第四章
地球をはるかに離れた宇宙空間で見放された慧たちパイロット。美穂奈は異星人に対する奇妙な感覚を口にした。
第四章
「それではこの戦争が我々地球人類とアルデバラン連合の勝利に帰結するという結論でよろしいでしょうか」
「もちろん間違いありません」
「し、しかし現実には我々地球人類は大量の人員と資源を供出しているにも関わらず二度にわたって太陽系を蹂躙されております」
「心配にはおよびません。その二度もけっきょくは敵を駆逐することに成功していますし、現に今回の侵攻に関しては、はるかアルファケンタウリの絶対防衛線での抑止を果たしております」
「あ、あなたさぁ、立場的にそう言わざるをえないんだろうけどさ、前回の侵攻の時もアルファケンタウリからこっちへは来ないって言ってたじゃん」
「敵の戦略に想定外の部分がありました。しかし、現在では敵の戦略的特性はすべて制御下にあります」
「じゃ、じゃあ、今回の敵の侵攻は絶対に食い止められるんだね」
「まちがいありません。アルデバラン連合軍の名にかけて保証いたします」
1
「距離四百。制動まで十五分。各自噴射準備」
長い距離を移動している間、チームカミカゼ五機のパイロットそれぞれが休息を取っていた。
中隊長であるブリティッシュの声で皆が一斉に目覚めたが、慧の耳に届いたのいはシンガーの歌声だった。
彼女は睡眠を取らなかったのだろうか。慧は不思議とそのことが気になった。
「シンガー」
無意識のうちに直通回線で呼びかけていた。
「リクエスト?」
いつもの調子で彼女が答えた。
「あ、いや。その……」
「どうしたの?」
「つまり。眠らなかったのかなと思って」
「少しだけ。どうせ死ぬんだからと思ったから、未発表曲を録音してた」
予想外の言葉だった。
「未発表曲?」
「うん。じゃあ」
そこまで言うと彼女は中隊内回線に切り替えた。
「リヴェンジャーからのリクエストってことで」
彼女が愛機のAIの余剰メモリーに常駐させている作曲アプリで編曲までした新曲を披露しはじめた。専用回線での通話は他の隊員に聞かれることはない。しかしモニタリングしていれば、二人が守秘回線を使用していることは他者からも確認できる。とくに指揮官は各員の通話記録を再生する権限を持っているから、完全に守秘性を確保できるわけではない。
これ以上、他人に詮索されたくないから回線を切り替えたのかと、慧が少しがっかりした。
しかし耳に届く彼女の歌声は心地よかった。
マイナーコードのメロディだが、彼女らしい明るい歌詞とアップテンポの曲調で、聴いていて元気になれる曲だった。
『この広い宇宙の海に
わたしはひとり、浮かんでいるの
遠く離れたアナタを想い、浮かんでいるの
キラリきらめく星の向こうに
アナタがいるの
いますぐ飛んでいきたいけれど、
宇宙の海は広すぎて
あなたの元へは届かない』
三分ほどの曲が終わると、シンガーから曲を作ったいきさつと曲調についての解説があった。
へえと返事を返すのはいつもウルスラの役どころだったが、彼女は迫り来る生存の危機に緊張しているのか何も答えない。代わりに指揮官であるブリティッシュがいくつか彼女に質問するなどして機嫌を取った。
五機が天体に向かって減速を開始したころ、アメリカ隊も同調していることを知らせて来た。他に何隊かが追随しているようだが、五機も残存しているのは良い方で、三機でしかも推進器を破損している機体を抱えたりしている中隊は当然遅延している。
今のところは敵の追撃の報はないが、このまま見逃してくれるとはとても思えなかった。
救助の本隊の到着すら怪しいがそこに一縷の望みを託して待つしかないチームカミカゼは、残存戦力の算段をする他に手立てもなく、ただシンガーの歌を聴くしかなかった。
「ねえ」
直通の守秘回線でシンガーが呼びかけて来た。
彼女から声をかけてくることなど、これまでになかったから慧は少し動揺した。
「な、なに?」
「リヴェンジャーはこの戦争が終わったらどうするの?」
質問の意味がわからなかった。
この戦争が終わるなどとは想像もしていなかったから。
「戦争が終わる?」
「そう。あたしたちが勝って、地球に戻ったあと」
慧はリヴェンジャーのコールネームの通り、復讐が目的のすべてだった。だからBEETIの完全殲滅を図ること以外に人生の目的などなかった。
「考えてない」
「そう」
シンガーは言った。
「復讐……よね」
「そうだ。そうなんだ。殲滅してやる。それがすべて」
「で、殲滅したあとは考えてないと?」
「……そ、そうだね」
あれこれと想像しようとしたが、具体的には何も考えが浮かばない。人生の目的を復讐に置く者が復讐を果たしたあとのことなど考えないのは当たり前だという結論に達した。
「復讐が実現したら、それがすべてだ」
「ふうん」
シンガーは不満げな声で返事をした。
「なんで?」
そう聞くしかない。
「もしさ。何も考えないんだったら、あたしの夢を手伝ってよ」
「夢?」
シンガーの夢といったら歌手になること。世界じゅうに自分の歌を愛してもらうことが彼女の夢であることは、何年も前から聞かされていた。
「歌手になるなら……」
「それはもう実現してるよ」
彼女の意外な言葉に遮られて慧が動揺する。
「え?」
「地球でね。ちょっとしたトレンドなんだよ。あたしが配信した曲の何曲かが、ヒットチャートに乗ったんだ」
「え? そうなの? すごいな」
「今や、大ヒットなんて生まれない世の中だから、ミニマムヒットだけどさ」
謙遜気味に言うが、それなりの手応えを得ているのではないかと想像した。
「そうなんだ。で……」
慧は外部モニターからの映像を視神経に反映していた。
「キミの夢って?」
「うーんと」
シンガーのそんな言葉を初めて聞いた気がした。
たしかに歌はよく聞いていた。訓練の日々も、実戦配備されてからも。
しかし彼女のナマの声を聞いたことがなかった気がする。返事や訓練時の作戦では積極的な発言をする彼女だったし、倉橋指揮下の慧たちが頭角を現すきっかけをつくった操縦士学校での作戦のヒントは彼女が出したものだったが、その立案時にも、まるでAIのように無表情な声しか聴いていなかったように思う。
「BEETIって、全銀河に植民地があるんだよね」
「軍の教科書ではそうだね」
彼女が何を言わんとしているかがわからない。
「地球とアルデバラン連合の拠点数の何倍もあるんだよね」
「あ、ああ。そう聞いてるけど」
「その全部でヒットさせるんだ」
「ひ、ヒット?」
慧が素っ頓狂な声をあげた。
「そうだよ。全宇宙ヒット。あたしね、彼女たちに歌を届けたいんだよ」
「え?」
あまりに突拍子もない発言だったので次の言葉が続かない。
慧が困り果てている間に、美穂菜が続けた。
「それがさ、彼女らの思考と志向と嗜好にあった曲を書かなくちゃいけないんだよねえ」
BEETIがコミュニケーション不能の完全接触不可能態であることはすでにアルデバラン連合の中で共有されている事実だ。
彼らは連合側の知的種族四族とはまったく性質の異なる存在であることはまちがいない。
連合側が脊椎動物である類人猿もしくは鳥類からの進化であるのに対して、外骨格の昆虫類。大脳による個体個々の思考展開に対して、集団ネットワークの構築による集団的無意識。
何をどうとっても違う彼らとのコミュニケーションが図れたことは一度もなく、高度な文明を有しているにも関わらず他文明への興味もなければ干渉もないというまったく異質な存在。それがBEETIなのだ。
思考方法の違いが宇宙の摂理へのアクセス方法に違いを生じさせるのか、彼らの生み出した技術はアルデバラン連合のそれとはまるで異質のものだ。
それを盗み、利用しているのがXE、異類技術なのだが、一万年もの永きにわたって続く戦争の中で利用はしているにも関わらず、理論的に不明な部分が多くブラックボックスであることも事実。
まるで理解しあえないからこその戦争は、人類がこれまでに経験して来た地球上での人類間の戦争とは根本的に違っていた。
例えて言うなら、アリやゴキブリとの戦争。
少しの感情の共有もままならない相手との戦争は、人類のこれまでの経験値では賄いきれないほどの困難を内包していた。
話し合う余地がまるでないから、どちらかが倒れるまで続けるしかない。
アルデバラン陣営が一万年もの間、この困難と向き合ってきたかと思うと、やはり人類も解決などできずに衰退していくか、本当に滅亡してしまうかだと思ってしまう。
それがほぼ人類の共通認識だが、シンガー、いや紺野美穂菜はBEETIにヒット曲を届けたいと言った。
いったい何の冗談なのだろうか。
「あ、あのさ」
何をどう切り出すかを考える前に口をついて出た言葉を後悔する。
「無謀……って言いたいの?」
「そ、そうじゃないけど」
「あたしだって知ってるよ、彼女たちとはコミュニケーション不能だって。何度も何度も接触してきたのに、何も通じず、何も解りあえない相手だって」
「それなのに。それなのに歌を届けたいの?」
「うん。だって、歌を歌えば、あたしの愛機がね。ピィちゃんて呼んでるんだけど、それがね、喜んでくれるの」
2
「接続試験を開始する」
ジャムタブと呼ばれる粘性の強い液体で満たされた操縦席に身を投じて、慧は不安を抱いていた。
脳神経に直接働きかける操縦システムとの接続試験では、外部から心理状態も管理されているから、自分の不安を沈静化するための薬剤投与も実行されている。
にも関わらず不安が頭を擡げてとどまるところを知らない。
「被験者番号2Rの455番、大丈夫だ。落ち着け」
モニタリングしていた試験官に声をかけられる。
初年兵制度に応募して以来、めざしてきたのはエンダーと呼ばれる機動兵器の操縦士資格だ。
この試験で適性を認められなければ、これまでの努力が無駄になる。
慧はなんとか自分をコントロールしようとして、心を落ち着けようとした。
「コマンド。接続負荷20%」
脳神経はすでにエンダーの中核をなす異類コンピューターに接続されている。
これもXEと呼ばれる異類技術によるものだ。
それにしもて何か落ち着かない。
知識としては知っていても、実体験はこれが初めてだったから、どんなことになるのかと不安になる。
慧はやや混乱しながら神経接続の負荷が増大するのを待った。
「接続負荷50%」
心の中に靄のようなものが拡がるのを感じる。
なんだ、この感覚は。
慧は自分の中の何かを感じとっていた。
「接続負荷100%、完全接続」
誰かがそこにいるのがわかった。
それが誰で、いや、それが何でなぜそこにいるのかはわからない。
「455番、接続。感度を保て」
ただ、そこにいる何かが自分に呼びかけているのがわかる。
「誰だ?」
思わずつぶやいていた。
「ダレデモナイ」
声ともつかない何かが自分に伝えてくる。
「異類技術か」
「ワタシタチ」
その返答には違和感を持った。彼らと自分たち人類がともに「わたしたち」であるはずがない。慧はそう思って思わず身をのけぞらせた。
「触るな!」
そう表現するしかなかった。
「ワタシタチハヒトツ」
拒絶。慧は身を捩って拒絶した。
「ヒトツ」
「ひとつなわけない!」
3
「だからね。相手はね、宇宙人でアリみたいなもんかも知れないんだけど、あたしたちは同じなんだなって」
「同じなわけない!」
「え?」
美穂菜が驚きの声をあげる。
「あ、ああ。ご、ごめん」
「そっか」
美穂菜は何かを悟ったのか、ピィと名付けたらしい愛機、いや正確にはその中核システムだが、それとのコミュニケーションについて語らずにおいた。
「でもね。慧くんも気づいてるよね」
美穂菜が自分のことを下の名前で言うことに驚いたが、それよりも気づいていると言われたことに動揺が隠せなかった。
「XEのシステムには未知の領域があるってことは周知の事実だけど、それだけじゃないってこと」
「なんのこと?」
話の方向が一致するように確かめようとした。
「あなたも気づいてるんでしょ、そこに誰かいるって」
「誰か……」
確かにそうだ。この異類技術の根幹には、使用する者には伏せられている部分が存在し、しかもそれは現場を請け負う操縦士たちにはすでに常識として受け入れられている。
慧にとっては否定したい部分ではあるが、それは確かに知覚系へのアプローチとしては間違いなく<誰か>だった。
「あたしはね。そのつまり、慧くんは直接的な敵に対する感情があるから、言いにくいんだけど、彼女たち、つまりBEETIはもしかしたらお仲間さんたちが言うような存在じゃないのかもよ」
一部の地球市民が唱えるBEETI性善説は広く流布されているが、実際それほど強い支持を集めているわけではない。それは地球人類に過度の負担を強いるアルデバラン連合の性悪説の影に隠れるほどだ。
「ぼくは容認しない」
美穂菜に向かってなにも怒りをぶつける必要はないと自分でも思えたが、ついつい感情を制御できずに言葉が荒くなった。
「うん。そうだね」
彼女はそんな慧の心持ちを知ってか、落ち着いたままで言った。
それ以上言葉は使わず、また歌にもどっていた。
回線もいつのまにか中隊内の共有回線に戻していた。
「さあ、サバイバルね!」
シンガー、いや、美穂奈の歌がはじまった。
第五章は近日公開!