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第1話 穂乃花は図書館に行く

 彼女は休みの日になると、いつも図書館にいるらしい。


 工藤くどう穂乃花ほのかは、彼女に会うために自転車を走らせる。


 今日は清々しいほどの晴天だ。透き通った空の青が、頭上にいっぱい広がっている。

 春の穏やかな日差しは、道端の新緑を瑞々しく照らす。暖かな風が花の匂いを穂乃花のところまで運んでくれる。


 それでも、塞ぎ込んだ気持ちまでは陽気にはならなかった。

 だからこそ、彼女に会えば、穂乃花は気分が元に戻りそうな気がしていた。


 図書館の駐輪場に到着して、心なし速足で入口へ向かう。

 自動ドアを通り過ぎると、開放的なエントランスホールが広がる。

 その先には広い通路が続き、両脇にはジャンルごとに本棚がいくつも置かれている。様々な年齢層の利用者を見かける。


 穂乃花は彼女との待ち合わせ場所に向かう。

 机と椅子がある利用者スペースだ。


 案の定、本を読む彼女がいた。一人で黙々と。

 長いストレートの黒髪をいつもどおり簡単に後ろで一つに束ねている。彼女の髪は、いつも羨ましいくらい艶々として、天使の輪みたいな光沢がある。

 化粧っ気のない肌は、白く透き通り、滑らかだ。


 高校生になっても相変わらずだなぁと、一か月ちょっとぶりに会う元クラスメイトを穂乃花は懐かしく感じる。


「ごめん桜井さくらいさん、待った?」


 穂乃花が声をかけると、彼女はちらりと眼鏡のレンズ越しに視線をこちらに向けた。

 切れ長の綺麗な瞳と目が合う。


「あれ、工藤さん? 眼鏡じゃないんだ?」

「うん、コンタクトにしたの」


 穂乃花は中学まではずっと眼鏡だった。強い近視と乱視が入っていたため、牛乳瓶の底みたいな厚さのレンズだった。

 でも、高校に入って、やっと親からコンタクトレンズ使用の許可が出た。


「そうなんだ。まるで別人だね」


 中学卒業後に穂乃花はバッサリと髪をショートボブにカットしていた。だから、桜井が言うとおりイメージはかなり変わっていた。


 桜井はすぐに興味をなくしたようで視線をすぐに本に戻し、再び読み続ける。


「ごめん、もうちょっと区切りまで待って」


 彼女のマイペースさも変わらない。

 背筋がピッと一本通ったように、綺麗な姿勢をしている。

 彼女の読書姿には、邪魔をしてはいけない尊さがあった。


「うん」


 穂乃花は答えながら彼女の横の椅子に腰かけた。

 今日は日曜日なので、お互いに私服だ。


 先月までお互いに中学校のセーラー服姿だったから、彼女のパーカーにジーンズの格好は珍しい。

 穂乃花を別人だと言う彼女こそ、装いを変えて化粧をすればファッション雑誌に載っているような美少女になると思った。


 穂乃花はスマホをバッグから取り出して、時間を潰す。

 ネットを閲覧していたら、パタンと本を閉じる音が隣から聞こえた。どうやら読書を中断したらしい。


「珍しいね、君から会いたいだなんて」


 桜井は机の上に本を置き、穂乃花のほうを向いた。

 先日、穂乃花は彼女にメッセージを送っていた。会って話がしたいと。


「だいたい私たちはクラスは一緒でも、特別仲が良かったわけじゃないよね?」


 その彼女の率直な反応に穂乃花は苦笑いを浮かべる。


「うん、今日はわざわざ来てくれてありがとう」


 桜井とは仲良くするグループが違っていた。彼女は文化部系。一方で穂乃花は帰宅部系だ。

 桜井のこういう歯に衣を着せぬ物言いを穂乃花の親しい友人が苦手にしていた。だから、在学中は桜井とそれほど親しくなることはなかった。

 今まで個人的にやり取りをすることもなかった。彼女の連絡先を知っていたのは、クラスで連絡用のグループを作っていたからだ。

 それなのに桜井に突然連絡をしたのは、穂乃花にとって重大な理由があったからだ。


「でも、どうして変に思っても来てくれたの?」


 大して親しくもない人間からの誘いだ。断れるかもしれないと思っていた。

 桜井は質問を聞いて、ニヤリとほくそ笑む。彼女の白く綺麗に揃った歯が見えた。


「君の行動を疑問に思ったからだよ」


 穂乃花は彼女らしい答えを聞いて、頼もしく感じた。やっぱり彼女に思い切って連絡して良かったと思った。


「実は、そういうところを今回期待して、相談したいことがあったの」

「やっぱりね」


 桜井の口元が弧を描く。楽しそうに両目が輝いている。

 彼女は興味のない話題だと、すぐに本の世界へ戻っていく。

 中学卒業の寄せ書きにまで「いつも本を読んでいたね」って書かれるほど夢中だった。


「工藤さんの相談相手に指名されたことは光栄だけど、どうして私を頼ろうと思ったんだい?」

「だって、桜井さんは謎を解決したことがあったじゃない」

「私がそんな探偵みたいな真似をしたことがあった?」


 桜井は考え込みながら首を傾げる。


「あったよー。不良のA谷くんに資料室の鍵紛失の疑いがかけられたときに真犯人を見つけたのは桜井さんだったでしょ?」

「あれは、ただ単に鍵の貸し出し履歴を追っただけだよ」


 桜井はあっけらかんと事も無げに言う。


「で、でも! みんな最初からA谷くんを疑っていて、調べようともしなかったよ?」

「はいはい」


 その桜井のそっけない態度に穂乃花は少しだけ不安を感じる。彼女を頼った理由に根拠がなければ、相談を断られるかもしれないと思ったからだ。だから、もっと納得できるだけの理由を述べなければと焦った。


「まだあるのよ」

「なに?」

「うちのクラスで大事なファイルがなくなったとき、あれも桜井さんがあっという間に見つけていたよ」


 今度こそ穂乃花は自信を持っていた。


「あれって、白い分厚いファイルのこと?」

「そうそう!」

「あれは似たようなファイルがあったから、紛らわしいなぁって覚えていただけだよ?」


 桜井は呆れた様子だ。


「と、とにかく。桜井さんの観察力や分析力はすごいなぁって私は思っていたの」


 穂乃花は断られてはまずいと思い、必死になっていた。


「う、うん。分かったから、もうちょっと声は小さくね。今の君は、そうでなくても目立つから」


 穂乃花は慌てて自分の口を押さえた。どうやら話に夢中になり過ぎて、声が大きくなり過ぎていたようだ。


「そうだね。場所を変えようか?」


 穂乃花は桜井の提案に素直にうなずいた。

 向かった先は、上階にある休憩スペースだ。空いているテーブルが一つだけあった。そこに座ると、さっそく桜井が期待に満ちた目を向けてくる。


 どうやら穂乃花が抱えている問題を聞きたくて仕方がないらしい。

 断られることはないようだと、少しだけ安心できた。


 穂乃花はここの自販機で買ったお茶のペットボトルを桜井に渡す。


「これ、あげる」

「え、いいの?」

「今日来てもらったお礼」

「そっか、ありがとう」


 桜井は遠慮せずに受け取り、さっそく飲み始める。


「で、工藤さん。話はなんだい?」


 穂乃花は座りながら、口を開く。


「実はうちの高校で変な噂が流れているの」

「噂? ストーカーに遭っているわけでもなく?」


 穂乃花はこちらをじっと見つめる桜井に黙ってうなずいた。


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