第3話 穂乃花は芹沢に拒絶される
芹沢と気まずいまま放課後になった。なんとかしなければ。
下校するときが、芹沢と二人きりで話せるチャンスだ。彼も部活に入っていなかったはず。同じ地元出身だから、途中までは帰宅経路が同じだった。
穂乃花は芹沢が教室を出るタイミングを見計らっていた。
彼は自分の席でカバンに教科書を詰めていた。ふたをしてリュックを肩にかけたとき、他の男子が彼に話しかけてきた。
「なあ、芹沢」
「なに?」
「芹沢が粕谷先生と不倫しているって噂が流れているんだけど、本当?」
またクラスの視線が集まった。
みんな芹沢の返事に期待している。息をのむ音が聞こえそうなほど、静まり返っていた。
芹沢はみんなの視線に気づき、不快そうに眉をしかめる。
「違うけど。そんなサイテーなことしないから」
そう一言吐き捨てると、教室から足早に去っていく。
「お前、なに聞いているんだよ!」
「本当のこと、言えるわけないだろ?」
芹沢がいなくなったあと、周囲にいた男子たちが突っ込みを入れている。まるで冗談を言い合うような軽い口調だ。
悪意はないかもしれない。
それでも他人事とはいえ、穂乃花はとても嫌な気持ちになった。それが当の本人だったら、どれほど針のむしろだろう。
穂乃花は慌てて彼を追いかけていった。
ところが、芹沢の歩みはいつもよりも速く、穂乃花がやっと追いついたときは下駄箱の前だった。
「あの、芹沢くん!」
「なに?」
振り返った彼からとげとげしい雰囲気を感じた。ピクリとも笑っていないからだ。
「え、あ、工藤さん?」
けれども、話しかけた相手が穂乃花だと分かると、少し表情が和らいだ気がした。それでも、まだ怪訝そうに眉をひそめている。
「芹沢くん、一緒に帰らない?」
「え……?」
芹沢が戸惑った表情をする。いきなり誘ったから驚かせたのかもしれない。
「あの、話があるの。昼間の件で……」
穂乃花がそう事情を話すと、芹沢は見るからにがっかりした顔をした。
それから穂乃花を遠ざけるような、とても迷惑そうな目つきをする。
思ってもいない相手の反応に血の気が引く思いがした。
自分はまた何か間違えた対応をしたのでは。そう不安になった。
そのとき、こちらに他の生徒たちが賑やかに近づいてくる。彼らは穂乃花と芹沢に気づくと、不自然に足を止めた。
「あれ」
「あの噂の」
「一緒にいるの誰?」
「いいよな、モテる奴は」
穂乃花たちを見ながら、ヒソヒソと内輪で話している。
でも、声を潜めているみたいだが、興奮気味なので、こちらまで丸聞こえだ。
彼らの口調に含まれる好意的ではない、僻みのようなニュアンスは、穂乃花の体を無意識に竦ませる。
とても感じが悪かった。
けれども、相手は穂乃花よりもガタイの良い男子三人で、どんな人なのかも知らない。「止めて」という、たった三文字が怖くて言い返せなかった。
「工藤さん、僕に近づかないで」
「えっ!?」
聞こえた芹沢の声に驚いて、穂乃花は慌てて彼のほうを向く。彼は歯を食いしばるような顔をして俯いていた。こちらを見ようともしない。彼からとても強い拒絶を感じた。
「じゃあ」
芹沢は逃げように外靴を持って穂乃花から去っていく。
彼から避けられた。
冷や水を浴びたような辛い気持ちが襲ってくる。足元が震えそうになる。
穂乃花はショックのあまり、彼に何も言えなかった。