5 再び老人ホーム
○
何故か、西条が俺の連絡先を聞いてきた。
なにされんだろう………ま、まさか脅迫材料!?いやよ!そんなのに使われてたまるもんですか!
と一瞬身構えたが、どうやら連絡手段がなく不便だったかららしい。
俺が、常連さんになり店から出たら、いきなり西条。(チェーン店の名前ではない)
まさかの出待ちか!?
驚いたが、それは向こうも同じだったようだ。そして、何故か直ぐに謝ってきた。え?俺、なんかした?
まさか、あんた一緒の酸素を吸いたくないと思っていてゴメンなさいとかか?と逆に考えほどだった。
理由は遅刻らしい。それに俺がぐちぐち言うと思っていたらしい。ふんっ!全くもって心外だ。俺の心は山より深く(既に意味不明)、海より広いのだからな。
そんなことでいちいち文句を言うほど器が小さいつもりはない。
「大丈夫だから気にしないでくれ」
そんなことを軽く言った覚えがある。そして、そのまま連絡先交換して、老人ホームに直行。現在に至る。
「まあ、ホントに二人仲良くきてくれるとは思わなかったぁ〜」
西条ご婦人ご機嫌の様子。
「まさか、ホントにくるとはのぉ……二人はあれだ。思春期とかないのかの?」
あ、ありますよ。自分では感じたことないけど、多分今の歳がいわゆる思春期っていうやつです。
あいも変わらず二人のご婦人は、ご機嫌の様子。
「まさか、冗談だったの?」
西条がそう聞いた。その目は真剣そのもの。
「いや、来て欲しかったのは本心じゃ」
「でも、二人は思春期真っ盛り。別々に来ても仕方ないと思っていたよ」
「なら、なんでそんなことを……」
俺がそう聞く。仕方ないと思っていたら無理に自分たちの孫を困らせるようなことは言わなければいいのに。
「でもな、洸夜。わしらは、それでも二人で来て欲しかったんじゃ」
「なんでですか?」
西条も同じように疑問を口にする。
「簡単じゃ。だって、二人仲良く遊びに来てくれたら嬉しいじゃろ」
「そうそう。二人の顔を同時に見れれば疲れなんて一気に吹き飛ぶ。それくらい嬉しい。それが理由ね」
微笑むようにしてそれぞれのおばあちゃんは心中を語った。
そんな話を聞いたら無理にでもそうしてあげたいと思ってしまった。西条は俺が嫌いで一緒に行くのも嫌で、話すのもホントは嫌なはず。しかし、それを我慢してもらってでもどんな強引なやり方でもそれを叶えたいと思った。
俺がそう言おうとしたその時。
「また、明日も明後日も来るね。二人で……」
西条がそう言った。
俺はそれに単純に驚いた。まさか、西条の口からその言葉が出るとは予想もしていなかった。しかし、咄嗟に俺も続ける。
「俺も、来るよ。ばあちゃんには世話になってばっかだし……何にも力になれないから。これで笑顔になってくれるなら、西条と明日も来るよ」
その言葉に西条も頷く。西条は本当にばあちゃんが大好きなようだ。
その言葉を聞いた祖母たちはまた微笑み、「じゃあ、また遊びに来てね」と言った。俺たち二人は再度それに頷いた。
午後八時半。
その時間に俺たちは老人ホームを後にした。こんな夜遅くにまで対応してくれてた職員の方には感謝しかない。今後は、もう少し早めに来れるか西条と検討してみないとだ。それともう一つ聞いておくことと決めておかないといけないことがある。
「なあ、西条」
「どうしたの?」
「やっぱりおばあちゃん好きか?」
「な、なに急に、怖いし……キモい」
キモいという剣を俺に振りかざす西条。最後にキモいと言われるのが一番メンタルにくる。
「いや、俺と一緒に行ってまで、ばあちゃんの笑顔を見たいなんてやっぱりおばあちゃん大好きなんだろうなと思って」
「ま、ふつうに大好きだよ」
「俺と一緒に行ってまでだから大好きじゃなかったら変だよな」
「普通は、しないよ。……………でも、幡川は嫌いだけど嫌な奴じゃない。それは、わかった。」
ふと、西条がそう言った。
「は?ど、どうした?」
「だから、私は嫌いだけど……嫌な人間じゃないと思った。両親がいないんならその貧乏性も頷けるし……なんか同情できる」
「同情?まさか、西条も親がいないとか?」
失礼も承知で聞いてみた。
「いや、いるよ。だけど殆ど会えない。忙しくて世界を飛び回ってるから。家だと一人」
なるほど、それで西条は俺に同情できると言ったのか。凄いテンプレ属性だ。
「寂しいか?やっぱり一人は……」
「じゃあ、逆に聞く。幡川は寂しい?」
「いや、俺は慣れたな。もう数年経つし……」
「私もおんなじ、もう慣れっこ。」
普通の表情をして答える西条。
でも、西条は普通の女の子だ。俺みたいに全てを切り捨てずに生きてきた凄い人。俺と違い会話だってしなきゃ寂しいだろうし……こればかりは、慣れっこなんて無いはずだ。
俺は、少し深くまで……あまり聞いてはいけないところまで聞き過ぎてしまったのかもしれない。もうこの話はなるだけしないようにしよう。
二人の間に沈黙が続いた。会話がしづらい雰囲気が流れるなか俺は再び話しかける。もう一つの決め事をするために。
「なあ、西条。」
「な、なに?」
「お前明日って部活あるか?」
「えっ………部活?あるけど……」
「何時からだ?いや……何時に終わる?」
「えっと、午前八時に始まって十一時には終わるけど?それがどうしたの?」
「どうしたもこうしたも明日も行かなきゃいけないんだから聞いただけだぞ」
「でも、一応七時って約束だし……」
「そうだな……でも、休日は例外にしよう」
「なんで?」
そう尋ねてきた西条に俺は説明する。この時間帯に毎日押しかけては、老人ホームに多大な迷惑をかけてしまうこと。本人たちも夜は疲れてしまっているから休日くらい昼に顔を出しても問題ないだろうということ。
それを聞いた西条は納得してくれた。
「まあ、そうかも。おばあちゃんのことを考えると負荷はかけられないし、職員の皆さんにも迷惑がかかるからそっちの方がいい」
「じゃあ、明日は、午後一時集合にしないか?俺も午前は予定があるからできれば午後がいい」
「わかった。じゃあ、一時で……場所は同じ?」
「それは、同じでも大丈夫だろうな」
「わかったじゃあそうしよ」
そうやって明日の集合時間を相談しているうちに駅に到着した。
もう暗くなっていて少し西条が心配だが、余計なお世話と言われないようになにも言わないで、そのまま改札口に向かった。
そして、「じゃあなまた明日」と言うと「うん……また明日」と返してくれた。珍しく今日は信じられないほど罵倒が少なかった。俺が地雷を踏み倒さないように気を付けているのもあるのだろうが少し不思議だった。
なんか、困ったことあったのかなぁ……
と考えながら俺は帰宅した。