転移後の寒気
「ここ、どこだよぉ・・・・。」
僕は不安で泣きそうになりながら辺りを見渡す。教会内。光は窓から月の光が入ってくるくらいで、何もない。
人の気配もなく。オウガ先輩は寝てる。
ふと、僕たちに餞別と言わんばかりに大きな袋と小さな袋が傍に置いてあるのに気づく。
大きな袋の中にはわずかなパンとチーズと水がある。小さな袋には銀のメダルが入っている。
「これで、どうしろと・・・・。」
知らない場所に来た不安のせいか異様な寒気に襲われる。何か自分の身に大きな危険が迫るような危機を感じる。
「あらあら、あら〜?」
ギィィ、と教会の扉が開くと扉の向こうから背の高い女性が入って来るのが見える。手元に蝋燭と大きな剣を持つ女性。
これはまずいと、血の気が引いていく。
「す、すみません!僕、なぜか迷い込んじゃって!」
「教会に泥棒だなんて改心しないわぁ〜?」
「ご、誤解です!兎に角、僕に抵抗の意思はないです!」
「あらあら〜?パンにチーズ、お水に銀貨がこんなところにあるのに〜?」
「これは・・・・」
「ふふっ、まるで三日四日はなんとか出来そうな量ね〜?突発的に盗みには最適な量なのかしら〜?」
「ち、違います!どうか話を!」
女性は、いや、恐らく教会でシスターの格好をしているからこの教会のシスターは剣を片手にコツコツと一歩づつ確実に近づいて来る。
「し、信じられないかもしれないですけど!ここに突然来させられて!僕も何が何だかわからないんです!」
「突然?そう、まるで世界が変わったみたいに〜、なんて言い出しちゃうのかしら〜?」
「そ、そうなんです!信じてください!」
「ええ、そうね、珍しくはないのだけれど。」
「珍しくない・・・・?」
「最近多いのよ。突然ここへ来させられたって人が。」
「それは、どういう___」
「ここどこだぁ?」
緊張した空気の中に、気の抜けた声が入り込む。
「オウガ先輩。」
「まるで世界が変わったみたいだな・・・。」
「あらあら、仲間がいたの〜?困ったわぁ、彼には勝てるかしら?」
「彼女は?」
「僕たち争う気は無いんです!信じてください!」
シスターは剣を構え、それに対抗するようにオウガ先輩も何かの構えをとる。恐らく柔道や空手といった武道の構えだろう。僕はその二人の間に入り込み、にらみ合いを止める。二人は一歩も引かずに警戒している。
「そうね、もうこんな夜も遅いのに泥棒では無い貴方達と争う必要も無いわね〜。」
「いや、俺も悪かったシスター。ここに不当に入り込んだのは事実だ。」
「・・・今日は夜も遅いわ。突然のことだから寝る場所は用意は出来ないけれど、此処の椅子は好きにしていいわ。」
「ありがとうございます!」
「私たちの朝は早いの、起きたらすぐにその『臭い』を落としてもらうわ〜。」
「臭い?」
「臭くてたまらないわ。」
顔を顰めてシスターはこの大聖堂から出ていく。シスターが外の扉を開けた瞬間、外に黒い霧のようなものがわずかに聖堂に入り込む。僕はそれがとても不気味に、不安にさせた。
「オウガ先輩。」
「君は?」
「空木透です。」
「トオルな。俺も道流でいいぜ。」
「では、ミチル先輩。此処何処なんですか?僕たち学校にいましたよね?」
「そうだな、俺も知らない場所だ。トオルは?」
「知らないです。」
「そうか、しかし彼女は何故俺たちを泥棒だと思ったんだ?確かに此処に入り込んでしまったのは事実だが。」
「あぁ、それはこの袋のことです。きっと知らない人が僅かな食料を持ってこんな所にいたので、そのせいですかね。」
「なるほどな。どうするトオル。」
「どうするって、僕たちどうしようも無いですよ。此処で休んでいいと言われましたけど、僕は寝られそうにありません。」
震える肩を抑えるようにゆっくり深呼吸する。そんな僕の様子を見たミチル先輩は僕の肩を安心させるように強めに叩く。
「大丈夫だ!シスターも美人で優しそうだったし、俺もいる!ちゃんと家に帰れるさ!」
「だと、いいんですけど。」
「はっ、もしやこれって異世界転移ってやつじゃ無いか!?」
「いや、あの、声大きいです、やめてください。」
「何いってるんだトオル!こんな凄い事、叫ばずにいられるか?」
「あの、ほんとそういうノリいいです。わかりましたから、近所迷惑ですから!」
「あぁ、確かにそうだな。」
ミチル先輩は少し落ち着きを取り戻す。僕は危機が去った予感を感じて一息をつく。
「僕たちこれからどうなるんですかね。」
「さぁ、俺も世界を移動するのは初めてだからわからないな。」
先輩は欠伸をすると椅子に寝転がる。硬い木の椅子を居心地悪そうに身動ぎながら程なくして寝息を立て始める。
「メンタル強いなぁ・・・まじかこの先輩。」
僕も椅子の上で横になって目を閉じる。眠れないと思っていたが自然と意識は遠のいていった。