつも以上に近く、吐息が交差する。
ーーそして。
2人はしばらく見つめ合うと、愛を確かめ合う様に、何度も何度も唇を重ねたのであった。
メリークリスマス♫
(`・∀・´)