51 練習 水泳編
午後5時。
俺は何故だかヘトヘトになっている………いるのだが………
「ほらっ!次は水泳だよ!日が暮れてきたし急ご?」
彼女が離してくれません。
あれから三時間。それはそれはもうきつい練習だった。120km級の変化球やらをバンバン投げられて、ボッコボコになるまで、投げられて。
こんな暑い中、あんなに動いたから熱中症で死ぬかと思った。
久々に命の危険を感じた。もう、バッティングセンターは彼女と来るもんじゃない。
ここに一つ、俺の新たな決まりごとができた。
バッティングセンターからバスに揺られること15分。市民プールに到着した。
お金を払わなくていいから、とても良心的なのだが、俺の心はもうボロボロだった。
バットのせいで。
もうこれは、明日絶対に筋肉痛になるパターンである。中学生の時に、サッカーのクラブユースで15キロ走らされたがそれよりも遥かに疲労が溜まっていた。
こんな状況でプールに入るとか、どこの軍隊施設だよ!と盛大に文句を言ってやりたいが、言えないのだ。
彼女がせっかく手伝ってくれるのだから。
俺は市民プールに入るとさっさと男子更衣室に行き着替えた。
海パンは、昨日バイト終わりに買ったやつだ。もう小学生のは、履かないというか、履けない。ここでピッチピチのを履いたらただの変態になって捕まるところなので俺は持ってこなかった。
先に外に出ていると、女子更衣室から夏帆が出てきた。
そろったし、行くか、
と声をかけようと思ったが俺は夏帆の姿を見て固まってしまった。
何故かって?
彼女がスク水を履いていたからであった。
「なんで、スク水?」
俺はそう尋ねた。
「競技練習なんだからビキニなんて着れないよ。出ちゃったらどうするの?」
確かにその通りだった。
俺は市民プールとか、来ない人だったので、そこらへんの常識がわからなかった。
「洸夜……ビキニがよかったの?」
そう彼女が尋ねてきた。
「いや、こういうところに疎いだけだ」
俺はそう答えた。市民プールというかそういう所に来たのはもう六年ぶりかそのくらいである。
女子高生が何を着るのかなんて知らないので、そう言った。
「じゃあ、さっそくシャワー浴びて、練習始めるか……」
そう言って、俺が歩き出そうとすると、
「今度、海に行く機会があったらちゃんと着るし……」
彼女がポツリとそう言った。俯いているので、表情はよくわからなかったが、恥じらいを隠しているように見えた。
俺は、反応に困って「あ、ああ」と生半可な返事をした。
シャワーを浴びて、早速プールに向かった。もう夕方で夜が近いということもあり、小さい子供の姿はなく、居るのは大人か高校生くらいの人たちだった。25メートルプールの中を二つに仕切って、競技用と遊戯用に分かれていた。
俺たちは、競技用と所に向かい、早速練習を始めようとすると、
「おい、お前たち……」
と後ろから低音ボイスが聞こえた。なんだ?と驚いた俺たちは瞬時に後ろに振り返った。すると、そこに居たのは見た目がヤクザみたいな怖いおじさんだった。
俺たちは驚き固まった。だって何かした記憶がないからだ。
「はい……どうされましたか?」
と俺が恐る恐る尋ねてみると、
「体操……」
とヤクザみたいなおじさんが言った。
「え?」
俺が聞き取れず再度尋ねると、
「プール入る前に準備体操は常識だろ!」
ごもっともな指摘をされた。
「ああ!すみません……はやく泳ぎたくて」
「その気持ちは、わかるが怪我をしたら元も子もない」
「ですよね……すみませんでした」
「けど、お前たちそんなに水泳が好きなのか?」
ヤクザのおじさんが興味津々に尋ねてくる。
「はい、まあ、好きというか……泳ぎの練習をしたくて……」
「泳ぎの練習?なにかあるのか?」
「まあ、少し……」
「どんな競技を練習するんだ?」
「平泳ぎと背泳ぎ、バタフライですかね……」
「ほう、そうか……よかったら俺が教えてやろうか?」
まさかの提案だった。
「え?水泳お得意なんですか?」
それまでビビって黙り込んでいた夏帆が恐る恐る尋ねた。
「ああ、とは言っても平泳ぎとバタフライだけだがなぁ……これでも全国経験者だ」
「凄いですね……」
本当にギャップがあった。あんな目つきの悪いヤクザの人が水泳が得意なんて……
「どうだ?その二種目なら教えられるぞ」
全国経験者に教われば間違いなく強くなる……だけど、
「夏帆……」
せっかく教えてくれると言ってくれた彼女にそんなことしたら申し訳ない。
だから、俺は即答できなかった。
「大丈夫だよ!私、見てるから。」
「けど………」
「ほら、背泳ぎは私が教えるし!だから、洸夜は少しでも上手くなるように努力して!」
「………」
「お願いします、洸夜に水泳を教えてください」
「いい彼女だな」
「え?……」
「イチャイチャタイムをお預けしてまで男のことを思うなんて、いい女だ。お前らいいカップルだな……」
「「……………ありがとうございます」」
カップルだとは言っていなかったのに、おじさんはなんで分かったのだろう。少し気になった。
それと、夏帆が了承してくれた。
夏帆に申し訳ないことをしたのだから、その分絶対に上手になる。俺はそう心に誓った。
準備体操をしっかりしてからプールに入る。最初は平泳ぎからだ。
「いいか!?平泳ぎとは如何にカエルになりきれるかが重要だ!」
「カエルですか?」
「そうだ。平泳ぎはカエルの泳ぐ姿にとても似ている。だから泳ぐ時にカエルの気持ちになりきって、泳ぐんだ」
取り敢えず、言われた通りにカエルの気持ちになってみた。
目の前に水がある。俺はカエル。だから泳ぐ。
そんな感じでカエルの泳ぎ方を思い出して真似した。
「そうだ!一定に力強く!水を思い切り蹴れ!」
おじさんの声がとぶ。俺はおじさんのアドバイスを必死に聞き取って実践してみる。
すると、自分でも段々とコツを掴んできて、平泳ぎが楽しくなってきた。
この一定さが好きだ。
クロールとは違って進むスピードがゆっくりだが、カエルになりきって平泳ぎ、これも全然ありだった。
25メートルを四本ほど泳ぎきった。一本目は、呼吸のタイミングが安定しなかったが、最後の方はしっかり安定して、無駄なく泳げるようになっていた。
「まあ、初めてにしては上出来だろ。いいか?カエルさんだ!カエルだけは忘れるな!」
「はい!」
「じゃあ、次はバタフライを始める」
おじさんによる、バタフライレッスンが始まった。
「まず、バタフライは、両腕を前後に動かし両脚は上下に動かして泳ぐ。これが基本だ。腕、脚とともに交互に動かしてはいけないから気をつけろよ?」
「はい!」
また、試しに泳いで見る。おじさんからコーチングは受けているが、そんな簡単にできたりはしない。取り敢えず、テレビで見た水泳選手の泳ぎ方を思い出して、泳いでみる。
選手は思い切り腕を動かして水をかいていた。あれで、加速する。多分そうだ。
思い切り、腕を前後に動かして泳いでみる。
「まだ不格好だが、そんな感じだ!頑張れ!」
おじさんからコーチングされる。
「もっと腕を使え!力強く泳げ!」
俺は必死になって泳いだ。不格好で汚い泳ぎ方でもそれは最初だけ。慣れていけば不要な動きを削いでいけば自然と綺麗になる。俺はそれを信じて必死におじさんの言われた通りにして泳いだ。
あれから、どれくらいかかっただろうか。
平泳ぎをマスターするよりも倍近くかかった気がする。
時計をみるともう7時前。これでは、今日、ばあちゃんのところには行けそうにない。あとで連絡を入れよう。
このバタフライ25メートルを泳いだら。
おじさんがタイマーをセットしている。優しいおじさんはどこまでも俺のために手伝ってくれた。
不格好だった、俺のバタフライも時間が経過するごとに次第に綺麗なフォームになっていった。
おじさんは7時には帰るという。だからこれが最後だ。
俺は必死になって泳いだ。そして泳ぎきった。向こうの飛び込み台をタッチした瞬間におじさんからタイムが伝えられる。
22.9
このタイムがいいタイムなのかはわからない。
だが、泳いでいてとても楽しかった。おじさんは俺を見て、
「これで俺から教えることは何もない。短時間だったがよく頑張ったな……」
これが練習終了の合図だった。プールから出て行くおじさんに「ありがとうございます!」と言うと、おじさんは後ろ姿のまま手だけを振った。
ハリウッドのワンシーンみたいでとてもカッコよかったのだが、おじさんはプールサイドまで行くと、体操を始めた。
あれは、スポーツ後のクーリングだろうか?
体操を大切にするおじさんは最後までおじさんだった。
さて、今度は夏帆から背泳ぎを……
と夏帆を探していると、プールサイドに夏帆の姿があった。しかし、
「なんだアイツらは?」
夏帆は複数人の男にナンパされていたのだ。俺は急いで、彼女のところに向かった。
「なあなあ!君、こんなところでスク水でなにしてんのぉ?俺たちとナイトプールでパシャパシャしないぃぃ?そんな一人でいるよりも楽しいっしょ!」
DQNみたいな男子たちは、夏帆にジリジリと詰め寄って行った。夏帆は、
「いえ、大丈夫ですっ………」
と控えめに断っているが彼たちは聞く耳を持たない。だから、俺は、そいつらに退いてもらうことにした。
夏帆は俺の彼女だ。お前らになんて渡さない。
「おい。夏帆どこ行ったんだ」
「洸夜………」
「あ、なんだよ?お前?横取りはゆるさねぇぞ?」
「横取りはそっちだろ。その女は俺の彼女だ。勝手に手を出したりしないでくれ」
「は?じゃあ、なんで今まで一人にしてたんだよ?」
「師匠のところに行ってたんだよ」
「師匠だと?」
「ああ」
「どこだよ?」
「あそこだ」
俺はさっきまでコーチングしてくれた見た目ヤクザのおじさんを指差した。すっごい目つきでまだ体操をしている。もう完全に凄い人になっている。
「あ、あれが……お前の師匠?」
「ああ、レッスンを受けてたんだ」
「レッスンだと?」
「(腕を)水面に思い切り叩きつけるレッスン」
「ひぃ……」
俺がそう言った瞬間に彼たちは畏縮した。
「必要なら呼んでくるけど?」
「い、いや!いい!大丈夫!今帰るところだったから!!な?」
「そそそそそ、そう!俺らは実はナイトプールだと思ってたんだよ!まさか、市民プールなんてなぁ!しらなかったぁ……ありがとうごさいます!では!」
そう言い残すとその男たちはあっという間に帰って行った。
逃げ足だけは本当に速かった。
残された俺と夏帆。しばらく沈黙が続いたが、
「ありがと……」
と彼女がポツリと言った。
「いや、俺も悪かったよ……一人にすると危ないな。本当に悪かった」
「いや………そんなことは、別に全然怖くなかったし……」
「そうか?」
「うん」
「ならいいけど……」
「じゃあ、終わったみたいだし背泳ぎ教えるね……」
彼女はそう言うと一人先にスタスタと歩いて行った。
口ではあんなこと言ってたけど、怖くなかったなんて嘘に決まっている。あんなに震えていたのに、怖がっていないわけない。
ここで泣いたら俺を困らせるとでも、思ったのだろうか?
本当に無駄に気づかい上手な彼女だな。
俺も夏帆の後を歩いて行き、元のプールに着くとまたレッスンが始まった。
「じゃあ、最初は仰向けに浮いてみて。仰向けに浮く恐怖心をなくすところからする……」
と言われ、俺はまず仰向けになって水面に浮いていた。すぐ近くに夏帆がいる。
やはり彼女はテンションが低かった。やっぱりまださっきのことを引きずっているらしい。
「おい、夏帆」
俺は、仰向け体制をやめて夏帆に言った。
「な、なに?」
「無駄な気遣いなんてするな」
「え?な、なにが?」
「怖くないなんて嘘だろ?あんな奴らに絡まれたら俺だって怖いのにお前が怖くないハズがない。震えてたの知ってるからな?」
「……………」
「泣いたら困らせるとか、色々考えたんだろ?そんなの考えなくていい。」
そう言った瞬間、夏帆の瞳から涙が溢れてきた。
「ホントはすごく怖かった………男の人、たくさんいたし……目付きが怖かったし………」
そう泣き噦る彼女を俺は、抱き寄せた。
罪悪感でいっぱいだった。こんな怖い思いをさせてしまって悪かった。俺が、ちゃんと睨みを利かせていればこんなことになかったかもしれない。練習中でもしっかりと気配りしておけばよかった。
俺に抱かれてすすり泣く夏帆。
「本当にありがと……助けてくれて………」
「彼氏としてあたりまえなことをしただけだ……」
「まさか、あのおじさんが洸夜の師匠だったなんてぇ……」
なんか、凄い誤解を与えてしまったが、俺はそのことは突っ込まなかった。
こんな、泣いてみる彼女にそんなことは言えない。俺はただひたすら黙って彼女の背中をトントンしていた。
次回は……ギリ対決に入れるか入れないかです。
文量が少なかったら、一種目入れたいと思います
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