ベルハウスの娘
「おはようございますぅ!」
ゆっくりと目を開けると目の前に茶色髪に緑の瞳の女の子が目の前に現れる。驚いて叫び出しそうになった悲鳴を飲み込む。少女はニコニコと笑っている。
「貴方は・・・?」
「シスターアリスに聞きましたよぉ私はアンナですぅ!貴方のお名前はぁ?」
「僕は透です。アンナさん、ミチル先輩は何処へ?」
起きてすぐ、この場にはアンナと数名の少女達しかいなかった。僕はあの先輩が何処にいったのかアンナに聞く。
アンナは僕の手をとって聖堂の外へ歩き出す。
「お風呂ですよぉ、シスターアリスに二人が起きたら入れるように言われてるんですよぉ。」
「あぁ、確か臭いって・・・」
「私はそんな事ないとは思うんですけどぉ、シスターはスキルで鼻がとっても良いのでぇ、誤魔化しは効かないんですよぉ。」
「スキル?」
「一人一人が持ってる固有の能力ですよぉ、トオルくんとミチルくんは記憶喪失なんですよねぇ?私が世話係を任されてるんですよぉ。なんでも聞いて欲しいですぅ。」
アンナはフワフワと笑って安心させるように僕の手を握る。僕は妙に気恥ずかしくて目をそらす。
「あの、アンナさんはスキルを持っているんですか?」
「はい!みんなが持っているものなんですよぉ?私は『マイペース』、人の眠気を誘う力。『木漏れ日』、人の傷を癒す力があるんですよぉ。」
「へぇ、そうなんですか。」
「トオルくんも持っているはずなので、頑張って思い出しましょう!」
そのスキルは違う世界の人間かもしれない僕が持ち得るものなのだろうか?
僕は少し疑問に思ったが黙ってアンナの後ろをついて歩く。
聖堂を出て、通路を通ると大聖堂とは少し違う外壁の建物につく。
「此処はベルハウスですぅ。私たち孤児が住んでいる所なんですよぉ。」
「アンナさんは孤児なんですか?」
「そうですぅ。聖堂を掃除していたみんなもですよぉ?」
「シスターアリスも?」
「シスターアリスは外の村から引っ越してきて此処で働いてるんですよぉ?」
「そうなんですか。」
「おーい!トオル!おはよう!」
ベルハウスに入ってすぐ、学生服からシンプルなシャツとパンツに身をつつむ先輩が現れる。
先輩は異世界に連れてこられたかもしれないのにそれを感じさせない笑顔で走ってくる。
「なぁトオル!シスターアリスに会ってきたんだがどうやら俺たちの働き口は此処に無いらしいぜ!」
「え、それ自慢げにいう事なんですか?」
「いう事じゃねぇな!だけどよ、どうやらま魔人?だか魔獣?やらを倒してお金を稼ぐギルドがあるらしい!」
「えぇ!?それって危なく無いですか?」
「大丈夫だ!俺は英雄になる男だから、そういう人助けはしないといけないんだ!」
「ちょ、話通じてない何この人。」
「ミチルくんは、ストップですぅ!」
アンナは俺の肩を掴みガクガクと揺らす先輩を止める。
フワフワとした笑顔から一変して真剣な顔をするアンナ。
「記憶喪失の二人が急にギルドへ行くなんて無茶ですよぉ!第一に、ギルドのクエストを受けるにはまず最初に契約金を払わないといけないんですよぉ?クエストを受けるだけでも結構なお金を使う事、覚えてないんですぅ?」
「そうなのか?」
「そうですぅ!」
「僕たちほとんど一文無しですよ。ギルドへ行くにしたってまずはコツコツお金を貯めなきゃ。」
「・・・二人は記憶が無いから、忘れてるかもしれないですぅ。私はギルドに行くのは反対ですぅ。」
寂しそうな顔をするアンナ。思っている以上に危険な仕事がギルドにはあるのかもしれない。
「どうして?」
「二人は、魔人や魔獣のことも覚えていないんですぅ?」
「うん、わからない。」
「俺も知らねぇな。」
「そもそも魔人や魔獣は元は人間ですぅ。元とは言え人間を殺す仕事はあまりやって欲しく無いですぅ。」
「元人間?」
「邪神ルナによって力を与えられた人間が魔人となり、そして人を殺す。魔人はいわば殺人鬼ですぅ。」
「魔獣は?」
「魔人が己の力を制御しきれなかった際に完全な獣となった存在を魔獣と呼ぶのが一般ですぅ。」
アンナは僕を風呂場まで連れてくると入るように促す。
「話は後でまたしますぅ。私は掃除をしてるので、終わったら声をかけて欲しいですぅ。」
「ありがとうございますアンナさん!」
アンナは再び笑って風呂場からさる。脱衣所には僕のために用意したであろう服とタオルが置いてある。
「・・・ミチル先輩はどうするんだろう。」
殺人鬼。先輩は学校の時みたいに誰かのために動くのだろうか。
「僕は先輩の役に立てるかな。」
先輩は何かを切り開いてくれるのだろうか。