第4話 穂乃花は桜井を頼る
「と、いうわけなの。ね、色々とおかしいでしょ? こんがらがって訳が分からないから、桜井さんを頼ったの」
穂乃花は言いながら、思い出して泣きそうなほど悲しい気持ちになっていた。
「私のせいで芹沢くんを怒らせちゃったし、それに事実だけど不倫は事実じゃないって、どういうことなんだろう?」
芹沢の無実をきちんと証明したかった。
変な噂を止めたかった。
彼と仲直りもしたかった。
「うん、話はだいたい分かった」
工藤さんの必死な理由もね、と桜井は呟く。
「それで、桜井さんはどう思った?」
「いや、別に。それよりも、芹沢くんって相変わらずヘタレだね」
「芹沢くんはヘタレじゃないよ」
「ヘタレだよ。私は彼と中学校から一緒だったけど、彼ってモテるくせにずっと好きな人がいるって断っていたらしいね。確か工藤さんは芹沢くんと昔から知り合いだから、その話は知っているよね?」
桜井の言うとおり、穂乃花と芹沢は幼稚園の頃からの付き合いだ。一度彼が小学校の途中で転校していなくなったが、三年後に中学校で彼と再会し、それから志望した高校も一緒だった上に偶然今は同じクラスだ。
「そうよ。だから、ヘタレじゃないって知っているの。それよりも、別にってどういうこと?」
穂乃花が話を戻すと、桜井はなぜか疲れたようにため息をついた。
「芹沢くんは不倫をしていないって言ったんだよね? それが真実じゃないのかな?」
「で、でも、粕谷先生と抱き合っていたのは事実だって……」
「それで工藤さんは信じたわけだ? その噂を」
「え、違うよ! でも……」
穂乃花は言いよどむ。
「抱き合っていたのは本当って言われて、びっくりした……。てっきり嘘だと思っていたから」
思い出して、穂乃花の胸の奥がざわざわしていた。
唇を思わず噛み締める。
「ふーん、脈がないわけじゃないんだ」
「え、どういうこと?」
「いや、こっちの話。ところで、相手の粕谷先生って何か処分とかあったの?」
「ううん、何も。普段通り授業をしているよ」
「そっか。それなら噂の件は、ミスリードが原因だと思うよ」
桜井はさらっと「肩に糸くずがついていたよ」くらいの軽い口調で、噂の説明を始めていた。
そのため、穂乃花はきょとんとするはめになった。
「あの、ミスリードってなに?」
「推理ものの小説でよく使われるんだよ。読み手にAだと思わせておいて、後半でBだと真実を出すんだ。要するに誤解させる方法」
「誤解? あ、もしかして」
「そう、始めに不倫というインパクトのある単語が出てしまった。そのせいで、抱き合うという動作が、男女の交際という意味に限定されてしまったんだと思う」
「でも、普段の生活で抱き合ったりしないよ? 特に先生と生徒なら」
「そう、だから誤解されるきっかけになった。誤解であって事実ではないのに、そんな噂が立ってしまったんだと思うけど。工藤さんは芹沢くんと幼馴染なら、彼の家について何か知ってる?」
「近所でもないし、特に何も聞いてないから知らないよ?」
「工藤さん自身が知らなくても、君の両親――特にお母さんは何か知っているかもしれないよ? お母さんは先生を誰かに似ているって言ってたんだよね?」
なぜ桜井がこんな質問をするのか、穂乃花は理解できなかった。
「答えは、君の過去にあると思うよ」
「過去……?」
「そう。私からはこれ以上この件については言えない。それはただの憶測になってしまうからね」
「でも」
「何か分かったら、また相談に乗るよ」
桜井はバッグから本を取り出した。しおりを挟んだページを開いて読み始める。
「う、うん……。分かった。今日はありがとう」
桜井は相談に興味を完全になくしていた。そんな彼女と会話は続けられない。
答えは自分の過去にあるなんて、意味が分からない。煙に巻かれたような気分だった。
穂乃花は図書館を去り、とぼとぼと自宅に戻った。