8 約束の重要さ
下校前のホームルーム。
私は後悔していた。なんであんなこと言っちゃったんだろう……
授業中に放った言葉が脳裏をよぎる。
部活休みだから早く行かない?――なんて大胆なことを……
今思い出すと、恥ずかしくて頰が紅くなってみんなにバレそうだ。
久々に習字――大好きなことで人と話せた。内容はただの張り合いになっただけだけど………
私、子供ぽかったかなぁ………あんなに張り合って闘争心剥き出しにしていたにもかかわらず、面倒くさがるどころが、全部答えてくれて……やっぱり優しい……見つかったら幡川も怒られるのに……
私は、そう思いながら隣の幡川見る。目なんて合わせられないからちらっとだ。
彼は机に突っ伏している。しかし寝てはいないようだ。彼は疲れているのだろうか?昨日は休日だったはずなのに全然疲れがとれていない気がする。それなのに話してくれたのかな?
………不意打ちみたいに私の字を褒めてくれた。
急にあんなこと言われたら、照れて恥ずかしくて目なんて見れないよ……
幡川ってあの子みたいだった。
私が小学生の頃、嫌だった陸上を大好きにさせてくれて今まで続けさせてくれた原点の人。
絶対に、努力する人を悪く言わない。そして、正直に褒めてくれる。そんなところがあの子とそっくりだ。
そんなことを考えていると校内に下校を知らせるチャイムが鳴り響く。ホームルームの終了の合図。担任の先生はそれを聞くと「じゃあ、これで終わり。気をつけて帰れよ」と言って教室から出て行く。それを見届けたクラスメイトは、先生がいなくなったと同時に席から立ち上がり下校の準備を開始した。
幡川は、一目散に教室から出ていった。誰よりも早く一番に。
それを見た、クラスメイトは「あいつ、あんな急いでうんこ漏れそうなんじゃね?」など言って笑っている。
そんな中、私はサッカー部の棚山に呼ばれた。そこには、私が仲良くしているクラスの中心の女子、鹿波奈美、下原夢葉がいた。
「ねぇ、夏帆〜。マジかわいそすぎ〜。幡川とか隠キャだし終わってんじゃん」
「そうそう、先生に目悪いから前にしてくれませんかぁ?とか頼めば?」
「ま、嫌だけど。後ろが魅力的だから我慢するわ」
私はついついそう言ってしまった。彼がいない場所での陰口。すこし、苦しい。胸が痛い。
「ホントだよな。お前さっきアイツに話しかけられてたよな。ホント気持ちわぁっるっ!マジで立場わきまえろってんだよ!クソオタク」
「ハハハ……」
私は棚山の言ったことに乾いた笑いしか出来なかった。向こうはこちらの悪口なんて言わないだろうに……罪悪感が溜まっていく。
「ねぇねぇ、今日久々に部活休みじゃん。今から、カラオケ行かね?」
夢葉がそう提案すると、同じグループにいる男子たちが「おー、それさんせー!秒でカラオケいこーぜぇ!」と騒ぎ始める。棚山も同意している。
しかし、私には予定がある。大切な予定が………
「ねぇねぇ〜夏帆も今日行くよねぇ?先週断ってばっかだったじゃん」
「うっ……それは……」
奈美にそう言われて私は言葉に迷う。先週、部活終わりの誘いにずっと断っていた、だから軽く断ることができない。どうやって断ろうか……そう考えていると、
「なあ……最近、夏帆どうした?大丈夫か?」
棚山が私にそう言ってきた。
「え?どうして?あたし、別に普通だよ?」
「え〜、でも、最近元気ないよ?大人しいじゃん」
夢葉もそう言って私の肩を軽くトントンする。
「別に普通だよ……」
「じゃあ、いこーよ!久々じゃん!いいじゃん!せっかく部活休みなんだから!もうこんなのないかもだよ?」
テスト週間以外の部活休みは魅力的だ。しかし……幡川にも悪い。私から提案した手前……簡単に断るのは……
私は悩んだ。そして、答えを出した。
「分かった……今日は特別だし……あたしも行くよ!」
「うぇぇい!それでこそ夏帆!」など私のグループからは歓声が上がったが私の心情は、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
明日、平謝りで謝るしかない………私はそれを覚悟した。
ふつうに約束破るんだもん……軽蔑させても仕方ないよね……
そう思いながら、私は初めて幡川にメールを送信した。
西条夏帆:
今日ごめん。急な用事で一緒に行けなくなった。今日おばあちゃんのところにも行けないから、それも言っといて。ホントにごめんね?
文字を打っていて本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
すると、二分ほどして、既読がついた。
幡川洸夜:
了解した。俺から言っておくから、西条は気にすんなよ。
幡川からメールを貰うとさらに私の心が痛くなった。この用事が遊びだって幡川が知ったらどう思うだろう。
やっぱり軽蔑されるよね………でも、私が悪いし………それにアイツ嫌いだから別にいいや………
思っていないのに、勝手に思ってしまう。これはただの言い訳だ。自分を嘘で丸め込もうとしているだけ。
もう、私は幡川を軽蔑したりキモい生命体とか思っていないのに………そうやってまた差別的な発言を重ねて……彼の優しさに頼って………私は最低だ。
私だけしか交換してくれなかった特別な幡川のアカウント。信用してくれていた幡川に申し訳ない。
その幡川との最初の会話がこんな会話になってしまったのを私は深く後悔した。
*○*○
学校から出て駅へ向かっていると西条からメールが来た。
内容は、「今日一緒に行けないから両おばあちゃんに言っておいてほしい」ということらしい。
多分、あのグループに誘われたのだろう。今日は全校が部活なしの特別な日。部活動に加入している彼らにとっては滅多にない休み。遊びたいのも理解できる。きっと西条も同じなはずだ。
だから、俺は「了解」と送っておいた。
結果的に言えば仕事を多く持ち帰ったことになったが会長に会わなくて済んだのだ。俺にとってはそちらの方が大きいから別に気にはしていない。
俺は予定通りに早めに老人ホームに向かうことにした。
「そうか……夏帆さん。今日は用事か………」
俺の祖母が残念そうに言う。
「でも、用事なら仕方ないよ。それに強要なんて俺はできないし……」
「まあ、それもそうじゃの。仕方ない。高校生は忙しいからの」
祖母が納得していた。
「洸夜くんも部活動なしだから嬉しい?」
西条の祖母が俺にそう聞いてきた。
「俺は、部活動やってないので変わらないですね……暇を持て余しています……」
そんな事を言ったら、祖母が、
「ウソ言え!洸夜、お前。ここ数日寝てないじゃろ?」
祖母の言葉で俺は背筋が凍った。祖母の目は鋭く嘘をつくことを許してくれないようだ。
「休日、勉強が忙しくて……」
そういうと、西条の祖母が、
「でも、睡眠は取らなければダメよ?倒れたら大変だから。」
「はい……今日は早く終わったので寝れそうです、バイトもありませんし……」
今日と明日はバイトがない。だからしっかりした睡眠がとれる。
「それならいいけど………」
「洸夜、お主、去年みたいに違法な時間にバイトしてないじゃろうな?」
「してないよ。朝の新聞配達だけ。それと夜のファミレスは十時までだし……」
「それで、休日はサッカーのユースじゃろ?」
「日曜だけだし……もう試合にも出てないから大丈夫」
「本当に、無理だけはするなよ?」
「わかったって……」
俺はそう祖母に誓って老人ホームを後にした。
どうやら、祖母の目は誤魔化せないらしい。睡眠は取らなければならない。これを改めて誓った俺だった。
○*
――やっと至福のひとときを過ごせる。
そう思って俺は、いつもの喫茶店に入った。入るなり、美月さんが接客してくれる。
「洸夜くん。今日は早いんだね。もうちょっとでシフトの時間ズレてたよ」
これは失態。やはり五時前は早かったか?
美月さんは、俺が五時半過ぎに来ることを知っていたのでシフトを五時から入れていたらしい。本当にギリギリだった。
席に案内されるなり美月さんがすぐに注文を受けにくる。もう注文するのは、知っているからだろうか……
それでも、丁寧に「ご注文は何になさいますか?」と聞いてくる。
俺は、「いつもので……」と言った。
これこれ!これ、言ってみたかったんだよね……
それを聞いた美月は、
「はいはいわかりました。常連さんっ!」
と言ってコーヒーを淹れに行った。
数分後、コーヒーが到着する。
「お待たせ致しました。洸夜くん。コーヒーのショートです」
美月さんが淹れてくれたコーヒー。とてもいい香りだ。「いただきます」と言ってからコーヒーを飲む。
おいしい……またまた腕を上げたようだ。本当に彼女は努力家だ。今に満足せずさらなる高みへと向かおうと努力する。俺は、凄く尊敬した。
「とっても美味しいです。美月さん。もう最初に飲んだ店長のコーヒーなんて飲めませんよ!」
「ありがとう!洸夜くん。やっと他の人にもコーヒー出していいって店長から許可が出たよっ!洸夜くんが、感想を言ってくれたおかげだよ!」
「そんな……俺なんて、感想言ってただけですし……美月の努力の結果ですよ。店長もビビったと思いますよ」
「平気な顔して飲んでたけど……」
「いや、顔に出してないだけでしょ。俺は普通に美月さんの方が好きだよ?」
そう言った途端、美月の頰が朱色に染まる。急に俯いた。
「えっ?すっ……す、好き?」
「うん。好き。美味しいよ。コーヒー」
「あ、コーヒーね。うん、ありがと」
何故だか、美月さんが落ち込んでいる気がするけど気のせいだろう。
俺は、全てコーヒーを呷ると、リュックからノートパソコンを取り出した。
「え?洸夜くん。何し始めるの?」
話していた、美月は不思議そうにパソコンを覗き込む。
「生徒会の資料作りをやらなきゃで……」
「生徒会やってるんだぁ……イメージわかない……」
まあ、見た目からしたら仕方ないですけどね……
俺は、メガネを取って曇りを拭き取る。ちょっとコーヒーに夢中で忘れていた。拭いていると、美月さんが
「洸夜くんってメガネ取るとイケメンだよね。ずっと気になってたんだけどなんでつけてるの?」
今までメガネを外したことは何回かあったが、美月は特に何も言ってこなかった。少し気になっていたが、そんなに重要なことでもなかったので聞いてこなかったのだろう。
「目が悪いからですね……」
「コンタクトでよくない?」
「疲れるので……」
「あ〜わかる!だけど、メガネ外した方がモテると思うよ?現に私はコンタクトだし……」
「メガネ外してモテても嬉しくないですけど、美月さんのメガネ姿は見てみたいです……」
「え?みたいの?」
「はい、見たいです……」
「じゃあ、明日メガネにしよっと…」
軽くメガネにすると言ってくれる美月さん。少し楽しみだ。
「それなんの資料?」
パソコンにある今作成している資料。それが気になるようで美月さんは尋ねてきた。
「文化祭の資料です。この前片付けたはずなんですけど……不備が見つかったので……」
「大変だね……」
「ハイ……大変です。だけど、もうこれ終わったら家帰ってすることないので頑張れます」
「え?バイトないの?」
「今日はないですね」
「ふーん。ねぇ、今日七時までここに居る?」
「まぁ、居れるのなら……仕事なんて沢山ありますし……」
「じゃあ、それ終わったら私とデートしない?」
美女からの突然のお誘い。俺は固まった。
えっと……どうしよう……
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