お約束という名のテンプレ
「ミシェル・ヘスファルト、君との婚約は破棄させて貰おう」
私の婚約者であり、この国の第一王子でもあるノクター・K・シューリッツは私に人差し指を向ける。
婚約破棄を言い渡された正にこの瞬間。私の脳内に浮かんだのは「人に指を指すなど、品性の欠片もない行いをしてはなりません」だった。
流石にこの場面で言うべき言葉では無い。
それに、最初からこうなることは知っていた。
だって、私は日本と呼ばれる国で産まれ、死に、この世界に転生した転生者。それも、よくある恋愛シミュレーションゲームの世界の悪役として登場するミシェル・ヘスファルトなのだから。
「はっ。驚きで声も出ないか」
「いえ……どちらかと言えば納得の流れですわ。よろしいでしょう。婚約破棄、お受け致しますわ」
剣も魔法もあるこの世界。
ゲームとは違って殺人未遂など起こすどころか、ヒロインであるリリエル・ユーフラテルと学園生活上、必要最低限の接触しかしていないにも関わらず、まるで悪役のように、卒業パーティーという多数の目がある中で公開処刑が始まった。
きっとゲームのシナリオ補正だろう。
ゲームではリリエルへの殺人未遂に、婚約破棄を受けたミシェルは自暴自棄になって魔力を爆発させる。それをリリエルがなんだかんだで攻略対象――現実では後略されたノクター・K・シューリッツ――と共に切り抜け、ミシェルは斬首刑という流れだった。
三歳であっさりと転生前の記憶を思いだした私にとって、ノクターはただの政略結婚予定相手。いや、元政略結婚予定相手か。
未練もなければ取り乱す必要性がない。まあ経歴に傷が付くだろうが、命には代えられない。
「……理由も聞かず、あっさりと婚約破棄を認めるんだな。何か良からぬ事を企んでいるんじゃないだろうな」
割と長い間黙っていたノクターはそんなことを考えていたのか。
安心して欲しい。そもそも私、別にそれ程ノクターのこと好いてない。リリエルに選ばれずに私と結婚することになっても、まあ政略結婚だし、レベルだ。
「いえ、別に何も企んではおりませんよ。それに、婚約破棄の理由ですが、見当は付いております。ノクター様、私はそのことを承知した上で、婚約破棄をお受けするのです」
どう見てもノクターの隣に居るのはリリエルだ。おめでとうございます。五人も居る攻略対象の中で、ノクター様は見事に選ばれたんですね。
皮肉でも何でもなく、ただ事実として受け入れてますよ。
「…………まあ良いだろう。ミシェル・ヘスファルト、これにサインを」
ノクターの側近から手渡されたのは婚約破棄書と羽ペン。これにサインをしても国王から承認を得なければ婚約破棄は認められないが……まあ良いか。意思表明にはなる。
絞首刑になる雰囲気でもないので、さっと上から下まで婚約破棄書の内容を確認してから、ミシェル・ヘスファルトの名前を記入した。
「あ、あの! ミシェル様! 私、絶対ノクター様を幸せになりますから!」
私がサインし終えると同時にリリエルが口を開いた。その度胸、凄いとしか言いようがない。
リリエルの言葉に適当に返事をして、さっさと卒業パーティー兼公開処刑から退場しよう。
「――」
そう思って、口を開こうとした。多分、生理的反応として瞬きもした。
「えっ?」
気が付くと、見覚えはないがある意味慣れ親しんできたどこぞの王城らしき広間に立っていた。
普段よりも多くなった瞬きを意識して止める。乗り気ではなかった王妃教育のおかげか、思いの外落ち着いているようだ。
周囲を見渡せば、見知らぬ、しかしその身に纏う雰囲気が一国の王であると主張する、白髭のかなりお年を召したお爺さん。
他に、恐らく大臣や宰相といった職に就いているのであろう偉そうな方々。
と、何故か私の後ろにノクターとリリエルが居た。あなた達、さっきまで私の目の前に居たのに。
まあ、位置についてはどうでもいい。現状察することが出来るのは一つだけ。
悪役令嬢転生も一種のお約束だったが、この展開だけを見ても、お約束だと言えるだろう。
「あらやだ私、異世界転移していますわ」
亀更新です。