46 名誉のために
「なんで夏帆と陰キャがこんな夜に………」
彼は驚愕している。ほかの男子たちも驚いて無意識のうちに口があいていた。
一方で俺たちは、とても困っていた。
というのもこの状況で彼氏の方の俺なら問題はなかったのだ。デートなのだから、しかし、今は学校でクラスの誰からも話しかけられないボッチの幡川。
明らかに状況が悪く、このままだと変な噂が立ってしまう。
俺が言われる分には構わない。だけど、夏帆が言われるのはどうやっても回避しなければならないのだ。
これのせいで夏帆がクラスからハブられる。そんなことは断じてあってはならない。
しばらく呆気にとられていたカラオケ男子軍だったが、なんとか状況を呑み込んで、
「夏帆……お前の大切な用事ってこのことか?」
と尋ねてきた。目は怒りなのだろうか?鋭い眼差しであった。
「う、うん……」
彼女は小さく頷いた。
「お前は俺の誘いを断ってまで、そのクソ陰キャと用事を済ませたかったのか?」
彼は問い詰めるように、彼女に迫った。
ここで、否定するほか彼女に道はない。だがしかし、彼女はまたもや頷いたのだ。
それに男子たちが驚いたのは言うまでもない。俺も驚いた。彼女が状況を判断しているのにもかかわらず、自分を曲げていないのを。
ここでその意思を通したら、色々な噂が立ってしまう。
彼氏がいるのに、浮気しているだとか。俺なんかと二人で夜遅くにいたとか。
彼たちは攻撃するために絶対に噂を立てるだろう。そして、棚山は夏帆が弱ったところで傷心につけ込む気だろう。
彼氏がいるのに、告ってきたやつだ。するに決まっている。
「今すぐ、否定しろ。それならば、噂は立てない。夢葉や奈美に軽蔑されたくないだろ?」
相変わらず、強気な姿勢で夏帆を追い詰める。今自分たちが優位な立場にあるから態度もでかい。
この期に乗じてこのまま夏帆が俺を罵りあちらの方について仕舞えばこれで問題は解決する。
そうしなければ……夏帆は終わる。
居場所を失う。
それは俺がどうしても避けていたことだ。一人になれば彼女の笑顔がなくなる。彼女は友達と話す時に一番いい笑顔を見せるのだ。楽しそうに、嬉しそうに。
そんなことがなくなるなんて俺は断じて反対だ。
だからここは夏帆……俺を罵ってくれ。
そう思って隣を見ていたら夏帆は、
「ひ、否定なんて………」
と震えながら言い出した。もうこのままではダメだ。
そう悟った俺は、ある作戦を決行する。これは前々から考えていたことだ。
自分の正直な気持ちを好きな相手に伝えるのは無理だが、自分の偽りを、大嫌いな人に話すのは大得意。
もし、彼女の友達と鉢合わせしてしまったら……
俺はこう考えていた。
「悪いっ!!本当は、俺が西条さんに頼んだんだ!!」
駅前のホーム。もう既に電車はいなくなり、そのおかげで俺たち以外の人はいない。陰キャ幡川の声は誰もいないホームに響き渡った。
「どう言うことだよ?」
一瞬俺の声に驚いていた棚山だが、すぐにいつも通りに戻り俺に問いてくる。
「実は、俺、西条さんの彼氏の洸くんと中学時代からの親友で……」
「だからなんだよ……」
「俺、人生で一度も彼女ができたことなくてさ……ずっと女性とデートしてみたかったんだ」
「それで、夏帆を?」
「ああ、俺は、洸くんに頼み込んで……洸くん、優しいから西条さんに、かなり頼み込んでくれて……西条さんも最初嫌がってたんだけど、洸くんの頼みならって……」
「そうなのか?」
「ああ、その通り、全ては俺が頼み込んだことなんだ。今の関係を言葉に表すなら………
――レンタル彼女……………」
それを聞いた瞬間に棚山は笑い出した。
「マジで?じゃあ、あとで金払うのかよ?」
「そうだ、だってレンタル彼女だから」
俺はそう言って、財布から残りの紙札全額の二万円を取り出して彼女に渡した。
「ありがとう、西条さん。とっても楽しかった」
そう言って彼女の手に無理矢理一万円札を握りしめさせた。
「マジかよ!?お前、レンタル彼女してまで彼女欲しいとか、ヤバすぎ……これ明日のトップニュースだわ!な?」
男子や棚山は大騒ぎだった。
「それにしても、彼女に頼み込むとか、夏帆の彼氏もサイテーだなぁ!お前の親友とか、やっぱ笑える……これ、勝負にならねんじゃね?だってこの陰キャの親友って……」
腹を抱えて笑う男子たち、その声がホームに鳴り響く。そして、しばらく笑った男子たちは、電車が来るとそれに乗り込んだ。
その帰り際、
「おい、陰キャ、お前、明日楽しみだなぁ?!」
そう言って、電車に乗り込んで行った。
俺たちは、その場に立ち尽くす。俺には、達成感が溢れていた。
なんとか、彼女を守ることができた。彼女の笑顔を……友達との関係を………
明日からまた大変だけど、彼女のためにやったんだ。悔いはない。
そう思って、彼女を自宅まで送って行くべく、彼女の方を向いた。そして、
「ほら、夏帆。行くぞ」
と言って手を掴んだ。すると、彼女は俯いた。そしてボソッと何かを呟いた。
唐突に言われたので俺はもう一度聞き返した。すると、今度は、俺の顔を見て、
「――ふっざけないでよぉっっっ!!!!!!!」
過去最高の声で俺に向かって言い放った。
涙が溢れ出したその顔は、色々な感情が入り混じっていた。怒り、悲しみ、苦しみ、懺悔。
午後九時を過ぎた駅のホームは、人ががらんとしていて、彼女の声がホームに響き渡った。
この章もラスト1話。
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