7 席替え反対!!
――席替え
それは、ボッチにとって無意味な行事と言ってもいい。クラスに仲のいい人が存在しないのだから誰が近くになろうと俺は全く関係ないのだ。強いて言えば、場所が変わる――それだけだ。
だから俺の場合は席替えではなく場所替えである。
今の席は何故か最前線。背後の陽キャどもから視線を浴びて日々背中がゾッとしていた。背筋に力を入れすぎて無駄に筋肉がついたまである。
とにかく、憂鬱である。体育祭や文化祭と並ぶまで憂鬱だ。
席替えで俺が一番嫌なのは、俺の隣になった奴がつまらなそうな顔をこちらに向けてくることだ。
ホントにケンカ売ってるのか?
つまらないならお前が他の席行って喋ればいいだろ?と思う。何故こちらを向くのか?蔑み?憐れみ?そんな視線を向けて、浴びせるかけるようにするが、全く余計なお世話だ。
俺だって好きでボッチしてるわけじゃない。いや、好きでボッチやってるか……ボッチになったのは、俺からだから好きでやってなきゃここまで続かない。
別に最初から浮いてた訳ではなかったのだから。
朝のホームルームにて、教師が席替えのくじ引きを持ってくる。
先生はノリノリである。作業がとにかく好きな先生。そんなに作業が好きならくじ引きの紙なんて作成してないで生徒会の雑用手伝いやがれと思う。職員室で暇そうにコーヒー啜りながら紙チョキチョキしやがって………
会長に頼まれ最終確認を先生に診てもらおうと思い向かったらこの光景。
そんなにチョキチョキするのが好きならされるのも好きなはず。
俺が教師の髪をチョキチョキしてやりたい。
殺意ってホントにあるんだなぁ……
と実感した瞬間だった。
その先生が、
「では、くじ引きを開始する。廊下側の生徒から順に取りに来い」
と威厳を保って言うが、表情は明るい。うっきうきでやんよ!!とその顔が訴えかけている。
クラスメイトは騒ぎ出す。特にこのクラスの中心核、サッカー部のエース棚山がうるさい。それを取り巻くように、陽キャ男子と陽キャ女子がいる。
その中には、西条の姿も。
モテる部活であるのもあり、サッカー男子、棚山は人気がある。
しかし運動部に入部していればだれでも人気がある。
補欠であろうと、ベンチであろうとベンチ外であろうと『運動部』というパワーワードの前に文化部は屈服するしかない。完全なる格差だ。
実力もないようなやつに限って部活のことを話したがる。幡山なんて特にそうだ。二年生で10番背負っているらしいがお飾り10番だろう。上手な選手は、みんな自分から話したりはしない。聞かれれば話すが自分からなんて言わないのだ。天狗にならない奴が成長する。これは、俺が運動をやっていた時に恩師がよく言っていた言葉だ。
あんなに天狗になっているのだからそのうち失敗すればいいのに……密かな俺の願望だ。(最低野郎)
クラスメイトはどんどんと『先生のお手製くじ(洸夜の殺意マシマシ)』を引いていく。俺も席を立ってくじを引きに行った。
紙には数字が書かれていて、黒板にはその数字の席場所が書いてある。その数字に合わせて席替えをするのだ。四十人クラスなので数字は四十番までだ。
俺は、席に戻り引いた紙を開く。数字は十八番。この教室は一列六人。
つまり廊下から三番目の一番後ろだ。
嬉しい……一番後ろだと、睡眠学習ができる。それに陽キャたちの視線に晒されなくて済む。いいことづくしじゃないか!あとは、近くの人に変な奴がいなければいいけど。
誰が近くでも気にしない俺には関係ないが、鬱陶しい奴はごめんだ。ちょっかいだけは面倒。イラってして殴り倒すかもしれないし……
ともあれ、今日の一時間目から一番後ろはラッキーだった。その場で机を動かし始めるから、一時間目から後ろの席で寝れる。席替えがこんないいものだとは、思ってもみなかった。
クラスメイトが席を動かし始めるので俺も同じように席を動かした。動かし終わるとホームルームは終わる。今日のホームルームは席替えだけだった。
一時間目開始まであと三分。
一時間目は日本史。休憩の時間が少なくなるにつれて、席に着くクラスメイトが増えていく。俺の隣の席にも人が戻ってきた。俺が日本史の教科書を取り出そうとしていると、
「幡川……まさか、隣なの?」
と聞き覚えのある声がした。昨日も聞いた声。あの喫茶店の前でいつも待ち合わせをしている女の子。
俺の隣はおばあちゃん同盟の西条だった。
話しかけてきた西条は、若干落胆の声音。
「なんで幡川がとなりなの?」
「くじに聞け……」
そんなの俺に言われても困る。俺だって狙ってやった訳ではないのだから。
「そっかぁ……じゃあ今度から相談が楽になった」
「そうだな……」
西条が言う通り今度は席が近いのだ。俺が教室内で西条に話しかけに行ったら悲鳴が上がるだろうが、隣なら大丈夫。今度から喫茶店に行って相談する手間が省けた。
しかし、美月さんから来てくれって言われているからどちらにせよ行かなかきゃなんだけど……
結局消費する金は変わらない。毎日二百十円あの店の売り上げに貢献しているのだ。財布がますます軽くなるがあの笑顔があるのだ!致し方ない……通わなきゃな!(謎の決意)
俺が心中で謎の決意を固めている間に日本史担当の教師が教室に入ってくる。
今は五月。段々と暖かくなり衣替えもそろそろだ。しかし、日本史の先生は太っているからか分からないが一足先に衣替えを済ませた様子。半袖の薄いシャツ一枚でやってきている。どうやら、代謝がいいらしい。
なんならふんどしだけでもいいのに……そっちの方が……あれだ……そうそう、映える。
俺は、そんなことを思っていると早速授業が開始する。
「では、凄くあっついので………宿題の答え合わせをします」
暑いとなんで宿題の答え合わせをするのか謎だが、どうやらするらしい。これは確か提出しなくていい問題だったから解いてない。
つまり絶体絶命のピンチ並みにやばい。日本史は得意中の得意だが……指名されたらどうしよ……
と不安を抱いていると、西条が俺に話しかけていた。
「なにそんなキョドってんの?もしかして、宿題忘れたとか?」
「まぁ、忘れた………」
それを聞くと西条はため息を吐いて、
「ほら、これ使いなよ……」
と言ってきた。行為はありがたいのだが、宿題ごときで俺が貸しを作る訳にはいかない。これは数少ない俺のプライド。塾の先生から分からない問題は先生(自分)以外に聞いてはいけません。自分で考えなさいと謎の教えを受けてきた。そのプライドが今発揮される。
「い、いや。自分で頑張ってみる……」
「ホント?できんの?」
勉強は得意な方だ。しかも四十分の一の確率でかかるなんてことはな――
「じゃあ、1問目、幡川」
はい!フラグ回収!!
なんでこんなに建てるのが上手なんでしょう。そして回収はもはやプロに達しつつある。(フラグのプロとはいったい……)
まさかの1問目に指名されるとは思わなかった。問題は黒板に書かれている。
えーと。
江戸幕府、九代将軍、十代将軍を述べよか………
簡単じゃないか。
「九代が家重。十代が家治」
「正解」
よかったどうやら正解だったようだ。簡単と言っておきながら内心、家治と家定がごっちゃごっちゃだった。記憶から引っ張り出してなんとか、回答。正解していて安堵だ。
隣の西条も、
「え……凄い……見ただけで……」
と言っていた。社会系は全部暗記だ。俺は見ればだいたい覚えられる。だから暗記だけの社会系は得意だ。
そんな感じで、のちの授業も進んでいく。
「じゃあ、次。二十九番の問題を………西条。難しいけどわかる?」
今度はお隣の西条が、指名された。
問題は、日露戦争で東郷平八郎が討ち破ったロシアの艦隊を述べよだ。確かにこれは難しい。
正解はバルチック艦隊。当時の日本艦隊がロシア艦隊に勝った時、日本艦隊を率いていた東郷平八郎はアメリカなどから注目されたらしい(諸説あり)
「え、えっと………」
西条が瞬時に答えられていない。俺は、すぐノートにバルチック艦隊と書き、となりの西条の机にノートを投げた。
それに、西条は最初ビクッとしたが、そのノートに書いてあった字を読む。
「………バ、バルチック艦隊?」
「正解です」
「え?」
その声は小さく先生は聞こえていないが、西条は驚いていた。ノートに書かれた文字を読んだら正解と言われたからだ。
「じゃあ、次の問題は……」
先生は次の標的を探し始める。
見事答え終わった西条は、俺にノートを返してきた。
「見た目によらず……まさか幡川って、頭いい?」
第一声がそれだった。「ありがとう」とお礼を言うでもなくただ意外そうな表情で俺に問いかける。
「いや、そこまでじゃない」
そんなに自分のことを頭がいいと思ったことがない。要領はいいが、頭はいいほうじゃないと思う。暗記バカなだけだ。
「へぇ……そうなんだ。マグレなのね……」
なんだ煽ってるのか?
「いや、マグレじゃないな。必然的なものだ」
「やっぱ頭いいじゃん。謙遜しないで、無性に腹が立つ」
「すみません……」
何故か俺が謝る流れに……なんでこうなった……
「それに――」
西条はまだ言いたいことがあるらしい。
……ったく授業中なんだから静かにして欲しい。バレないように眠れないじゃないか!(まず考えが異常)
「なんでこんな字が綺麗なの?男っぽくない……」
「正真正銘の男だ……」
「いや、幡川じゃなくて、字が男っぽくないってこと」
なんだ……字のことか。
「習字、習ってたんだよ。」
「……いつから?」
「それ今関係なくない?」
今こうやってコソコソと会話しているがいつバレてもおかしくない。こんなリスクを冒してでもする事ではない。
「私も少し習ってたけど、普通こんな綺麗にならないよ何年やってたの?」
確か習字は………まだ裕福だった小学生の頃だった気がする。小学二年から、六年までだから四年か?
「小学二年から六年までだから四年間だな」
「え、私三年間やってたけど……」
なんだ。西条もがっつり習ってるじゃないか。道理でノートの字が綺麗なわけだ。きっといい先生に教えてもらっていたんだろう。
「なるほど、道理で西条の字、綺麗だと思った」
俺がそう言うと、西条が突然プイッとそっぽを向いた。もしかして、余計なお世話とかだったか?俺よりも西条の方がバランスよくていい字だと思ったから言ったんだけど……
少し経ってからまたこっちを向いた西条は、「ねぇ、習字何段?」と聞いてくる。
段なんて昔のことであまりよく覚えていない。
確か、六段あたりだったか?確か小学六年生の時に取ったのはそうだった気がする。
「五段か六段くらいだな」
「凄い……私、三段。私よりも高い」
確かに六段は三段よりも高いが、実際のところ習字の段なんてあてにならない。その教室ごとに厳しさが違うからだ。明確な基準が決められていない段は、全くあてにならなく、三段だけど、明らかに六段より上手な人も普通に存在する。段はあくまで基準にしかならないのだ。しかも小学生部門の……
「いや、多分西条のところが厳しかったからそうなっただけだろ。俺がそこだったらもっと低い」
「コンクールとかは?金賞とったことあるでしょ?」
習字のことになると気持ち悪いくらい質問責めにする西条。どうやら俺と張り合っているようだ。
「二回だけな。六年生の頃」
「勝った……私、よんかい……」
どうやら負けたらしい。しかし、西条の実力なら金賞を四回受賞したのも頷ける。
西条は少し嬉しそうであった。まさか、俺と会話してこんな笑顔になるとは……俺は、西条の新たな一面を見つけたようだ。
そんなことを思っていると、西条が。
「ねぇ、今日早く行かない?私、部活休みだから」
「お、おう。別に構わないけど……」
「わかった。下校後すぐに最寄りの駅で待ってて」
生徒会の仕事は持ち帰ればいい。昨日は、老人ホームに行った後、午後から夜の七時まで会長の下僕になっていたので、多分会長から文句はでない……というか文句なんて言わせない。
1日くらい会長と会わない日があってもいいじゃないか。そんな考えで俺は西条の提案を受け入れた。
でも、西条からこんなこと言ってくるなんて、ますます分からない。本当にどういう心境の変化か?
それきり、授業で西条が話しかけて来ず、会話がなかったので俺は一日中そんなことを考えていた。
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