2 帰るという選択肢の前に相談
――老人ホームは、そもそもお見舞いとかの習慣がない。
俺がそのことに気付いたのは、あの面倒な約束事が取り交わされた後のことだった。
それを理由に抵抗を試みるも老人ホームの職員さんは事情を聞くとニヤニヤしながら一言返事で了承してくれてた。
あのな……だいたいそういうんじゃねーよ。
『陰キャと陽キャはまぜるな危険』周知の事実だろうが……
と心中文句を並べながら、老人ホームを出た。
そして、何故か今俺は西条と一緒の道を歩いている。
なんなんだろう………何されんだろう……
と不安になっていたが、言われたのは案の定文句だった。
「あのさ〜、なんであたしがこんな陰キャメガネと一緒に行かなきゃいけないの?」
悪びれることもなく、本人の前で堂々と言い放つ西条。ここまで言われると逆に清々しい。
「お前が勝手にしただけだろ?返事したのはどこの誰だよ?」
「うっ………それは、しょーがないじゃん。あたし悪くないし………」
これはさすがに言い返せないのか、西条も少し申し訳さなそうに、それでも『あたし悪くない』と安心、安定の西条クオリティを発揮する。
「断ればよかったんじゃないか?それに、俺をフォローせずとも嫌いならそう言えばいいだろ?」
「ふんっ!!幡川も余計なこと言わなかったんだからそうしただけ……」
なんだ意外にいいやつじゃん………
俺のことを目の敵にしているかと思ったが、そんな酷い扱いではないのかも……
「なんだ……いいやつだなお前」
「は?それ口説いてんの?キモい、まじやめて、くそオタメガネ」
その表情は冷め切っている。
マジな顔して言われると少し傷ついた。
「残念ながら、口説いたつもりはさらさらない、何故ならお前を口説くメリットがないからな」
嫌われているのを知っていてそれでも口説くバカがこの世に存在するだろうか?
そんな奴がいるなら俺はその勇気を評して賞賛の拍手を送りたい。
「は?なにそれ?ヒドくない?」
ちょっと怒る西条。
知ったことか!お前だって、オタメガネとかキモいとか散々言ってんだろ。
「お前だって暴言吐いたんだからおあいこだよ」
「あっそ、まあ……幡川になに言われても傷つかないから別にいいけど………」
「それは、右に同じく」
その後も変わることなく微妙な雰囲気の中、俺たちは駅までたどり着いた。
「じゃあ、俺は上りの方だから。お前は?」
「あたしは下り。」
「そっか、じゃあここまでだな……」
「ちょ!ちょっと待ってよ!」
改札口を通ろうとしたら西条が呼び止める。
「なんだ?厄介ごとか?」
「は?それは幡川の存在でしょ?」
おいおいヒドイじゃんかよ西条さん。
陰キャに対して容赦ねーな。なに?陰キャ撲滅委員会の一員なわけ?普通の俺は陽キャにも寛容なのに……
まあ、元を辿れば火に油を注いだ俺が悪いんだが……
「で、なんだよ?」
「あのさ、全然予定決めてないから喫茶店とかで、予定決めない?」
少し恥ずかしそうに目線を下に下げながら西条は言う。
「予定?なんの?」
俺は察しが悪いわけではない。むしろいい方だ。今の言葉で十分理解できたが、ちょっとだけからかうことにした。
「は?おばあちゃんたちのことに決まってんじゃん。それ以外に幡川との接点なんて皆無でしょ!バカッ!キモい!シネっ!」
なにこれ!?ちょっとだけからかうとその二倍の暴言が帰ってくるんですけど?
ねぇ?他の陰キャならとっくに泣いてるよ?
俺は、メンタル筋肉いや、鉄?それも違う。
俺はメンタルダイヤモンドだからいいけどさ!
「お前……それは、さすがに……」
「あ……う、て、撤回する、、だけど予定は今日決める……それとも予定あんの?」
西条も言い過ぎたのを自覚したらしく、少し申し訳さなそうに撤回すると言う。
ここで『ごめん……』とかボソッと言ってくれたら面白かったのに……
と俺の願望はさておき、今日は平日の木曜日。なんの予定もない。故に大丈夫だ。しかし、一つ問題がある。
「予定はないな……でも、」
「でも、なに?」
「喫茶店寄る分には別にいいけど、お前俺のことを嫌いだろ?それに俺なんかと一緒につるんでたら他の奴らに見つかったときヤバいんじゃねーの?」
陽キャが陰キャとつるむ。これは、陽キャに対して『死』を意味することだと俺の友人が以前言っていた。
それを他の陽キャに見られると少なからず幻滅されるらしい。そしてそこから発展していく最悪のパターンがいじめだ。
勘違いしていたら悪いが俺はこの学校でぼっちなだけだ。ぼっち歴はそこそこ長いが始めたのが中学の時。
なので、小学生の頃からの友人は理解してくれている奴も数名いた。
そんな奴を無理矢理嫌ってまでぼっちになるほど俺のぼっち願望は強くない。ただ一定のぼっちになりたいのだ。
「それはそうだけど………おばあちゃんを悲しませたくないから仕方ない。あたしも苦渋の決断」
「そっか………そんな決断させて悪かったな……」
「えっ!?いや、別に……そ、それに!ほら!学校の最寄り駅から六つも離れてるし見られないって!」
俺がそんなことを言ってみせると必死にフォローしてくる。そんなことわざわざするあたり本当はいい奴なんだろう。根は悪い奴じゃないことは確かだ。
「ふーん。そうか、じゃあそうするか……」
こうして俺たちは適当に探して良さそうな喫茶店へと入って行った。
*
――カフェや喫茶店に行ったら何を頼むべきか……
普段無駄遣いをしない俺にとっては喫茶店なんて一年ぶりくらいになる。今流行りのヤツなんて知る訳がない。本当に何を頼むべきかわからずに少しおどおどしていると、向かいの席に座った西条が不思議そうな目で見る。
「何やってんの?もう頼むけど………」
「あ、あぁ……あんまこんなところ来ないから何頼めばいいかわかんない……」
「え?マジ?来ないの?ぼっちだから?」
西条は驚愕していた。女子高生にとって喫茶店やカフェに行くなど当たり前の行為なんだろう。
しかし理由がぼっちだからというのは、解せん!
ひとりカフェ、ひとり喫茶店だって行こうと思えばいけるだろ。
「俺がカフェや喫茶店に行かないのは、無駄遣いをなるべくしないようにしているからだ。ぼっちだが、それが理由じゃない」
「ふーん。無駄遣いねぇ………そんなの金がなくなったら親に頼んで貰えばいいじゃん」
「俺には、両親がもういないんだよ」
「…………ご、ごめん」
俺が両親がいないと言うと申し訳なさそうに西条が謝罪する。
「いや、気にしなくていいから」
こんなのは、慣れっこだ。中学の時、人との交流がある時は、毎度のように聞かれそのまま答え、そして空気が悪くなる。
「じゃあ、今誰と住んでんの?」
「………一人だな」
「え!?一人?なんで?」
「見てくれる親族がいなきゃ自然に一人になるだろ」
「そっか……」
再び重苦しい空気が流れる。西条はそれを必死にはらうように、
「ほら!で?なに頼むの?」
と話題を変えてきた。
なに頼むって言われてもなぁ……やっぱり安いものにしよう。
「じゃあ、俺は、コーヒーにするよ。」
「わかった。じゃあ店員呼ぶから。」
そう言うと西条は『すみません〜』と言って店員を呼んだ。
「ご注文を承ります。」
十代後半、大学生らしき女性が俺たちのテーブルのところまでやってきて注文を受けにきた。
「あたしは、苺のタルトとメロンソーダ。」
西条が注文する。果たしてその二種は合うのでしょうか?
若干そう思ったが、俺が食べるのでこの際どうでもいい。俺も注文することにした。
「俺はコーヒーのブラック、ショートで」
「え?それだけでいいの?」
西条が注文した俺に聞いてくる。
「俺は出来る限り無駄遣いしない主義なんだよ」
「やっぱりそうなんだ……」
西条は、二度同じ言葉を聞きようやく俺の主義を納得した様子だった。
「以上で……」
俺がそう言うと『畏まりました』と店員が言いテーブルから去った。そうして待っている間、俺たちは本来の目的、老人ホーム訪問の予定を練ることにした。
「あたしは、午後六時まで陸上部があるからその後じゃないとダメ。」
西条は陸上部に所属しているそうだ。全く知らなかったが、そういうことなら俺も時間を合わせなくてはいけない。
「俺も少し予定がある。でも五時半には、だいたい終わるからそれからだな。」
「五時半まで何やってんの?部活?」
「いや、俺は部活は無所属だよ」
「じゃあホントに何やってんの?オタ活?」
「残念ながら、オタクじゃないし、オタク活動する資金なんてハッキリ言って皆無だ」
「そ、そうだった……無駄遣いを嫌うヤツだった」
少し呆れた様子で俺を見る西条。その目には僅かながらの哀れさと言えばいいのだろうか、そのようなものがあった。
「じゃあ、お互い七時くらい集合ならどうだ?老人ホームは、夕食を食べて後だから大丈夫だろ?」
「う、うん。まぁ、それなら大丈夫そう………場所はどうする?」
「この店の前でいいだろ……」
「うん、そうしよ」
コーヒーが来る前に話が纏まってしまった。少し口数が減って二分後。店員がコーヒーなどを持ってやって来た。
「うわ!すごい!!」と言いながらスマホでパシャパシャ撮るJK。へぇ……あれが噂の映えってやつですか………
映えなんて今の俺には無縁の言葉だった。拝見させて頂けただけでも感謝もんだな。
そう思いながらコーヒーを飲むと、メガネが曇ってしまった。
ふふ、さすが入れたてのコーヒー。熱くて最高だ。
そして、ブラックこれだよこれ!コーヒーはやっぱブラックだよな………
そんな感慨に浸りながらメガネをとって自前のティッシュでメガネの水滴を拭き取っていると、西条の目線がこちらに向いていることに気づいた。
え?なんですかね?コーヒーと自分そんな似合いませんか?それとも映えを拝謁したのがいけなかったのでしょうか?
色々思案しても西条の心は読めず。なので、尋ねてみた。
「どうした?なんかついてるか?」
そうすると、西条は、
「……へ?い、いや!?なんでもない……」
と明らかに慌てていた。そんな慌てられると益々気になるのが人間よね。
「いや、そう言われると益々気になる……」
「全然大したことないんだけどね?……メガネ取ると意外に幡川イケメンだなぁ……と思って……」
西条が頰を朱色に染め恥じらうように言う。
「は?なにいってんの?」
「いや、だから顔がキレイだったから……ついつい思った…だ…け…………」
段々と小さくなる声音。恥ずかしいのはよくわかる。
「そ、そうか……」
「…………なんでメガネしてんの?」
「目が悪いから……」
「なんでコンタクトにしないの?」
「朝付けるのが面倒だから」
「つけたほうがよくない?」
「そうか?そんなことないと思うけど……」
メガネを外した時、女子の反応は大抵こうだ。なんでコンタクトにしないんだとか、ハッキリ言って意味がわかんない。
俺がメガネの方が楽だからじゃ悪いか!?
それに顔がキレイだとかも買いかぶり過ぎだと思う。
俺は世の中に、もっとイケメンがゴロゴロいるのを知っている。身近で見たこともあった。だから俺が一々言われる筋合いはない。
こういうことに関しては少し面倒だった。
「絶対にメガネ外せば幡川モテると思うよ?」
西条が俺に向かってそう言う。
だから、モテるとかどうでもいい。バイトづくしなんだ。それに、
「それでモテるって外見目当てやってくるやつしかいない気がすんだけど……」
「まぁみんな第一選択は外見だと思うけど……」
「そうか、じゃあそういう奴は俺嫌いだわ」
別に顔を目当てにするのも悪いってわけじゃない。価値観は人それぞれだから。だけど……隠キャとか、オタクとか散々罵って外見見ただけで、手のひら返す奴は嫌いだ。一番タチが悪い。
「なんで?みんなそうじゃない?」
西条は不思議そうな顔をしてこちらを見る。
「まあ、俺も最後は顔になるんだろうけど……性格の方が重視するな……」
「綺麗事じゃない?それ?どうせアンタも美女に告白されれば一つ返事でオッケーするタイプでしょ?」
「性格が俺と相性がよかったらする可能性があるかもな……」
否定はしない。しかし肯定もしない。
「ふーん。まあ、私は幡川がどんな顔であれ、あんま好きにはならないかも……私もどちらかというと性格重視の顔重視だから」
「結局どっちだよ……」
そんな会話をしている間に両者の食器は気づけば空になっていた。
「じゃあ、予定も決まったし面倒で嫌だけど明日からよろしく」
そう言うと西条が立ち上がる。
「同じくな……」
俺も椅子から立ち上がり荷物を取った。
そして会計に向かう。
店員が「二千三百四十円です。」
とレジを打ちながらそう言った。
西条が財布から自分の分の金を取り出そうとしたのを止めて
「今日は、俺が払うよ」
と西条に言った。
「え?別にいいし……無駄遣いしない主義なんでしょ?」
「いや、女に奢らせたなんてばあちゃんが聞いたら怒られる。ここは、俺が払うよ」
そう言うと、西条も「あ、そう……うん、ごちそうさま」
と言い少し申し訳なさそうに財布を閉じる。俺が二千三百五十円を払うとお釣りの十円とともに、レシートと紙が渡された。
「またこのクーポンを持ってお越し下さいますとカップル限定で三割引になりますので是非またお越しください」
店員がそう言った瞬間俺たちは
「「カップルじゃありません!」」
と口を揃えて言う。それに、店員は「大変失礼致しました」と謝ってきた。それを「気にしないでください」と店員に言い俺たちは店を出た。
駅内の時計を見ると、針は午後八時を過ぎていた。
改札口で、やはりこんな夜遅くに一人で帰らせられないと思った俺は、
「暗いし家まで送ろうか?」
と言ったが、
「大丈夫、逆に危険。」
と言われた。そんなつもりなんてさらさらないんだ。ホントに言葉を選んでほしい。
少しメンタルを壊されながら俺は帰宅した。