宿屋の主人
「宿屋のロバートさんのとこだっけか、これから行くのは。」
「はいですぅ。」
先輩とアンナが先を進み、僕は二人の後をついて行く。
街は入り組んでいて細い道も多いが、人通りが絶えない様子だ。
「ポールもついてきてくれるんだね。」
「暇だからな。アンナの引きとられ先とかも知っておきたいし。アンナはドジでなんか抜けてるから。」
「あぁ、わかる。僕もアンナを見てるとなぜか焦るというか、ヒヤヒヤするんだよね。」
「ちょっとぉ!そんなに私はドジじゃ無いですぅ!」
アンナはこう言っているものの、先ほど大聖堂の真ん中、礼拝するための参拝者たちが多くいる中で転んで恥をかいている事を僕は知っている。
あれは悲惨だった。イタタタ、と呟くアンナを、何をしているんだと言う冷たい視線が囲み、僕は見ているだけで恥ずかしくて全てを塞ぎたかった。
特にシスターアリスの呆れ顔が刺さった。
僕は何故、よりにもよって大勢がいる中、ど真ん中で転んでしまうんだ。と、一人悶々とした。
「アンナさんは僕にとっての危険人物だ。」
「なにそれトールにいちゃん。顔赤いけど?・・・・もしやアンナの事が・・・?」
「違う。」
「なぁんだ。」
ポールはつまらなさそうに腕を上げた。
「ポール、僕はアンナさんや他の人が恥ずかしいなと思うような体験をすると、僕まで恥ずかしくなる厄介な性格をしてるんだよ。」
「めんどくさいな。」
「自分でもよくわかってるよ・・・。」
「お?それ知ってるぜトオル!共感性羞恥ってやつだろ!」
「ご名答ですよミチル先輩。」
「トオルと同じの持ってる友達居たんだけどよ、そいつが俺がまさにそれに引っかかるから近寄るなって昔言われてよ!酷いと思わねぇ?」
「ミチル先輩の友達には同情しますよ。」
「あ!トオルもそう言うタイプか!?なんだよー、打ち解けたと思ったら!」
先輩は怒った風に、実際はさして気にしているようには見えないが、大袈裟に頬を膨らませる。
アンナも不本意な事を言われている事を察したのか頬を膨らませている。こっちは本気で怒っているようだ。
「ごめん、アンナさん。アンナさんがコケたところで微塵も恥ずかしがってない事はわかるんだけど、勝手に僕自身が恥ずかしがってるだけだから。」
「むー。微塵も恥ずかしがってない訳じゃないですぅ!」
「お!アンナちゃんか?」
『カランカラン』と書かれた看板。優しい顔の初老の男性はロバートさんだった。
「なるほど住み込みなぁ、ここの屋根裏部屋なら空いているが、そこはアンナちゃんが住む予定だったしなぁ。」
「どれくらいのスペースですぅ?」
「まぁ、三人くらいなら・・・いやでもなぁ・・・。」
「なんだ!三人住めるなら、いいんじゃ無いか?」
「ミチル先輩、アンナさんは女の子ですよ。」
「私はそこまで気にしませんけどぉ。」
「ダメです。アンナさんは女の子なので、別の部屋か宿を紹介していただけませんか?」
「トールにいちゃん必死すぎ。」
「ポール、僕には見えてるんだ。風呂上がりのアンナさんが着替えてるところに無神経にミチル先輩が入ってしまい、きゃー!みたいな展開が、そして、それに巻き込まれて二人以上に恥ずかしがっている自分の姿が。」
「難儀だね。」
「トオルはめんどくせぇな。大丈夫だって、そんなこと起きねぇよ!」
「その自信満々の笑みがより後の展開との落差で僕を殺すんですよ。」
「そこまで言うなら、少し狭いが荷物置きの部屋にするかい?」
「是非!ありがとうございますロバートさん!」
ロバートさんは困った風に笑いながら宿屋を紹介する。ロバートさんを困らせてしまった。申し訳ない。
だけど、ここら辺の事はちゃんとしておかないと辛いままだ。
「早速だが、今から宿の準備を手伝えるかい?」
「大丈夫です!」
「俺もだぜ!」
「私とポールもお手伝いしますよぉ。」
「え゛、俺アルとソフィーの所行こうと思ってたんだけど・・・。」
「そうですぅ?じゃあ夕方にはベルハウスに戻るんですよぉ?」
「はいはい、じゃあなアンナ、トールにいちゃん、ミチルー。」
ポールは何処かへ駆けて行った。
「さて、夕方までの仕事だが、チェックアウトされた部屋の掃除と風呂場、フロントの掃除だ。あとは、チェックインの客の対応だが、ミチルくんはアンナちゃんに掃除の仕方と場所を教えてあげてくれ。トオルくんは受付の仕方だ。」
「わかりました。」
「おう!わかったぜ。」
「了解ですぅ。」
ミチル先輩とアンナはフロントから奥の風呂場へ向かう。
僕はロバートさんの話を聞く。
「受付はここのカウンターでな、名前を書いてもらって代金は前払い。鍵を渡してから部屋に案内する流れだ。」
「わかりました。」
「ここの宿では朝ご飯は無料で提供するんだが、料理はできるかい?」
「指示さえしていただければ、できると思います。」
「へー、料理経験があるんだねぇ。」
高校は学生寮に住んでいた。食事は交代制だったが、一部の人が料理経験が浅く酷い出来だったので僕はその人たちのサポートとしてよく食事の手伝いをしていた。上手くは無いが、下手では無いだろう。
「これからよろしくなトオルくん。」
「はい、よろしくお願いしますロバートさん。」
僕と僕の苦手な問題児先輩。
二人の異世界生活が始まった。